志村 昌美

人種差別や偏見を詩に…ある出会いで人生が一変した少年の感動実話

2020.7.1
誰にでも忘れられない思い出の曲はあるものですが、特に自粛期間中は音楽に支えられていたという人も多いのでは? そこで、音楽との出会いで人生が変わった少年の実話を描いたオススメの感動作をご紹介します。それは……。

各国で絶賛の『カセットテープ・ダイアリーズ』

【映画、ときどき私】 vol. 308

イギリスにある小さな町に暮らす16歳のパキスタン系少年ジャベド。夏のアルバイトを終え、9月からハイスクールに入学することになっていたが、同じ誕生日の幼なじみが充実した青春を過ごす姿を見て、孤独と不満を募らせる。

それに加えてジャベドを悩ませていたのは、保守的な町の人たちからの移民に対する偏見、パキスタン家庭の伝統やルールから抜け出したいという思い。古い慣習を振りかざす父親に強い反発を感じていたジャベドは、いつしか人種差別や時代を反映させた詩を書いて過ごしていた。ところがある日、ブルース・スプリングスティーンの音楽と衝撃的な出会いをはたし、“自分の言葉”を見つけられなかった彼の世界は180度変わり始めることに……。

2019年のサンダンス映画祭でのプレミア上映をはじめ、本国イギリスでも多くの観客と評論家を虜にした話題作。そこで、長年の思いを込めて本作を制作したこちらの方にお話をうかがいました。

グリンダ・チャーダ監督

『ベッカムに恋して』など数々のヒット作を手がけ、大英帝国勲章を授与されたこともあるチャーダ監督(写真・左)。今回は、アメリカの国民的アーティストにしてロック界の“ボス”とも称されているブルース・スプリングスティーン(写真・右)の大ファンであり、インド系移民としても主人公と同じ境遇だった監督に、自身の経験や作品の見どころなどについてお話いただきました。

―まずは原作との出会いについて、教えてください。

監督 実は原作者のサルフラズ・マンズールと私は、もともと長い間友人関係にありました。なぜなら、私たちはいずれも10代でブルースの音楽と出会い、ブルースの大ファンだったからです。その後、彼が本を書くことを知り、読ませてもらったときには「これは素晴らしい本だし、私ならすごくいい映画を作れると思うけど、ブルースが乗らなければ無理ね」と伝えました。

―そこから映画化までは、どのようにして話が進んでいったのでしょうか?

監督 幸運なことが起きたのは2010年。映画のプレミアでブルースがロンドンに来ていたので、サルフラズと私は普通のファンと同じようにカメラを手にレッドカーペットを見に行ったんですが、そのときになんとブルースがサルフランズに気がついて声を掛けてくれたのです。というのも、彼はどのコンサートでも一番前の列にいましたから(笑)。

ただ、驚いたのは、ブルースが「君の本を読んだよ。実に美しい話だね」とコメントしてくれたこと。それを聞いて私は「ブルース・スプリングスティーンと映画の約束を5秒で取りつけるわ!」と思わず口走ってしまいました。

さらに「この本を映画化したいの! お願い、助けて!」とまで言ってしまったのですが、なんと彼は「いい話だね。マネージャーと話して」と答えてくれたのです。そのおかげで、この映画が生まれることになりました。

友人でもある原作者との作業は最高だった

―奇跡的な始まりですね。その後、サルフラズさん本人と一緒に脚本を作っていくこととなりましたが、彼と一緒に仕事をしてみていかがでしたか?

監督 最初はサルフラズが自分の人生をベースにして書き、そのあと私が脚色を進めていくという流れになりました。もともと友達ですし、必要なことがあればすぐに聞ける環境だったので、彼との作業は最高でしたね。

ただ、心配だったのは『ベッカムに恋して』と類似している物語に感じたところ。そのために、異なるテイストの作品になるような努力はしました。

―ブルースさん本人にも脚本を送られたそうですが、何か感想やアドバイスはありましたか?

監督 マネージャーから、「僕はいいから、もう映画を作って大丈夫ですよ」というメッセージだけもらいました。映画が完成した際には、試写で何回か笑っている姿を見ることができて感動的でしたね。

―劇中で使う曲に関するリクエストなどもなかった、ということですか?

監督 そうですね。彼からは特に意見もなく、基本的に好きなように映画を作らせてくれました。

―では、監督自身が選曲にこだわった部分があれば、教えてください。

監督 曲はジャベドの物語にフィットするかどうかで選んだので、すごく有名な曲や使いたいと思った曲でもシーンに合わなければ使いませんでした。

―なるほど。監督にもジャベドと同じように、人生に影響を与えた曲はありますか?

監督 それは、ブルースの「ジャングルランド」ですね。最初は映画とうまくハマらないと諦めていたのですが、曲を短くしてデモ行進のシーンと合わせて使うというアイディアを思いついたので、ブルースに曲を編集する許可をもらうために、ブロードウェイまで会いに行きました。

そのときに、「演奏しているサックス奏者も感謝すると思うよ」といって承諾してくれたので、今回使うことができたのです。

ブルースの音楽にはパワフルなメッセージがある

―では、監督が思うブルースの曲が長年にわたって愛されている理由とは?

監督 まずは、いまの時代に重ねて聴くことのできるパワフルな歌詞と素晴らしい音楽であること。なかでも、劇中のジャベドも口にするブルースの歌詞で重要なメッセージは、「全員が勝たなければ、誰もが勝ったとは言えない」というものです。そこにあるのは「世界は一つ」という彼の哲学ですが、これは現代においても強いメッセージになっていると思います。そして、映画制作においては、魔法のような役割もはたしてくれました。

あと、彼が歌っているのは、社会の隅っこに追いやられている人や助けを必要としている人たちのこと。だから、世界中にファンがいるんだと思いますし、彼が世界一のライブパフォーマーである、というのも大きいですよね。

―ほかにも、制作するうえで苦労したことはありましたか?

監督 一番予測できなかったのは、イギリスの天気ですね(笑)。いつも雨が降っているし、寒くて風が強かったので、なかなか明るくて天気のいい日には撮影できませんでした。

―確かにそれも大変ですね。監督自身についてもおうかがいしますが、ジャベドと同様に移民であるがゆえに、似たような経験をされたこともあったのでしょうか?

監督 私の作品にはすべて自分の経験が反映されていますが、それはなぜかというと、誰もが似ているところや共通点があるんだ、と世界に見せるような作品を作りたいからです。今回の主人公はアジア系のキャラクターではありますが、彼らが経験していることは普遍的なことでもありますから。

私たちは葛藤から知識を得て、豊かになれる

―ということは、劇中で描かれているような家族間の葛藤や親世代との価値観の違いにも悩んだことがあったということですか?

監督 私はそれを問題ととらえるよりも、「ギャップを祝福する」という見方をしています。なぜなら、私たちはそういった葛藤から知識を得て、より豊かになれるからです。

たとえば、私の人生において運命を変えるような大きな出来事のひとつといえば、16歳のときに、人種差別に反対する運動「ロック・アゲインスト・レイシズム」の有名なコンサートに行ったときのこと。心配した両親から行かないように言われていたのですが、買い物に行くと嘘をついて参加しました。

そのときに、人生で初めて、アジア系や黒人系、白人系などの人たちが一つになって反人種差別の声を上げている姿を見て、本当に感動したのです。その瞬間から私は政治的な考えを持つようになりましたが、これが私を形作ったイベントだと言えると思います。

―素敵なお話をありがとうございました。それでは最後に、日本の観客にメッセージをお願いします。

監督 日本の文化もほかのアジア圏と同じように、親へのリスペクトを求められるところがあると思うので、自分がしたいことと、家族が自分に求めていることとのバランスを見つけていかなければいけないかもしれません。でも、私がこの映画を通して見せているのは、その両方が可能であるということ。つまり、自分の夢を叶えながら、両親を幸せにすることもできるのだ、ということです。

本作の脚本と製作総指揮を務めている私の夫も日本の血が流れていますが、移民だとしても、親や言語、文化をリスペクトしながら、自分が育ってきた文化も大切にし、組み合わせることができるんだ、というのを感じてもらえたらうれしく思います。

さわやかな感動に包まれる!

青春時代ならではの葛藤や家族間に生まれる衝突、そして愛情といった普遍的な感情を描いた珠玉の音楽映画。ブルース・スプリングスティーンが贈る名曲の数々とともに、琴線に触れる感動を味わってみては?

夢が詰まった予告編はこちら!

作品情報

『カセットテープ・ダイアリーズ』
7月3日(金)より、TOHO シネマズ シャンテ 他全国ロードショー
配給:ポニーキャニオン
©BIF Bruce Limited 2019 ©Bend It Films
http://cassette-diary.jp/