母も私も「夫に裏切られて」離婚した…|12星座連載小説#30~蟹座3話~
【12星座 女たちの人生】第30話 ~蟹座-3~

前回までのお話はコチラ。
「ねぇ、孝志。このプランなら良いと思わない? 孝志のご両親や北海道のお友達とかも呼べるじゃない!」
「うん、まぁ……」
少しずつ話がまとまりそうな流れだ。ここでもうひと押ししたいところだけど、ここは敢えてパンフレットを持って帰ってもらって、二人の話し合いに任せるのがいいわね。
―――女性は結婚式となると“押せ押せムード”だけど、男性側は慎重になって“渋々モード”になりがち。
男ってプライドもあるから、私達が間に入ってプランを次々と提案すると、逃げ道がなくなって、最悪、別れちゃうこともあるのよね……。
……昔、先輩が聞かせてくれた失敗談を思い出した。
男は女よりもずっとデリケート。逃げ道を残しておかないと、怖気づいちゃうのよ。結局、男性自身もGOサインを出さなくちゃ、結婚は成立しないものだしね。
『では、山岡様、よろしければこちらのパンフレットをお渡しいたしますので、彼とお二人でじっくりご検討頂ければと思います。』
そう言って、パンフレットを2部差し上げる。夢を見る時間は長いほうが良い。二人でどんな結婚式にするか話し合う時間も、愛を深めることになるの。
「ありがとうございます!」
『また、何かありましたら、いつでもご相談下さい。結婚は一生に一度のことですから、お二人でよーくお話されるのが良いかと思います』
深々とお辞儀をする山岡さんと、恥ずかしそうにしている彼。初々しくて見ているこちらも新鮮な気持ちになる。
彼女たちの姿が見えなくなるのを、最後まで丁寧に見送る。

山岡さんカップルは、私たちウエディングプランナーからすると、本当にやりやすい。
これまで、いろんなカップルのお手伝いをしてきた。BGMの切り替えタイミングはあーだの、照明の色はこーだのと細かいところまで指示する二人。そんなに言うのであれば、式を挙げなくていいんじゃないかと思うくらい、とにかく値切りしてくる人。親族以外におおっぴらにできない関係で、お金を払ってまで出席者数を水増しする訳アリカップル。
……いろんなケースがあったわ。
本当に、結婚式のカタチって、ひとそれぞれ。カップルの数だけあるのよね。
沈む夕陽を眺めながら、どこまでも続く長い廊下を歩き、ロッカーに向かう。
……今日も疲れたなぁ。
そういえば明日は、ジュエリーの戸部さんに、来週の式で必要なレンタルアクセサリーの値段交渉をしなくちゃ。
帰り支度をしながら、さっき私が山岡さんに言った「結婚は一生に一度」というフレーズが引っかかる。
『一生に一回』
そうね、でも……それは理想論。
現に私は今、“二回目”の機会を心から願っている、バチ当たり者。
束ねた髪を解き、帰る準備をする。
『……もう、6時半か。お母さんがご飯を作ってくれている時間ね』
“出戻り娘”と同居してくれて、小学一年生の由愛の面倒までみてくれているお母さんには、頭が上がらない。
私の母も父と離婚してもう長く、「独り身だから丁度いいよ」と言ってくれているけど……、仲居の仕事を減らしてまで、あれこれと世話を焼いてくれているのが申し訳ない。
……私は母の期待に応えられなかった。

私が恭二さんと結婚した時なんかは、お母さん、もうそれこそ大喜びだったわ。「医者の嫁! 医者の嫁!」と何度も言ってたっけ。
思い出し笑いしてしまいそうなのを、我慢する。
娘には幸せな結婚をして欲しいと思うのが、親心ってもの。私も由愛を授かってから、母親の気持ちが少しずつ分かるようになってきたわ。
彼と離婚する時なんかは、「あんた、堪えなさい! 私も離婚した身だから何も言えんけど。苦労するよ」って言ってたな。
確かにそう、お母さんの言う通りだった。
恭二さんと別れてからの生活は、そりゃあ惨めなもの。それまで豪勢な暮らしをさせてもらっていたから、感覚がマヒしちゃって……、普通の暮らしすらみっともなく思えたものよ。『何で私がこんな苦労を』ってね。
一時期は、“夜の蝶”になろうかと考えたこともあったけど、お母さんに「あんた! 女を売るんじゃないよ!」と叱られちゃった。
『ホント、何で見抜けなかったかねぇ……』
高台にある“サンクチュアリ”からバス停に向かって歩きながら、溜息まじりの独り言。
陽も暮れて、まるで群青色のカーテンが天から下りてきたような風景だ。
キラキラと輝く住宅街の灯り。あの灯りの中に、どれだけ“幸せな家庭”があるのかしらね。
ま、隣の芝生は青くみえるものか。
―――母子揃って、ダンナの浮気が原因で離婚だなんてね。
何だか、結婚しても幸せになれない”ダメな遺伝子”を受け継いでいるみたいで、やるせないじゃない。
あ~ヤダヤダ。どこかに私を幸せにしてくれる王子様、いないかなぁ……。
辛気臭くなるのが嫌で……、急いでもないのに小走りでバス停へ向かった。
蟹座 第一章 終
【今回の主役】
瀬名亜矢 蟹座29歳 ウェディングプランナー
バツ1子供あり(瀬名由愛・7歳)。仕事で、華やかな結婚式場のプランニングを企画しながらも、どこか冷めている自分に気づきつつある。婚活や合コンには頻繁に参加しているが、どこか満たされない”出会いイベントジプシー”な一面も。カップルの幸せを見送る立場でありながら、医者である元夫(二階堂恭二)との離婚を経験した自分に矛盾を感じている。
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