志村 昌美

「100日目に色々ありましたから」ワニ映画化、上田監督夫妻が今だから言えること

2021.7.8
2019年12月12日から始まり、100日間毎日Twitterに投稿された4コマ漫画「100日後に死ぬワニ」。何気ないワニの日常が大きな反響と感動を呼び、話題となりました。連載終了から1年以上が経ついまなお高い人気を誇る本作が、ついにスクリーンに登場します。そこで、こちらの方々にお話をうかがってきました。

上⽥慎⼀郎監督 & ふくだみゆき監督

【映画、ときどき私】 vol. 397

今回、本作の共同監督を務めたのは、『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督とアニメーションの分野で活躍するふくだみゆき監督。仕事の同志であり、プライベートでは夫婦でもあるおふたりに、制作過程で見たお互いの新たな一面や夫婦ならではの強み、そして作品に込めた思いについて語っていただきました。

―まずは映画化するうえで、社会現象にもなった原作を扱うことへのプレッシャーはありませんでしたか? 

上田監督 最初は、どちらかというとワクワクのほうが大きかったですね。僕は連載開始の2日目から読み始め、30日目くらいにはすでに映画化の企画を出していました。ただ、100日目に炎上したこともありましたからね……。そういうことに対する不安みたいなものは少しあったとは思います。そこからは、より気を引き締めていこうという感じにはなりました。

―どういう結末を迎えるかわからない段階で映画化したいと思った決め手はどこですか?

上田監督 一番は、「映画を感じたから」です。4コマ漫画という限られたなかで、すごく“余白”があるなと。語りすぎないところが映画的な漫画だと感じたので、映画化したいと思うようになりました。

ふくだ監督 そうですね。連載中からそう言っていたのを聞いていました。

―なるほど。ただ、最初はアニメではなく、実写で考えていたそうですが、どのようなイメージでしたか?

上田監督 別に、俳優がワニの被り物をするとかではないですよ(笑)。単純に、人間に置き換えて撮ったらどうかなと考えていたんですが、変えたきっかけは「アニメでふくだ監督と2人でやるのはどうですか?」という提案を受けたから。いまはアニメにしてよかったなと思っています。

―ふくだ監督は、そういうオファーを受けていかがでしたか?

ふくだ監督 最初は上田がひとりで監督すると思っていたので、「私も!?」という驚きのほうが大きかったです。でも、2人で共同監督をしたことも、原作がある作品を手掛けたこともなかったので、チャレンジという意味でもおもしろそうだなと思って受けることにしました。

2人だったからこそ生まれた作品になった

―実際に共同監督をしてみて、夫婦ならではの強みもあったのではないでしょうか?

上田監督 まずは、コミュニケーションが早いことです。特に、コロナ禍でいままでよりも人と会うことができない状況のなかで、同じ屋根の下に住んでますからね(笑)。やりとりが早く、しかも密に取れたことはよかったんじゃないかなと。

ふくだ監督 それは大きかったですね。あとは、これまでも一緒に映画づくりは10年続けてきているので、すでにお互いの得意不得意や感覚的なことがわかっているおかげでスムーズに物事を運べたと思います。

―その過程で、意見がぶつかり合うことはなかったですか?

上田監督 「ケンカしないんですか?」とよく聞かれるんですけど、ほとんどないですね。

ふくだ監督  そうですね。

上田監督 さっき言っていたように、お互いの得意不得意がわかっているというのが大きいのかなと思います。たとえば、映画の構成的なところは僕で、細かな日常のやりとりはふくだ、みたいな感じでお互いを信じていますから。

ふくだ監督 確かに、作風的に私のほうが日常系で、上田のほうがエンタメ系なので、そこでお互いのいいところをまとめていった感じですね。

上田監督 なので、いまはふくだがいてくれてよかったなと本当に思います。というのも、「俺に日常が描けるのか?」と自分に問いかけていたくらいですからね(笑)。

ふくだ監督 特に今回は、アニメだったからバランスがよかったというのもあったかもしれません。もしこれが実写作品だったら、おそらく上田のほうが圧倒的に強いので、そっちに引っ張られていたかなと。私のほうが強いアニメだったからこそ、うまくいった部分はあったといまは感じています。

―おふたりの絶妙なバランスがあって、生まれた作品なんですね。

ふくだ監督 もしどちらかが単独で作っていたら、全然違うものになっていたと思うので、いまの形に仕上がったのは、2人だったからこそというのは間違いなく言えますね。

―キャスティングも大きなポイントだったと思いますが、どのようにして決めて行かれたのでしょうか?

上田監督 まず、ワニとネズミから決めました。最初から「ワニは神木隆之介さんで」と2人の意見は一致していました。理由としては、ワニの持つまっすぐさやひたむきさ、ピュアさがぴったりだと思ったからです。ネズミには幼なじみとしての距離感が大事だと考えていたので、実際に仲の良い人から選びたいなと。それでいてネズミのキャラクターに会う人は誰かということで、中村倫也さんにお願いしました。

邦画みたいなアニメにするために俳優を起用

―今回は、全体的に声優ではなく、俳優陣を多く起用していますが、俳優だからこその良さというのもありましたか?

ふくだ監督 この作品を映画化する目標のひとつとして掲げていたのは、「邦画みたいなアニメにしたい」ということ。そういったこともあって、声優さんよりも俳優さんによる生っぽい演技のほうが今回は合うんじゃないかということになり、俳優のみなさんにお願いすることになりました。

―実際に、アフレコをしてみていかがでしたか?

上田監督 たとえば、声優さんは台本を持ちながらやる方が多いですが、中村さんはスタンドに台本を置いて、実際に体を動かしながらやっていたので、芝居と体が連動しているんだなと感じました。画面を見ながら芝居をするというよりも、どちらかと言うと横にいる人と芝居をする感覚ですね。そういう部分で、声優さんと俳優さんではいろいろと違うところもあるのかなと。あとは、お互いにディスカッションしている様子なども含めて、実写の映画の現場っぽいなと思って見ていました。

ふくだ監督 通常、実写よりもアニメのほうが、セリフとセリフの間合いが短いですが、今回の作品はアニメの間合いでも、実写の間合いでもなかったので、そこがちょっと難しかったかもしれません。でも、みなさんいろいろと考えてやってくださいました。あとは、アドリブを取り入れる部分などもあったので、すごく独特な撮り方をしていた作品だと思います。

―アニメでアドリブというのは、どのようにして入れていったのでしょうか?

上田監督 おそらく、アニメでは「この10秒はアドリブでお願いします」みたいなお願いの仕方はないと思いますが、今回はワニと先輩が路上でばったり会うところやワニたちがコンビニの前で話している場面の後半5~6秒はアドリブです。

―「アドリブでお願いします」と言われて、キャストの方々は戸惑っていなかったですか?

上田監督・ふくだ監督 (声をそろえて)はい、戸惑ってましたね(笑)。

上田監督 「え? アドリブ?」みたいな感じで。とはいえ、1回やってもらって、少し話し合ってからのアドリブではありました。

ふくだ監督 アドリブだと、時々キャラクターよりもご本人がでてきてしまうことがあったので、「ちょっとキャラクターからはみ出てますね」などと相談しながら調整していきました。

いまを生きる人を否定したくなかった

―そこはぜひ注目していただきたいですね。また、後半はオリジナルストーリーが展開されていますが、そのような構成にした理由を教えてください。

上田監督 去年の4月に脚本の初稿があがったときは、原作が95%で後日談が5%くらいの割合でした。でも、その後コロナ禍が本格化したとき、「この先の物語を描かなければいけない。自分もその先が見たい」と思うようになったので、オリジナルの部分を増やしました。

―そのなかで、映画オリジナルキャラクターとしてカエルが登場しますが、カエルに込めた思いとは?

上田監督 これだというのを監督の僕から言うと、それが正解みたいになってしまうので難しいですし、ひと言では言えませんが、まずは「新しい風を吹かせたかったから」というのは大きかったかもしれません。

特に、カエルは原作の世界観から少しはみ出しているようなキャラクターなので、もしかしたら抵抗を感じる人もいるかもしれませんが、それを受け止めるのも受け止めないのも、どちらでもいいと思っています。観る方の経験によっても、受け取り方が違ってくる部分ですからね。

人は新しい生活や日常をすぐには受け入れられないところがありますが、そこで前に進むのも、進めないのもいいと僕は思っているので、なるべくいまを生きるすべての人たちを否定したくないという思いを込めました。

ふくだ監督 私も上田と同じで、正解をひとつに絞るようなことはしたくなかったので、そこに描かれているグラデーションの部分が伝わればいいなと思いながら作りました。

―声を担当された山田裕貴さんには、どのような演出をされましたか?

ふくだ監督 山田さんだけでなく、ほかのキャストの方々にも共通していますが、事前に私たちがどういう映画にしたいか、どういう気持ちで作っているのか、というお話をさせていただきました。

それを受けて山田さんがカエルを作ってきてくださったのですが、それがすごくイメージ通りで。なので、こちらから大きく指示することもなく、山田さんご本人が持つ資質と解釈がピッタリ合っていると思います。

共同監督を経て、お互いのより深い部分が見えた

―共同作業を経て、お互いに新たに発見した一面もありましたか?

ふくだ監督 ここまで並んで映画を作ることは初めてだったので、「こんなにもいろいろと考えていたのか」と改めて感じました。特に、上田は本当に細かいところにまでこだわりがありますが、それをしっかりと伝えて、周りを引っ張っていくのが得意なんだなというのは、今回改めて気がついた部分ですね。

上田監督 一緒に仕事した人からは細かくて驚かれることはありますね。でも、限られた時間と予算のなかでどこまでできるかという葛藤は、すべての映画監督が感じていることだとは思います。

ふくだ監督 確かに、映画をよりよくしたいという一心で全部していることですからね。でも、初めてその姿を目の当たりにしたので、「みなさん、ついてきてくださってますか?」と少し心配にはなりました。

上田監督 (笑)。僕も共同監督をすることで、より深い部分が見えたと感じることはありました。いまの話からもわかるように、ふくだはみんなに気を遣っているので、「やってください」と言えばいいところを「できなければいいんですけど、できたらしてほしいんですが、大丈夫ですか?」みたいに言うんですよね。僕からしたら、「めちゃくちゃクッション挟むやん」みたいな(笑)。いつもは毒舌キャラで売っているのにね。

ふくだ監督 いやいや、別に毒舌キャラで売ってませんよ(笑)。

上田監督 でも、そこがいいところでもありますけどね。

ふくだ監督 私が言いたいことをうまく言えずに躊躇してしまっていたので、バシッと言ってもらえたのは心強かったです。

―ちなみに、家での関係性は全然違いますか?

上田監督 家の中ではやっぱりふくだのほうが強いと思います。でも、「映画にこれだけ力を使っているから生活がこうなるのは仕方ないよね」と言ってくれているのでありがたいです。

ふくだ監督 そうですね。上田は映画に脳みそを使っているぶん、日常がおろそかになりがちなところはありますね。映画に関しては、すごく尊敬できるんですが……。でも、映画監督としてのこの人を好きになってしまったので、仕方ないですね。人としては、ちょっと諦めようかなと思っています(笑)。

―いいご関係でうらやましいです。それでは最後に、観客へのメッセージをお願いいたします。

上田監督 もちろん、ひとりで観ていただいてもいいですが、この作品は誰かと一緒に観て、終わったあとに感想を語り合うところまでを含めての映画になるのかなと思っているので、どなたかを誘って行っていただけたらいいかなと。いまだからこそできた物語でもあるので、ぜひいま観てほしいです。

ふくだ監督 上田が言っているように、いまの時期にぴったりの作品になっているので、映画を観て、ご自身の世界とのつながりを感じていただけたらうれしいなと思います。

インタビューを終えてみて……。

さすが夫婦という息の合ったやりとりで、取材を盛り上げてくださった上田監督とふくだ監督。映画監督として認め合っていることも、お互いに対する絶大な信頼感も伝わってくるおふたりの姿がとても素敵でした。本作からは、そんなおふたりの思いと愛を感じられるはずです。

変わってしまった日常で、自分を見つめ直す!

当たり前が当たり前ではなくなった時代の渦中にいるからこそ、改めて感じる日常のありがたさや喜び、そして大切な人への思い。失って初めて気づくのではなく、いまをもっと大切に生きて行きたい、そんな気持ちにさせられるいま必見の1本です。


取材、文・志村昌美

ストーリー

桜が満開の3月。みんなで約束したお花見の場にワニが現れず、心配した親友のネズミはバイクで迎えに行くことに。その途中、満開の桜を撮った写真を送るが、それを受け取ったワニのスマホの画面は割れて道に転がっていた。

遡ること100日前。ワニは入院中のネズミを見舞い、大好きな一発ギャグで笑わせていた。毎年みかんを送ってくれる母との電話、バイト先のセンパイとの淡い恋、仲間と行くラーメン屋など、ワニの日常は平凡でありふれたものだった。

そして、お花見から100日後。ワニとの思い出と向き合えず、お互いに連絡を取ることも減っていた仲間たち。そんななか、積極的なカエルが現れ、ネズミたちは戸惑っていた……。

胸が熱くなる予告編はこちら!

作品情報

『100⽇間⽣きたワニ』
7⽉9⽇(⾦)全国公開
配給:東宝
https://100wani-movie.com/

©2021「100⽇間⽣きたワニ」製作委員会