酒浸りからの復活…辛辣なユーモア冴える映画『ドント・ウォーリー』

2019.5.5
『マイ・プライベート・アイダホ』や『ドラッグストア・カウボーイ』など、長年暮らすオレゴン州ポートランドを舞台にいくつもの物語を紡いできたガス・ヴァン・サント監督。映画『ドント・ウォーリー』の主人公である車椅子の風刺漫画家ジョン・キャラハンが暮らすのもまたポートランドだ。’10年に59歳で他界した彼の過激なユーモアに溢れる漫画は、嫌悪感をむき出しにする人もいる一方で、多くの支持を集め、地元紙に27年間掲載されたほか、サンフランシスコ・クロニクル、ニューヨーク・デイリー・ニュースなど50紙以上で掲載された。
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こう聞くと、車椅子での生活を余儀なくされた人気漫画家の、ポジティブ思考に溢れた人生を想像するかもしれない。しかし、ジョンの人生は壮絶きわまりない。なにしろ、彼が漫画家になったのは、自動車事故で胸から下が麻痺する大怪我を負った後。母親に捨てられたという孤独感から逃れるために、子どもの頃から隠れて酒を飲みつづけてきたジョンは、彼自身が「事故に遭う前から俺の人生は終わっていた」と振り返るほど、アルコールに頼る日々を送っていたのだから。

そんな彼が、いかにして自分の人生を取り戻したか。ガスは、時制を自在に行き来させながら、その過程を解き明かしていく。ハンディキャップがあるからといってジョンを特別扱いしない禁酒会のメンバーたちとのやりとりや、自身の体験を語る講演会の姿と織り交ぜながら、事故に遭うまでの酒浸りの日々から、自分の進むべき道を見つけていく過程を彩る辛辣なユーモアは、まさにジョンの漫画に通じるもの。

同時に、そこには人間の強さを信じさせる愛もある。街中を猛スピードの車椅子で疾走するジョンの姿も痛快だが、車椅子が転倒してなすすべもないジョンと、通りがかりのスケボー少年たちとのやりとりは、きっとあなたのお気に入りのシーンになるだろう。

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原作はジョンによる自伝。自分の運命を呪っていた彼が、変えられない現実を受け入れることで心の平穏を得ると同時に、変えられるものを変えていく強さを手に入れる姿は、観客にも自分自身を見つめさせてくれるものだ。しかも、ジョンは風刺漫画家である。排泄の処理から入浴まで自力ではできないジョンの現実を美化することなく描く世界に、随所に挿入される毒の効いた漫画が、重くなりかねない題材に軽やかさを加えているのだ。

その物語の陰翳をより深くしているのが、作品誕生の背景。もともとはロビン・ウィリアムズが映画化を熱望していたというジョンの半生。『グッド・ウィル・ハンティング』で組んだガスが、その遺志を継ぎ、『誘う女』以来23年ぶりのコラボとなるホアキン・フェニックスがジョンを演じることに。ホアキンの兄リバーも、どことなく孤独を感じさせる瞳で『マイ・プライベート・アイダホ』を特別なものにしていた存在。物語の底流にどこか喪失感を覚えずにはいられないのは、ジョン自身が抱く二度と会えない人たちへの思いのみならず、監督と主演俳優が抱いている大切な人たちへの思いと存在を感じずにいられないからかもしれない。ある意味、ガス・ヴァン・サント組集結と呼びたくなる。

『ドント・ウォーリー』 監督・脚本/ガス・ヴァン・サント 出演/ホアキン・フェニックス、ジョナ・ヒル、ルーニー・マーラ、ジャック・ブラック、マーク・ウィーバーほか 5月3日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。©2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC

※『anan』2019年5月1日-8日合併号より。文・杉谷伸子

(by anan編集部)

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