志村 昌美

「日本映画界は女性活躍のパイオニアだったと思う」インドの注目監督が語るワケ

2023.1.18
近年、熱狂的な人気を誇り、映画界でも勢いを増しているインド映画。ひしめき合う話題作のなかから今回ご紹介するのは、本年度のアカデミー賞で国際長編映画賞のインド代表に選出された注目の1本です。

『エンドロールのつづき』

【映画、ときどき私】 vol. 550

インドのグジャラート州にある田舎町で、学校に通いながら父のチャイ店を手伝っていた9歳のサマイ。映画を低劣なものだと思っている厳格な父だったが、ある日特別に家族を映画館へと連れていく。人で溢れ返ったギャラクシー座で、サマイは初めて観る映画にすっかり魅了される。

後日、サマイは再びギャラクシー座に忍び込もうとするが、チケット代が払えずにつまみ出されてしまう。それを見た映写技師のファザルから、ある提案をされる。なんと料理上手なサマイの母が作る弁当と引換えに、映写室から映画を見せてくれるというのだ。映写窓から観るさまざまな映画に圧倒されたサマイは、いつしか「映画を作りたい」という夢を抱きはじめるのだが……。

インド映画のなかでも、日本で一般公開される初のグジャラート語映画となる本作。世界各国の映画祭で絶賛されている魅力について、こちらの方にお話をうかがってきました。

パン・ナリン監督

映画制作のみならず、BBCやディスカバリーチャンネルのドキュメンタリーを手掛けてキャリアを積んできたナリン監督。2022年には、グジャラート州出身者として初めて米アカデミー会員にも選ばれ、いまや国際的な監督となっています。そこで、自身の経験を反映させた本作に込めた思いや映画界に抱いている危機感、そして日本映画の印象などについて、語っていただきました。

―本作はほぼ監督の自伝ということですが、物語はどのようにして構成していったのでしょうか。

監督 すべてではないですが、今回は実際に僕に起きた出来事をベースに作りました。なので、お弁当と交換に映画を見せてもらっていたことも、父親がチャイの露店をしていたこともすべて事実。家族や友人から昔の話を聞いて、ネタを集めていきました。

映画のフィルムを盗んで捕まり、少年院に拘留されてしまったエピソードも本当のことですが、インドの大スターであるアミターブ・バッチャンが出演していた作品だったこともあって、近隣の街では当時大騒ぎになったんですよ(笑)。

―まさに映画のような出来事ですね。実話とフィクションの両方を描くうえで、意識したこともありましたか?

監督 観客に披露するまでは、「ちゃんとバランスが取れているんだろか?」と自分のなかでも、ものすごい不安がありました。ニューヨークのトライベッカ映画祭での上映が最初でしたが、観客のみなさんが立ち上がって喜んでくださり、観客賞まで受賞したのでよかったですが、それまでは本当に怖かったです。

意識したことを挙げるとすれば、実話ということもあって僕自身の視点で描かれている作品ではあるものの、友人でもある映写技師の視点も大事にしたこと。とはいえ、ドキュメンタリーではないので、ある程度の自由を持って作っていますし、僕が大好きな映画作家に捧げるオマージュも今回はかなり入れています。

夢のような感覚は、映画館でしか味わえない

―監督が子ども時代だった頃と現在では、社会における映画や映画館の存在も変化していると思いますが、危機感のようなものはありますか?

監督 世界の映画館の25~30%が二度と営業を再開しないという形で閉鎖しているという話を聞いたばかりなので、それは懸念すべきこと感じています。ただ、映画のなかでも言っているように、映画にはつねに未来があるという事実は変わらないかなと。とはいえ、どうやって物語が作られ、それがどのように受け止められるのかということに関しては、激変しているのではないでしょうか。

たとえば、昔だったら映画は映画館でしか体験できないものでしたが、いまでは配信などでどこでも観られる時代。しかもデジタルによって自由を手にしているので、誰でも映像を作ることができ、SNSなどで発信することもできるようになりましたよね。ときにはそれが大作の映画よりもバズることもあるので、映画の存在が薄くなっているようなところはあるのかなと。ただ、ゲームやYouTubeなどから新しいものがどんどん入ってきている状況なので、僕も興味を持っていますし、どうなっていくのかは見届けていきたいです。

―映画館の減少とともに、動画配信が主流となっていくなか、サマイのように映画館で感動する体験が失われつつあります。監督が思う映画館ならではの魅力とは?

監督 暗くなった映画館に座ってからは、スマホを見ることもほかの用事をすることもなく、早回しも巻き戻しもできない状況で映画を観ることになります。でも、それは自宅では味わえない経験ではないでしょうか。さらに、見知らぬ人たちと一緒に映画を観るという環境も、心理的には大きな違いですよね。おそらく大人でも子どもでも、同じことが言えると思っています。

これは哲学者や心理学者の方々と話をしたときに聞いたことですが、人が夢を見ている場合、夢の長さはだいたい90分から120分くらい。映画もそれと同じくらいの尺の作品が多いので、専門家たちの間では夢と映画には関連性があるのではないかと言われているそうです。

だからこそ、映画を観ると夢に近いような体験ができるのですが、それはパソコンの画面では味わえないものではないかなと。もちろん、情報や物語を受け止めることはできますが、夢心地のような感覚とインパクトは映画館に行かないと体感できないものだと考えています。

日本映画から影響を受けていない地域はないと感じる

―なるほど、確かにそうですね。監督は自他ともに認める映画マニアでもありますが、日本映画に対してはどのような印象をお持ちですか?

監督 日本の映画文化は革新的なところがありますし、日本では本当に数多くの映画が作られているので、それは素晴らしいことだと思っています。実際、アメリカをはじめ、フランスやイタリアなど世界中の監督と話していると、日本映画から影響を受けていない地域はないんじゃないかと感じるほどです。日本の作品が海外でリメイクされることも多いので、それは新しい形のストーリーテリングを生み出せている証拠ではないでしょうか。

少し前だと、中田秀夫監督をはじめとするJホラーの作品もジャンル映画にはさまざまな影響を与えていますし、日本にはユニークな映画言語があると感じています。あとは、宮崎駿監督のような存在も映画界には必要ですよね。ほかにも、日本の映画文化に関してあまり欧米では知られていなくて残念なこともあるんですよ。

世界は日本の映画界における女性の活躍をもっと知るべき

―それは、どのようなことでしょうか。

監督 映画界において、“女性活躍のパイオニア”は日本だったのではないかと僕は考えています。実際、日本初の女性映画監督である坂根田鶴子監督は、サイレント映画の終わりころの時代に男性社会である映画界で働くために男性のように髪を短く切って仕事をしていたとか。それほど前から、実は日本の映画界では女性が活躍し続けているのです。

ほかにもオードリー・ヘプバーンと同じくらい海外でもっと知られるべきと感じているのは、田中絹代さん。日本映画だと溝口健二、小津安二郎、黒澤明といった名前ばかりが上がりがちですが、田中さんは女優として250本あまりの映画に出演し、映画監督にもなった女性です。僕個人としては、彼女たちのような女性たちが活躍していたことをもっと多くの人に知ってほしいなと。こんなに初期から女性監督が映画界に関わっていたという例は少ないので、日本は先を行っていたほうだと思います。

僕自身は日本映画をきっかけに日本を好きになり、いまでは日本の精神性や武術、茶道、歌舞伎など、さまざまな日本文化に魅了されてきました。過去には日本と共同製作した作品の撮影で何度も日本を訪れていますが、ガッカリしたことは一度もありません。すべてがとても素敵な記憶として残っています。

いろんな側面を持つ故郷グジャラートを見てほしい

―そう言っていただき、うれしい限りです。映画を通して日本に関心を持ってくださった監督のように、本作は日本で一般公開される初のグジャラート語映画ということで日本の観客には興味深いところも多いかと。注目してほしいポイントなどがあれば、教えてください。

監督 グジャラートという地域に関しては、実はインド国内でもそこまで知られている場所ではありません。ただ、何世紀も前からいろんな旅人が滞在してきた歴史を持つユニークな地域で、多種多様な人種が生活しています。それは劇中の子どもたちを見ていただくだけでも、いろんな人種のバックグラウンドの違いを感じていただけるはずです。

また、自然が豊かな場所でもあるので、塩でできている砂漠や山脈などもありますし、アジアのなかではライオンの最後の生息地とも言われています。あとは、これが一番有名かもしれませんが、ガンジーの生まれ故郷でもあるんですよ。そんなふうに、いろんな側面を持つグジャラートという地域をぜひご覧ください。

人生においては、誰もが自分が主人公!

生まれ育った故郷と家族、そして映画に対する溢れんばかりの愛に包まれた本作。好きなものを純粋に追いかけるサマイの姿に、夢に向かって突き進む情熱こそが人生に光を与えてくれるものだと思い出させてくれるはずです。


取材、文・志村昌美

輝きに満ちた予告編はこちら!

作品情報

『エンドロールのつづき』
1月20日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
配給:松竹
https://movies.shochiku.co.jp/endroll/
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