志村 昌美

夫を亡くした女性は…インド階級差別社会の「悲惨な現実」

2019.7.31
ようやく梅雨明けを迎え、恋の季節といわれる夏本番になると、自然とラブストーリーへの関心も高まるところ。とはいえ、「ありきたりな展開じゃ物足りない!」という人も多いのでは? そこで、そんな女子にオススメの恋愛映画をご紹介します。それは……。

禁じられた恋を描いた『あなたの名前を呼べたなら』!

【映画、ときどき私】 vol. 248

インドの大都会ムンバイで、住み込みのメイドとして働く農村出身のラトナ。雇い主は、建築会社の御曹司アシュヴィンの新婚家庭のはずだった。しかし、婚約が破談となってしまい、ラトナは広い高級マンションにひとりで暮らすアシュヴィンを気遣いながら身の回りの世話をすることに。

若くして未亡人となったラトナと傷心のアシュヴィン。結婚に失敗した共通点を持つ2人は、徐々に心を通わせるようになる。ところが、インドにおける階級と因習が大きな壁となって立ちはだかるのだった……。

一見、身分違いの2人によるただのラブストーリーのようですが、背景にあるのは日本人の私たちにはなかなか知ることのできないインドのさまざまな問題。そこで、こちらの方に沸き上がるいくつもの疑問についてお答えいただきました。

監督・脚本を務めたロヘナ・ゲラ監督!

ゲラ監督にとっては長編デビュー作にもかかわらず、カンヌ国際映画祭などで高い評価を受けている本作。今回は、劇中で描かれているインドの階級問題や女性が置かれている厳しい現状について語っていただきました。

―インドでは主人とメイドの恋愛は絶対に起こり得ないことであり、タブーとされているそうですが、恋愛にはそれを変えるほどの力があると思ってこういった作品を作られたのでしょうか?

監督 その通りよ。もともと私にとってインドにおける階級の問題というのは、子どもの頃からずっと気になっていたことでもあったけれど、そのなかでラブストーリーを描けば変化を起こすことができるんじゃないかと思っていたの。

なぜかというと、人は恋をすると、自分の視点だけでなく、自然と相手の世界から見た視点というものを持つようになるものだから。今回は、それが変化につながると考えていたところはあったわね。

―とはいえ、インドでは賛否両論の反響もあったのではないでしょうか?

監督 内容が問題なのではなく、あくまでもインディーズの作品であることが原因ではあるけれど、実はインドではまだ公開が決まっていなくて、いま話をまとめているところなのよ。でも、インド人のなかでもすでに観ていただいた方はいるので、そういう人たちの反応を見ていると、年齢が大きく関係していると感じているわ。

―どのように感想が別れているのでしょうか?

監督 インドに階級の問題が存在していることは、もちろん誰もが知っているけれど、そのことについてもっと話すべきだと思っているのは若い世代。作品のことを肯定的に見てくれているし、すごく応援してくれているの。たとえば、オランダのインド大使は「観客の反応を恐れずに見せるべきだ!」と立ち上がって意見を言ってくださったほど。

でもそのいっぽうで、シニア世代のインド人男性からは「君はすべてのタブーを壊してしまえと言っているのか!」と批判的な意見も上がったわ。だから、反応は本当に人それぞれ違うけれど、このことはもっと話題にされるべきだと思うし、そんなふうに居心地が悪くなることも変化の兆しとも言えるので、いいことだと感じているところよ。

変化はあっても解決には向かっていない

―監督の子ども時代に比べると、よくなりつつあるのでしょうか?

監督 若い人たちはネットなどのおかげで外の世界を知ることもできるだけに、マインドは変わってきているとは感じるけれど、問題自体はずっと変わっていないと思うわ。つまり、変化は始まっているけれど、この問題の解決についてはあまり進んでいないということね。

それは階級だけではなく、問題が複雑化してしまっているというのも理由のひとつ。というのも、いまは農業の衰退によって、田舎から都会へと働き口を求めて出てくる人が増えているのだけれど、低賃金であるからスラムのようなところが都会に増えていて、格差が大きくなってしまっているのよ。そういった問題すべてに対して、いっぺんに立ち向かうことができないというのもあるのじゃないかしら。

―確かに、インドにはいくつもの問題があることを感じさせられました。なかでも、ラトナがある洋服屋さんから追い出されるシーンには驚かされましたが、その裏にあるものを教えてください。

監督 あれは、極端な階級差別主義というのを端的に表しているシーン。日本の方にはわからないかもしれないけれど、インド人から見ると、ラトナの髪の結い方やサリーの素材、歩き方などでお店にはそぐわない客であることがすぐにわかるのよ。例えるなら、パリにある高級メゾンの本店にボロボロのジーンズで入るのと同じことね。

―そういった階級はどのようにして決められてしまうのでしょうか?

監督 ここで描いている階級というのは、昔からあるカーストのことではなく、低賃金の仕事にしか就くことができずに見下されてしまうことによって生じる階級のこと。あくまでもその人が置かれている状況による問題について取り上げているのよ。

特に、いまインドで増えているのは、ラトナのように田舎から都会へ働きに行く“国内移民”と呼ばれる人たち。ところが、実際は賃金の低い働き口しかないので、彼らは低いクラスに入れられてしまうのよね。

2人の関係をより興味深いものにしたかった

―では、ラトナを未亡人の設定にしたのはなぜですか?

監督 理由はいくつかあるけれど、まずはラトナというキャラクターが田舎から都会に働きに行くうえで、一番あり得る理由であり、それがリアルだったからよ。父権主義が強いインドでは結婚するまで父親の家に住み、結婚すれば夫の家庭に入るのが普通なんだけれど、夫がいなくなってしまったら、妻は居場所もなくなってしまう。となると、都市に行くことが実用的な選択となるだろうと考えたのよ。

それと、彼女を未亡人にしたことによって、ラトナとアシュヴィンの関係がより興味深いものになると思ったから。お互いに何らかの形で相手を失くしている2人なので、そこで通じ合う部分も生まれてくるわよね。

あとは、19歳で未亡人になったラトナが、「どうしてこんな若い年齢で自分の人生を諦めないといけないのか」ということを考えるきっかけにしたかったから。なぜなら、インドの社会では未亡人になると、「人に良く思われないんじゃないか」とか「家族が恥ずかしい思いをするんじゃないだろうか」といったいろいろなことが付随してしまうところがあるのよ。

―インドでは未亡人の恋愛も再婚もご法度と言われているそうですが、それだけでなく、未亡人であるというだけでいくつもの理不尽な思いを強いられている姿は衝撃的でした。とはいえ、未亡人の女性に非があるわけでもないのに、なぜそのような扱いを受けなければいけないのでしょうか?

監督 それは、地域やコミュニティによっても異なるし、家庭の状況によっても変わってくるもの。たとえば、未亡人になったら親族の結婚式に参加できないところもあれば、できるところもあるし、白い服しか着ない人もいれば、私の祖母のように色物を着る人もいたり。本当にいろいろなのよ。

ただ、インドでは未亡人というのは、女性側が悪運を持っているから夫が死んでしまったんだと思われるところがあるのも事実。つまり、そういった迷信のようなものが根強くあることが大きく関係しているのかもしれないわね。それは私も不公平なことだとは思うけれど、そういうことをしてしまう理由は恐怖心からきているものではないかというのがいまの私の解釈よ。

インドにおける女性の再婚問題とは?

―たとえばですが、女性はお金持ちだとしても、未亡人になったら再婚できないのでしょうか?

監督 これは階級の問題ではなく、社会の問題。富裕層の人でも、保守的なら周囲の目を気にして再婚しない人も多いものよ。あとは、その人がキャリアを持っているのかとか、女性として自立しているのかとか、そういうことも影響するとは思うわ。

私の知り合いのなかに、上流階級にいる60代の女性で、わりと進歩的な家庭にもかかわらず、30年以上前にご主人を亡くして以来、いまだに男性と2人で食事に出かけたこともないくらいの人がいるわ。その理由は社会の目が怖いから。つまり、「仕事と母親を両立するのはいいけれど、両方できるの? そんな人が恋愛をする欲求を持っていいの?」と言われてしまうことを気にしてしまうのよね。

再婚している人もいるけれど、私の周りには少ないし、社会全体がそういう考えだから、女性も同じように感じてしまうのかもしれないわ。ただ、男性の場合は、一瞬で再婚しますけどね!

―そういった現実があることに驚かされます。

監督 いま話していて気がついたのは、もしかしたら未亡人が再婚することが問題なのではなくて、女性が自由にいろいろな人とデートすること自体がインドでは猜疑心を持って見られているのかもしれないわね。

なぜなら、有名な婚活サイトに再婚者向けサイトも最近できたのだけれど、デートやお付き合いすることを飛ばして、最初から結婚すると決めているのであれば、あまり白い目では見られないところもあるから。

もちろん少しずつ変わっているところもあるけれど、やっぱり女性が多くの人とデートをすることが、インドでは女性のすべきことではないと思われていると考えられるわ。決して男性が押しつけているわけではないけれど、あくまでもみんながそういう考え方を持っているということよ。

まだまだ話し合うべき問題はたくさんある

―ちなみに、バツイチの女性が再婚することに対しては肯定的ですか?

監督 というよりも、どちらも同じく夫がいない立場ではあるけれど、未亡人とバツイチはちょっと違うわね。なぜなら、10年前のインドにおける離婚率は世界で一番低くて1%以下。つまり、女性は離婚するものではないと考えられていたということがわかるわよね。

いまは経済的に自立している女性も増えているけれど、それでも自分から離婚する女性はいまだに勇気があると見られているわ。ただし、離婚に対する見方や離婚率はすごい勢いで変わっているところよ。

とはいっても、村に住んでいたり、低所得者は離婚しない人のほうがいまでも多いわね。アル中で手に負えない夫を家から追い出すことはあっても、書類上では離婚しないというパターンもよくあることだから。

いっぽうで未亡人の場合は、そういう状況に一旦置かれてしまうと前に進めなくなってしまうということが問題なのよ。

―それこそが本作を作った理由であり、疑問に思わないこと自体が問題だと監督はお考えなんですね。

監督 私はそう思っているけれど、世界中の女性たちのなかには、「それが普通ならしょうがないよね」といろいろなことを受け止めてしまっている人も実際は多いんじゃないかしら。でも、この問題のように話し合わなければいけないことは、まだまだたくさんあると思っているわ。

小さな一歩が勇気をくれる

恋愛においてだけでなく、どんな逆境のなかでも自分の道を切り開こうと歩き始めるラトナの姿は、生きづらさを感じたり、何かを諦めたりしたことのある人にとっては、希望の光を感じさせてくれるはず。タブーを超えて繰り広げられる2人のラブストーリーは、静かに、そして激しく心を揺さぶる珠玉の物語です。

胸がときめく予告編はこちら!

作品情報

『あなたの名前を呼べたなら』
8月2日(金)よりBunkamuraル・シネマ他全国順次公開
配給:アルバトロス・フィルム
©2017 Inkpot Films Private Limited, India © Inkpot Films
http://anatanonamae-movie.com/