志村 昌美

ポン・ジュノ監督成功の裏で反省も…女性監督が語る韓国映画界のいま

2020.6.19
誰もが経験する思春期は、大人になったいまでも忘れられない出来事や胸がキュンとする思いがいくつもあるもの。そんな人生の“原点”を改めて思い出させてくれるオススメの新作がいよいよ公開を迎えます。それは……。

韓国で異例の大ヒットを果たした『はちどり』

【映画、ときどき私】 vol. 305

1994年、両親と姉、兄とともにソウルの集合住宅に暮らしていた中学二年生のウニ。クラスになじめず、無気力な学校生活を送っていたが、男子学生のジワンや後輩の女の子ユリとデートをして過ごしていた。

自分に無関心な大人に囲まれ、孤独な思いを抱えていたウニだったが、ある日通っていた塾に新しく教師としてやってきたヨンジと出会う。ヨンジに対して、徐々に心を開いていくウニだったが、新たな問題がウニに降りかかろうとしていた……。

世界各国の名だたる映画祭で50を超える賞を受賞し、2019年の韓国の公開作品ベストテンではあの『パラサイト 半地下の家族』に次ぐ2位という高い評価を得ている本作。今回は監督・脚本を手がけたこちらの方に、作品の背景などについてお話をうかがいました。

韓国のキム・ボラ監督

現在38歳のキム・ボラ監督は、韓国でもっとも注目されている女性監督のひとり。本作が初の長編作品となりますが、完成までの道のりを振り返った心境や今後のこと、さらには韓国映画界のいまについても語っていただきました。

―本作はシナリオだけで4年かけ、30代の多くの時間をこの作品に捧げて完成させたとのことですが、一番苦労したのはどのあたりでしょうか? 

監督 もともと私は文章を書いたりするのが好きなので、シナリオを書くのは楽しかったんですが、気苦労のひとつは、出資会社が見つからなかったこと。政府からの支援金をもらうまでも何年もかかったので、製作費が集まらなくて本当に苦労しました。

―創作活動とは別の現実的な問題のほうが大きかったのですね。

監督 そうですね。とはいえ、シナリオを書いているときは楽しいだけでなく、苦労した点もありました。なかでも、完成度を高めるためにディテールにこだわり、何度も修正したのは大変でしたね。なぜなら、人間というのは複雑なものなので、「善か悪か」「白か黒か」と決めつけてひとつの面しか見せないようなキャラクターや物語にしたくなかったからです。

だからこそ、キャラクターを描くうえで、“ボーダーライン”をさまよっているような様子を入れることを意識しました。つまり、悪人のように見えるんだけど善があったり、善人のように見えるんだけど悪があったり、強く見えるけど弱さもある、弱く見えるけど強さもある、といった複雑な人間像であること。そこは特に苦労した点だと思います。

―なるほど。本作は家族構成や両親の職業、主人公がある病気になることなど、監督自身のエピソードも数多く盛り込まれているそうですね。それらを映画として表現するうえで、葛藤したことはなかったでしょうか?

監督 映画というものは、クリエイターが作るものではありますが、同時に芸術作品でもありますよね。私は、映画というのは工場で作られるような作品にしてはいけないと思いますし、個人的な気持ちや考えを入れて作るからこそ、映画は芸術作品となり、美しくなるのだと考えています。

ただし、今回はすべてが私の自叙伝というわけではありません。私が経験した具体的なエピソードをもとにはしていますが、それをどうやって普遍化させるかというのが非常に大きな課題でした。

人を動かす軸になるのは「家族」

―その問題を解決するために、何か特別な方法を取られましたか?

監督 物語の普遍化を実現するため、シナリオを書いているときに、韓国人だけでなく、ヨーロッパ、アメリカ、アジアという文化圏の異なるいろいろな国のさまざまな世代の方々に対してインタビューやモニタリングを行い、たくさんの意見を聞かせてもらうことにしたのです。

そのうえで、そこにある共通点はなんだろうと考えましたが、結果的に「家族」というものが人の心を動かす軸になるというのがよくわかりました。そういったこともあり、本作では家族を軸に主人公のウニが成長していく姿を描いています。

―ちなみに、ウニのキャラクターは監督の少女時代に近いところがありますか?

監督 劇中では、ユニと塾の教師であるヨンジの2人に、私の一部が反映されていると思います。とはいえ、父親や母親をはじめとするさまざまなキャラクターのなかにも、少しずつ私が入っているところがありますね。

たとえば、彼氏のジワンの優柔不断さは私に似ていますし、後輩のユリがすぐに気が変わってしまうところも誰にでもある部分ですから。そんなふうに自叙伝的な要素が下地にはあるものの、あくまでもフィクションとして話を作り変えて描いています。

―ただ、本作ではソンス大橋の崩落事故など、実際に起きた出来事なども描かれていますよね。

監督 ソンス大橋の崩落をモチーフに選んだのは、ウニというひとりの少女の内面や人間関係が崩壊していく様子と彼女が抱く喪失感を重ね合わせてみたいと思ったから。韓国は1988年のソウルオリンピック以降、「とにかく早く成長しなければいけない」という風潮があり、がんばりすぎたあまりに、ソンス大橋だけでなく、三豊(サンプン)デパートの崩壊といった象徴的な事故が立て続けに起きてしまいました。

人間を無視した発展というものがどんな影響を与えるのか、といったことに対する警鐘を鳴らしている事件のようにも思えたので、この映画のなかに取り入れることにしたのです。そんなふうに個人的な出来事と社会的な事件には重なるところがあるんだ、というのも見せたいと思いました。

女性監督の声が構図を塗り替えると期待されている

―ウニの年齢設定に関しては、意図したところもありますか?

監督 厳密にいうと、ウニは私の1歳上になりますが、なぜ中学二年生という設定にしたかというと、韓国でも「中二病」という言葉がよく使われているからです。それほど中学二年生というのは、内面的にも大変な時期ですよね。

たとえば、感情的に不安定な人を見ると「中二病なの?」なんて言うこともあり、中学二年生がよくないことのように受け止めている人が多いようですが、それぞれの年齢に合わせた感情の動きというのがあると思うので、その年齢のときに感情が不安定になるというのは当然のことだと私は考えています。

―確かにそうですね。では、いまの韓国の映画界についてもおうかがいしますが、世界的な注目が集まり、人気実力ともに勢いをさらに増していると思います。そのなかにいるひとりとして、感じていることはありますか?

監督 韓国映画は、すごくうまくいっているように見えますし、実際にうまくいっている部分もありますが、実はいま韓国では反省の声も上がっているんです。

―それは意外ですが、具体的にはどのあたりについてでしょうか?

監督 当然のことながらいい映画もたくさん撮られていますが、現在の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の前の政権が非常に保守的だったため、その時期は画一化された作品が数多く作られていました。その結果、当時は新人監督がデビューするのはなかなか難しく、作られる映画は、まるで工場で作ったような多くの集客が見込める“超大作”ばかりになってしまったからです。

ポン・ジュノ監督が『パラサイト』でたくさんの賞を受賞したことによって、「では、なぜ第二のポン・ジュノは現れないのか?」といった声が高まっています。もちろん、パク・チャヌク監督やイ・チャンドン監督など、韓国にはポン・ジュノ監督以外にも素晴らしい監督はいますが、そういった監督たちに続く次の世代が生まれていないことを反省しているのです。

そんななか、去年あたりには女性監督ブームが起きたのですが、それによって「女性監督の新しい声が韓国映画界の構図を塗り替えてくれるのではないか」という希望の声もいっぽうでは聞かれています。そういう意味でも、この作品はいい時期に公開できたんだと感じているところです。

―興味深いお話ですね。ちなみに、韓国は日本に比べると、国をあげて映画作りをサポートされている印象ですが、そういったシステムの良さを実感したことは?

監督 私はアメリカでも勉強した経験がありますが、アメリカではインディーズ映画に対する支援があまりなかったので、そういう面では韓国にはいくつものサポートがあると思います。

たとえば今回は、韓国映像資料院や韓国映画振興委員会、釜山国際映画祭など、数多くの機関から支援をしていただきました。ただ、それでも足りなくてスタッフやキャストが自分を犠牲にしてがんばってくれたところもありましたが、いくつもの支援制度があることは確かですし、インディーズ映画でもサポートしてもらえるのは、ありがたいことです。

なかでもよかったのは、ベルリン国際映画祭でこの作品のプレミアを行ったとき、多額の渡航費などを負担してくれたこと、それからポストプロダクションといわれる撮影後の作業に対しても支援をしてくれる制度があることでした。そんなふうに、撮影から完成、そしてプレミア上映まですべてを支援していただいたことは、本当に感謝しています。

―監督は、これからの韓国映画界をけん引する女性監督のひとりになると思います。最後に、映画監督として目指していることや取り組みたい題材などがあれば、教えてください。

監督 まずは、自分にうそをつくような映画や私自身の魂が入っていない映画は作りたくないと思っています。「魂が込められた映画とは何か?」というのは、人生を白か黒かだけで見ることなく、現実にある小さな声もしっかりと伝えていくような作品のことです。

そのほかには、女性や世間があまり目を向けないような疎外された人たちを取り上げたいとも考えていますが、そういった作品でも決して誰かを悪者にしたくはないというのは根底にあります。
 
ちなみに、韓国の観客から「次は30代のウニを見てみたい」と言っていただいているのですが、この作品にかけた時間があまりにも長かったので、いまは少しだけ距離を置こうかなと(笑)。でも、未来のことはわからないので、この作品の続編に関しても、開かれた状態にはしておきたいと思っています。

心に沁みわたる感動を味わう!

世界で最も⼩さな⿃のひとつと言われ、蜜を求めるために1 秒に80 回も⽻ばたかせて⻑く⾶び続けるという“はちどり”。孤独や葛藤を抱えながらも、「希望・愛・⽣命⼒」の象徴とされるはちどりのごとく成長していく少女の姿に、共感せずにはいられないはず。そして、韓国が生んだ新たな女性監督の才能からも、刺激をもらってみては?

胸に響く予告編はこちら!

作品情報

『はちどり』
6月20日(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー!
配給:アニモプロデュース
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https://animoproduce.co.jp/hachidori/