志村 昌美

人生を奪われた…日本を席巻した「世界で一番美しい少年」の栄光と破滅

2021.12.15
いつの時代も美への飽くなき憧れは誰の心にもあるものですが、それによって数奇な人生を送ることになってしまった人たちが存在しているのも事実。そこで、ある少年が実際に経験した波乱に満ちた人生に迫った衝撃のドキュメンタリーをご紹介します。

『世界で一番美しい少年』

【映画、ときどき私】 vol. 436

1971年、“世界で一番美しい少年”として一大センセーションを巻き起こしたのは、巨匠ルキノ・ヴィスコンティに見出され、映画『ベニスに死す』に抜擢された15歳の少年ビョルン・アンドレセン。

その美しさは日本のカルチャーにも多大なる影響を与え、マンガ「ベルサイユのばら」の主人公オスカルのモデルともなった。それから約50年が経ち、伝説のアイコンは『ミッドサマー』の老人役としてスクリーンに姿を見せ、強烈なインパクトと驚きで話題となる。そして、いま明かされる『ベニスに死す』の裏側と、世界一の美少年と言われたビョルン・アンドレセンの栄光と破滅とは……。

2021年サンダンス映画祭で上映された際に、大きな注目を集めた本作。そこで、5年にわたってビョルンさんを追いかけてきたこちらの方々にお話をうかがってきました。

クリスティーナ・リンドストロム監督 & クリスティアン・ペトリ監督

映画監督としてだけでなく、ジャーナリストや作家など、幅広いジャンルで活躍しているリンドストロム監督(写真・左)とペトリ監督(右)。今回は、日本で行われた撮影の裏側やビョルンさんが本作を通じて伝えたい思いなどについて、語っていただきました。

―本作では、かなり真に迫る内容が多かったと思いますが、撮影を続けるなかで、ビョルンさんが躊躇するようなことはなかったでしょうか?

リンドストロム監督 今回は、5年という長い時間をかけ、ゆっくりとしたプロセスのなかで作っていたので、そういうことは特にありませんでした。どの段階においても確認していたのは、彼の準備が整っているかどうか、彼自身が見せてもいいと思っているかどうか。

彼が望まなければ、そもそも撮影もしないスタンスでいたので、彼が途中で止めることはありませんでした。ただ、お母さまの死に関する報告書を警察で読んでいる場面では、彼が受け止めきれていないように見えたので、こちらの判断で撮影を止めたことはありましたが、そのくらいですね。

美を求める気持ちには、破壊的な側面がある

―天から与えられた美貌と才能が彼の人生を奪っていく様子は、ある意味では悲劇のようにも思いましたが、ビョルンさん自身は完成した作品をどのようにご覧になっていましたか?

リンドストロム監督 彼は「若い人たちが自分の人生を振り返るうえで、この映画が役に立てばすごくうれしい」と話していました。あとは、子どもや若者たちにとって、美への執着がいかに危険かをとても心配していましたね。特に、10代のころは内にある自分自身がまだ形成されていないので、彼らの持つ美が原因で周りの人たちから人生を奪われてしまう場合もありますから。そういったことを語るのは、非常に重要なことだと思っています。

彼自身、いままで娘さんや妹とそこまで深い話をせずに来ていましたが、この作品を通して自分の過去と向き合うことができたので、それは彼にとって大きなものとなりました。

―美への強迫観念についても本作では描いていますが、日本も外見へのこだわりやルッキズムが根強いところがあるように感じています。そういった問題と、どのように向き合っていけばいいとお考えですか?

ペトリ監督 確かに、とても危険なことですよね。私たちは、美を求める普遍的な気持ちや憧れというのを当然持ってはいますが、そこには同時に破壊的な側面があることをつねに意識していなければなりません。

世の中には、注目されたいと思う若い男女がたくさんいますが、ビョルンから言わせると、そこには死の危険すらあるのだと。特に、いまはSNSが登場したことで、彼の時代よりも悪化しているようにも感じています。もちろん、周りにしっかりとした大人やいい友人がいる場合は、破滅的な人生を歩まずに済んでるかもしれませんが、いずれにしても危険であることに変わりがないというのは、忘れずにいてほしいです。

映画を通して、観客に愛を与えることができた

―ビョルンさんと長い時間をともにするなかで、ご自身にも影響を与えたことはあったのではないでしょうか。

ペトリ監督 映画を作るうえで、自分がすごく謙虚な気持ちになりましたし、ビョルンさんが持つ勇気には本当に感銘を受け、感嘆することばかりでした。もし自分だったら、彼のような経験をしたうえに、ここまでたくさんの人にそれを分かち合い、撮影を許可することはできなかっただろうと思うので。そう考えると、彼の姿から学ぶことはたくさんありましたね。

今回、観客を入れた試写を行った際、上映後に20分ほどのスタンディングオベーションが起きたことも。彼はたくさんの努力をしてこの映画と向き合いましたが、最終的には観客に愛を与えることができたので、その苦労も報われたんだなと感じたときに、思わず泣きそうになってしまいました。

ビョルンは、日本の文化も人々も大好き

―本作では日本とビョルンさんの関係にも触れていますが、若い世代はビョルンさんが日本でここまでブームになっていたという事実に驚く部分もあるかと思います。ただ、いっぽうで日本もある意味では彼の美を“消費”していたところがあったように感じたのですが……。

リンドストロム監督 まず言いたいのは、彼が日本で経験したことと、日本という国とを一緒にしてはいけないということです。そもそもこれは異なる2つのことなのですから。彼もそう考えていたからこそ、日本の文化も人々も大好きだし、「日本に撮影で来れてよかった」と言っていました。

ペトリ監督 彼としては、日本での仕事は『ベニスに死す』の続きのような感覚だったようですね。もちろん、仕事においてストレスを感じていた部分もあったみたいですし、次に自分がどうなるかもわからない状況ではありましたが、それでも日本はすごく楽しかったと。

だから、彼はずっと日本に戻りたいと話していたんですよ。その理由としては、10代で日本にいたときを思い返そうとすると、本当に自分は日本にいたんだろうかと思うくらい、とてもシュールな気持ちになるからだとか。だからこそ、本物の経験を改めて日本でしたかったみたいです。

リンドストロム監督 実際、今回の撮影で日本に行こうと話したらすごく喜んでいて、撮影中は本当に楽しんでいましたよ。

大人たちは、本当に子どものためかを問いかけてほしい

―その言葉が聞けてよかったです。では、監督たちにとって、日本はどのような印象ですか?

リンドストロム監督 これまでも何度か日本には行ったことがあり、森山大道さんなど、いろんな方を取材させていただいていたので、私たちにとっては慣れ親しんだ国と言えます。今回は、2週間という限られた期間で集中して撮影を行いましたが、いい経験になりました。

ペトリ監督 僕が一番長く日本にいたのは、以前『Tokyo Noise』という長編ドキュメンタリーを撮影したときのこと。実は、日本には1年ほど滞在していたんです。村上春樹さんや荒木経惟さんをはじめ、文化的に有名な方にたくさんインタビューをさせていただきました。しかも、その作品がYouTubeに上がったときには、すぐに何百万ものアクセスがあったほど好評だったので、日本にはいい思い出がたくさんありますね。

そんなふうに、日本にはとても愛情を持っているので、旅行者ではなく、住人として日本の生活を味わってみたいと考えています。できれば、東京の富ヶ谷に住みたいですね(笑)。そうすることで、より日本の文化に沈み込んでいけると思うので、実はそのためにいま助成金の応募をしている最中なんですよ。

―ぜひ、お待ちしております! それでは最後に、ビョルンさんからの言葉で忘れられないものや作品を通して伝えたいことをメッセージとしていただけますか?

ペトリ監督 たくさんあるんですが、そのなかでも彼が本気で伝えたいと思っていたのは、「親や大人たちがもっと子どものことを守らなければいけない」ということ。世の中には、自分の子どもをサッカー選手にしたいとか、ミュージシャンにしたいと思っている人もたくさんいますが、「それは子どものためではなく、自分のためにしていませんか?」というのを自分に問いかけてほしいのです。子どものことを本当に思って行動する大切さを教えてくれた彼の言葉は、僕のなかでも強く残りました。

リンドストロム監督 この作品では、美への強迫観念、欲望と犠牲、そしてルキノ・ヴィスコンティ監督が「世界一美しい少年」と宣言したことで人生が一変してしまった少年についての物語を描きました。他人によって作られたイメージ、アイコン、ファンタジーとなったことで青年期の人生を奪われることとなった1人の少年の物語に耳を傾ける機会を観客のみなさんに届けられたらと願っています。

映画史の傑作に隠された衝撃の真実を知る

世界を陶酔させる崇高な美で、人々を魅了した少年ビョルン・アンドレセン。誰もがうらやむ美しさの裏に隠された悲しみ、そして葛藤と孤独に触れたとき、人生において大切なものとは何かに気づかせてくれるはず。ふたたび立ち上がろうとする姿から、本来人間が持っている美しさを感じ取ってみては?


取材、文・志村昌美

衝撃が走る予告編はこちら!

作品情報

『世界で一番美しい少年』
12月17日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他にて全国順次公開
配給:ギャガ
https://gaga.ne.jp/most-beautiful-boy/

© Mantaray Film AB, Sveriges Television AB, ZDF/ARTE, Jonas Gardell Produktion, 2021