志村 昌美

記憶をなくした女性が殺人現場を目撃…明かされる優しい夫の正体【映画】

2022.10.27
同じことが繰り返されがちな日常のなかで、刺激を求めているのときにオススメしたいのは韓国サスペンス。これまでにさまざまな傑作が生みだされていますが、今回ご紹介するのは、怒涛の展開で新たな衝撃を味わわせてくれる話題作です。

『君だけが知らない』

【映画、ときどき私】 vol. 529

ある事故が原因で、記憶を失ってしまったスジン。夫・ジフンの献身的なサポートによって、徐々に日常生活を取り戻し始めていたが、幻覚によって未来が見えるようになってしまう。そして、スジンの周りで不可解な事件が次々と起こっていく。

そんなある日、殺人現場を目撃してしまったと訴えるスジンの言う通り、実際に死体が発見される。次第に精神が混乱していく彼女は、ついに夫さえも怪しみ始めるのだった……。

2021年に韓国で公開された際には、初登場1位を獲得し、大きな反響を巻き起こした本作。今回は、こちらの方にお話をうかがってきました。

ソ・ユミン監督

韓国の名匠ホ・ジノ監督のもとで、助監督を長年務め、『四月の雪』や『ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女』の脚本を手掛けてきたソ・ユミン監督。本作では、念願の長編監督デビューを果たしています。そこで、物語が誕生したきっかけや女性監督が活躍する韓国映画界の現状、そして日本での思い出などについて語っていただきました。

―この物語は、監督が日常生活で感じた恐怖から始まったということですが、どういった出来事からインスピレーションを受けたのでしょうか。

監督 以前からそういった感情はよく味わっていたのですが、そのなかでも思い出すことの一つは、10年以上前からすごく親しくしていた先輩とのやりとり。ある日、その方が亡くなった父親について話し始めたとき、「実は父親がある犯罪に関わった過去があり、自分も非常につらい時期があった」と打ち明けてくれたのです。

先輩のことはよく知っているつもりでいましたが、そんな大きな苦しみを抱えているとは思わず、表面的なことしか知らなかったんだなと強く感じたことを覚えています。そういったことがきっかけとなりました。

―本作は非常に複雑な構成になっていますが、そこからどのようにして物語を組み立てていきましたか?

監督 そのあとストーリーを書き始めたわけですが、一人の女性が一番近い存在だと思っていた夫のことが誰だかわからない状況に陥り、夫を疑っていくなかで自分の過去を知っていく話を最初の軸にしようと考えました。そして、彼女が未来を見ることができるという要素を入れたらより興味深くなると思ったので、そのあたりを付け加えています。あとはシナリオに肉付けしていく作業のなかで大きく影響を及ぼしているのは、私自身の経験です。

素晴らしい俳優たちには、感謝している

―実際、どのようなところに反映されているのでしょうか。

監督 たとえば、本作の物語はマンションで展開されていきますが、私も幼い頃からずっとマンション暮らし。マンションの住人たちというのは、よく出くわす存在でありながらお互いのことをまったく知らなかったりしますよね? そういう関係性を取り入れたいと思ってあの空間を舞台にすることに決めました。

また、本作には少女と女子高校生と主人公が登場しており、年齢と比例して住んでいる階が上になりますが、それも私が経験してきたのと同じこと。年を重ねて引っ越すたびに、上の階に住むようになりました。ちなみに、階が上がっていくにつれて、子どもの頃からの記憶も蘇っていくような構成にもなっています。

―なるほど。本作はまったく先の読めない展開が見どころですが、そのなかでも観客に注目してほしいところや細かいこだわりなどがあれば、教えてください。

監督 やはり夫の正体というのが気になるところだと思いますが、本当に詳しく見ていただくとさまざまなヒントが散りばめられています。たとえば、あるシーンでチラッと映る書類にも“ある真実”が書かれていますが、韓国で上映した際に気がついた人はほとんどいませんでしたね。ほかにも、写真や変だなと思う状況のなかに、夫の正体を探るヒントを小出しにしているので、ぜひそのあたりを追っていっていただければと思います。

―隅々まで見ていただきたいですね。主人公のスジンを演じたソ・イェジさんにとっては難しい役どころだったと思いますが、現場で印象に残ったことはありましたか?

監督 彼女は出ずっぱりの役だったので、確かに苦労も多かったと思います。なかでも、体にハーネスを装着して高いところから落ちるシーンや海のなかに入って撮るシーンは大変でしたが、非常にがんばってくれました。特に、海で撮影を行ったときはとても寒い日だったので、画面上では温かい海に入っているようですが、実際はソ・イェジさんもキム・ガンウさんもブルブルと震えてしまっていたほど。それでも、撮影が始まるとそういう様子を微塵も感じさせない演技を見せてくれたので、素晴らしい俳優さんたちにはいまでも感謝しています。

キム・ガンウさんが大きな助けになってくれた

―夫役を務めたキム・ガンウさんの演技にも、非常に引き込まれました。

監督 彼は本当に下準備をしっかりとしてくれる方で、撮影に入る前から何度も事務所に足を運んでくださり、いろんな話し合いをしました。そのなかでたくさんのアイディアをくれたり、セリフに関しても悩んだりしてくれたので、それが私にとっては大きな助けになっていたと思います。

キム・ガンウさんが意識していたのは、どうしたらこのキャラクターの感情を最大限に見せられるかということ。たとえば、結婚式のシーンで最後に言うセリフは、彼自身の意見を参考に変更しました。撮影では私が考えていたセリフと彼が考えたものと合わせて何回かテイクを重ねましたが、彼のアイディア通りに撮ったものが表情もすごくよかったので、本編にはそれを使っています。そのシーンを見るたびに、一緒に悩んでくれたことをいまだに思い出しますね。

―ananwebでは韓国の女性監督に数多く取材をしていますが、そのなかで「韓国では数年前から女性監督ブームが起きていて、女性の新しい声が韓国映画界の構図を塗り替えてくれるのではないかと希望の声が上がっている」という話を聞きました。監督自身は、どのように感じていますか?

監督 確かに、昔の韓国映画界には女性監督は本当に少なかったと思います。いまも増えているとはいえ、まだまだ全体の5%くらいしかいないと聞いていますが、それでも女性監督がどんどん活躍し始めているところです。そんなふうに、女性監督の作品が評価されることによって、先入観もなくなっているような気がするので、私自身もそれに助けられています。

というのも、以前から監督になるための準備をしながら脚本家としても活動していましたが、そのときに「監督らしくない」とよく言われました。「監督らしく見えるためにはどうしたらいいの?」と悩んでしまったこともありますが、最近はそういうことも言われなくなったので、それは女性監督が増えてきたからだろうなと。女性でもいい映画が撮ることができるという信頼を持ってもらえるようになったので、それが私にとっても大きな力となっています。

今後も女性監督は増えて、状況はよくなっていく

―そういうなかで、監督ご自身もこれからの若い女性監督たちを引っ張っていく存在になるかと思います。

監督 今後も女性監督はどんどん増えていき、さらに状況はよくなっていくと感じています。というのも、私はいま大学の映画科で非常勤講師としても働いていますが、クラスの半分が女子学生。勉強をしながら、すでに彼女たちはいい映画を作り始めています。

そして、観客のみなさんも女性たちのストーリーに興味を持ち始めてくださっているので、その後押しも非常に大きいですね。そういったことからも、今後の女性監督たちの活躍は楽しみです。

―また、映画に対する助成金やサポートがしっかりしている韓国のシステムも大きな支えになっているのではないかと。

監督 そうですね。韓国には映画振興委員会という組織がありまして、主にインディーズ系の映画や短編を盛んに支援しています。たとえ自分に制作資金がなくても制度を利用することができるので、その援助を得られたおかげでたくさんの素晴らしい作品が生まれました。それによって、女性監督をはじめ、多くの才能が頭角を現すことができるので、こういう状況が生まれていることは高く評価しています。

ただ、基本的にはインディーズ系やアート系作品への支援がメインなので、今回のような商業映画の場合は国の支援を受けられませんでした。とはいえ、映画界全体として見ると非常にいいことだと思います。

大好きな日本映画といい時間を過ごしている

―監督は日本映画のファンでもいらっしゃるとのことですが、影響を受けている方はいますか?

監督 私は以前から日本映画が大好きで、黒澤明監督や今村昌平監督の作品で勉強をしましたし、いまは黒沢清監督や濱口竜介監督の作品をよく観ています。あと、最近だと『花束みたいな恋をした』が素晴らしくて、小説まで買って読んだほどです。そんなふうに、日本映画とともにいい時間を過ごさせてもらっています。

―日本に対しては、どのような印象をお持ちでしょうか。

監督 実は、私は札幌から福岡まで日本一周みたいな旅をしたことがありますが、そのときに北野武監督の映画に出てくる場所を訪れたり、東京や大阪などを観光したり、本当にいろんなところに行きました。日本には美しいところがたくさんありますし、みなさんがとても親切にしてくださったのがうれしかったです。

そのあとにも、父が亡くなる前に一緒に旅行をして、楽しい時間を過ごせたのもよかったなと思っています。また近いうちに行きたいなと考えているところです。

―それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。

監督 20代や30代というのはとてもいい時期で、私もちょうど映画の仕事をすると決心して、夢を叶えるための努力をしていました。私が思うに、意外と人生は長いものなので、みなさんもいまのうちに何かを見つけて、やりたいことをしてもらえたらと。もし、いましていることがつまらなかったり、「このままでいいんだろうか?」と考えたりしているのなら、まだ遅くはないので、自分が好きなことは何かを探してください。たとえ趣味でもそれが人生のなかで癒しになることもあるので、とにかく好きなことを見つけてほしいなと思います。

あと、この作品については、過去に不幸な経験してきた主人公が逆境を乗り越えて生きる力と勇気を見つけていくストーリーでもあるので、女性の方々には共感していただけるポイントが多いのではないかなと。どんなにつらい過去があったとしても、人間は一人ではありません。必ず誰かが助けてくれるということも、知ってもらえたらうれしいです。

緻密な構成に翻弄される!

蘇る記憶とともに次々と明かされる衝撃の真実、そして点と点が繋がった瞬間にすべてが逆転してしまう本作。スリリングかつドラマチックな展開と、俳優陣による熱演も観る者の心を大きく揺さぶるはずです。


取材、文・志村昌美

胸がざわつく予告編はこちら!

作品情報

『君だけが知らない』
10月28日(金)全国公開
配給:シンカ
https://synca.jp/kimishira/
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