志村 昌美

名家の後継ぎとメイドの許されぬ恋…フランス人監督がラブシーンに込めた意図

2022.5.26
「恋」とひと口に言ってもさまざまですが、人々を魅了する恋のひとつといえば秘密の恋。そこで、今回ご紹介するのは、人生を一変させてしまったある身分違いの恋を描いた傑作ラブストーリーです。

『帰らない日曜日』

【映画、ときどき私】 vol. 487

1924年、3月のある日曜日は、イギリス中のメイドが年に一度の里帰りを許される母の日。しかし、ニヴン家でメイドとして働く孤児院育ちのジェーンに帰る家はなかった。そんな彼女のもとへ、秘密の関係を続ける近隣のシェリンガム家の跡継ぎであるポールから、家に来るようにと誘いが舞い込む。

幼馴染のエマとの結婚を控えていたポールは、前祝いの昼食会への遅刻を決め込み、邸の寝室でジェーンと愛し合うことに。やがてポールが昼食会へと向かうと、ジェーンはひとりで広大な無人の邸を一糸まとわぬ姿で探索する。ところが、ニヴン家に戻ったジェーンを待ち受けていたのは、思わぬ知らせだった……。

作家のカズオ・イシグロ氏が絶賛したことでも知られる話題の小説『マザリング・サンデー』を映画化した本作。胸を締めつける愛の物語は、カンヌ国際映画祭をはじめ、世界各国の映画祭でも高く評価されています。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。

エヴァ・ユッソン監督

Vittorio Zunino Celotto
Vittorio Zunino Celotto

『青い欲動』や『バハールの涙』で注目を集めたのち、テレビドラマなども手掛けているユッソン監督。生まれ育ったフランスのみならず、アメリカ、イギリス、スペイン、プエルトリコといったさまざまな国で暮らした経験を持ち、今後幅広い活躍が期待されています。今回は、いまの時代に生きる人たちに伝えたい思いや撮影の裏側などについて、語っていただきました。

―脚本を読んだとき、この作品にはすぐにつながりを覚えたそうですが、どのあたりに魅力を感じたのかを教えてください。

監督 私が最初に読んだのは、脚本ではなく小説のほうでしたが、思わず涙してしまったほど感動しました。私は普段からいろいろな本を読んでいるので、泣くほどの作品というのは決して多くありません。ちょうど自分の身近な人を亡くした喪失感を味わっていたときだったというのもありますが、この作品にはエモーションを感じていたのです。そして、それと同じ感覚をアリス・バーチの脚本からも感じ取ることができたので、どうしてもこれを映画にしたいと思いました。

―そういった思いを映像化するうえで、意識されたこともあったのでしょうか。

監督 まず、現代社会というのは分断されているところがあるので、自分が抱えている痛みや悲しみを周りの人たちと分かち合うことができる機会が少ないと感じています。だからこそ、芸術を通じてそれらを昇華できるようにしなければいけないと考えました。つまりそれは、アリストテレスが言うところのカタルシスみたいなものではないかなと。

それができずに痛みや悲しみを抱え込んでいると、カラダに影響し、病気になってしまうこともあるので、芸術のなかに共感できるものを見つけ、そこから癒しを得ることは人にとって必要だと私は思っています。

自分を制限することなく、自由を手にしてほしい

―この作品で描かれているのは、身分違いの恋。これまでもさまざまな作品で取り上げられてきたテーマですが、監督がこだわったのはどのようなところですか?

監督 いまだに社会では男性優位的な考え方になりがちなところがあるので、おそらくジェーンのような自由な価値観を持っている人物というのは、ananwebを読んでいる女性のみなさんには、非常に興味深いところだと感じています。階級的にはポールが支配する側で、ジェーンが支配される側ですが、裸で向き合っているときは対等な関係。屋敷のなかを裸で歩き回るシーンでも、彼女は誰に許可を求めることなく、自分の意志でそこに存在しているのです。

そういった彼女の姿を通して若い女性たちに伝えたいのは、社会的な階級や性別といったもので自分を制限することなく、自由を手にしてほしいということ。これから先の人生では、みなさんの自信を打ち砕くような言葉と直面することもあるかもしれません。実際、社会では女性にとってはまだまだ障害があるのが現実ですが、そんななかでもジェーンのように自分にふさわしい場所というのを見つけてもらえたらと願っています。

―本作では、そういった意味を持つセックスシーンやジェーンが裸で屋敷を歩くシーンが本当に美しく描かれていたのが印象的でした。センシティブな場面を撮影する際、どのようなことに気をつけて取り組まれているのでしょうか。

監督 まず、私が女性監督であることと、女優活動をしていたときにヌードシーンの経験があるという点において、すでにほかの監督とは大きな違いがあると思っています。そして、信頼関係も必要になってきますが、特に男性監督だったら、女性に対してよりデリケートな対応が求められることもあるかもしれませんね。

ヌードシーンを撮る際、理解してもらわないといけないのは、俳優のカラダというのはあくまでも役を演じるためのツールであって、本人の私生活を見せるものではないということです。そのため、セックスシーンにおいては、振付をするように細かいところまですべて計画的に動きを決めてから撮りました。最初のうちはヌードになることに神経質だったジェーン役のオデッサ(・ヤング)も、きちんとした信頼関係を築くことができたからこそ、安心して演じることができたと言ってくれたのです。

俳優たちのタイプに合わせて演出を変えていった

―今回は、そのオデッサとジョシュ・オコナーの若手による瑞々しい演技と、コリン・ファースとオリヴィア・コールマンによるベテランの重厚感ある演技の対比も素晴らしかったです。どのような演出を行ったのかについても、教えてください。

監督 まず、私は俳優の年代によってアプローチを変えるのではなく、彼らのタイプに合わせて演出することを意識しています。たとえば、オデッサは知的な人なのですべてのことを頭で理解し、お互いの考えを活発に話した合いたいタイプ。ジョシュはデリケートな人なので、“共犯関係”を結ぶような感覚に重きを置き、あとは自由に演じてもらいました。

コリンはたくさんフィードバックを求めましたが、こちらの意見もきちんと聞きながら私にスペースを与えてくれる人。と同時に、素晴らしいチームワークを作ってくれたので、彼との仕事は本当に喜びでした。

そして、すごく引っ込み思案で、まったくタイプが違っていたのはオリヴィア。彼女はカメラが回ってスイッチがオンになると毎回的確な感情をバッと出せるので、それはすごかったですね。実際、ジェーンに「あなたは恵まれているのよ」と言いながらキスをする後半のシーンでは、何度やっても同じように涙を流していたほど。そこで、私はそれを利用して、涙が枯れ果てるまで何テイクかやってもらいました。そして、目が腫れて、まさに迫真の表情をした瞬間を捉えた映像を本編には使用させてもらっています。

両親の影響もあり、日本文化を愛している

―興味深い裏話をありがとうございました。少し話は変わりますが、まもなく公開を迎える日本に対しては、どのような印象をお持ちですか?

監督 日本にはまだ行ったことがなく、この作品とともに訪れたいと思っていたので、コロナ禍で行くことができず、本当に残念です。でも、私は昔から日本の文化をとても愛しています。特に、私の両親が日本映画をすごく好きだったので、その影響で黒澤明監督や大島渚監督の作品をよく観ていました。実は、いま準備している映画のひとつでは、大部分が日本で起きることを描いているので、ぜひその機会に初来日を実現させたいです。

―それは非常に楽しみです! ちなみに、可能な範囲でいいので、どんなストーリーが教えていただけますでしょうか……。

監督 あまり多くは言えませんが、火山がテーマの映画なので、歴史的な火山の大爆発に関する場面で日本が登場しています。ぜひ、楽しみにしていてください。

厳しい時代だからこそ、芸術に目を向けるべき

―この作品では、戦争による痛みや喪失感も描かれているので、まさにいまの時代とリンクするところがあるのではないかなと。この作品を通して、伝えたいことをananweb読者へメッセージとしてお願いします。

監督 戦争のような悲劇というのは、ひと昔前の世代の人たちが経験したものだと思っていたので、死が目前にあるようないまの時代というのは、若い人たちにとっては心理的にショックな状況だと感じています。特に、これから世界に乗り出していこうとしている世代にとっては、輝かしい未来が暗く閉じてしまうような感覚を味わっているかもしれません。それくらい、非常に厳しいときだと思っています。

だからこそ、私はみなさんに「もっと強くなれ」ではなく、「芸術に目を向け、しっかりと“自己武装”してからこの世界に乗り出していくことが大切だ」と言いたいです。そして、重要なのは、この映画のテーマのひとつでもある人と人との親密さ。特にこれだけ情報があふれ、便利になったデジタル社会だからこそ、人間同士の間にある距離が分断されていると感じています。

たとえば、フランスでは若い世代がバーチャルな関係に重きを置くあまり、肉体的に触れ合ったり、セックスしたりすることが減っているという統計が出ているほど。バーチャルにもいい側面はありますが、やはり人間にとっては直接コミュニケーションを取ることも大事だと思っています。私にとってエネルギーの源は世界の美しさや素晴らしさなので、若いみなさんにも「悲しまずに、熱くなれ!」という言葉を送りたいです。

色褪せることのない“愛の真実”に胸が震える

息をのむほど官能的で、切ないほどに美しい愛の物語を惜しげもなく映し出した本作。才能豊かな俳優たちによる圧倒的な演技と、心に刻み込まれる珠玉のラブストーリーは見逃せない。


取材、文・志村昌美

引き込まれる予告編はこちら!

作品情報

『帰らない日曜日』
5月27日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
配給:松竹
https://movies.shochiku.co.jp/sunday/
© CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE AND NUMBER 9 FILMS SUNDAY LIMITED 2021