「雨のような男(ひと)」を好きになった私|12星座連載小説#128~天秤座 11話~
【12星座 女たちの人生】第128話 ~天秤座-11~
前回までのお話はコチラ。
一日の仕事が終わる。
なんだろう、この充実感……。
仕事って、こんなに楽しいものだったっけ……?
ロッカールームのドアを開けると、鈴森さんがいた。
「お疲れ様」
『お疲れ様です』
「最近の佐々木さん、輝いてますね」
『え……?』
「私、佐々木さんのこと、カン違いしてました……それじゃあ、また」
鈴森さんから意外な言葉を掛けられて、私は一瞬何が起きたのか分からなかった。
鈴森さんは、私がここで働き始めた時から、私のことを“いけ好かない”と感じていたのだと思う。事あるごとに、チクチク嫌味を言われてきたもの。
確かに、彼女は仕事熱心でいつも丁寧だったわ。だけど、私はそんな彼女を“要領の悪い人”という目で見ていた。
“要領の悪い人”―――
あ。
薫さんも……だ。あの人は、どんなに小さな事でも、丁寧に丁寧に対応する。
これまで彼が私にしてきてくれたことを想う―――。
ショップのHPのこと。トラブルのこと。
……私が訊いたことに対して、全て“望むもの以上のこと”を準備し、与えてくれた。
『私……』
彼のそんな優しさに全然気づいていなかった。値踏みしたり、遊び半分でからかったりして……。
―――ひと筋、ふた筋と涙がこぼれ落ちる。
私は、スマートに器用に生きているつもりだったけど、全然カッコ悪い……。
オトコ達に囲まれて、チヤホヤされて、手抜きの仕事をして。頑張る人を疎ましく思って。
“中身”が全然なかった。
一生懸命過ぎると、傍からは“要領が悪い”ように見えるのかもしれない。でも、そういった熱意や意欲こそが人の心を動かすものなのね。
ハンカチで目を押さえる。着替えて、バッグの中からスマホを取り出す。
あれ、裕太からLINEが入ってる……。
「おつかれ、恭子。
なんかさ、こないだの飲み会で紹介した薫が、悩んでるみたいなんだけど……。
思い当たるフシ、ある?」
―――え。
薫さんが、悩んでる……? 一体、どうして?
考えられるのは、ひとつ。私が原因だ。この前、ウチに来てくれた時のことだ。
よっぽど、イヤだったのかな……。
帰り道、LINEをどう返すかしばらく悩み……。
「お疲れ、裕太。
もしかしたら、それ、私が原因かも。
良かったら、悪いんだけどもう一回飲み会を開いてもらえない?」
思い切って、裕太に返信する。
これまでの私は、面倒なことを全て避けてきた。でも、そこに向き合わないと、何も解決しないんだ―――。
帰宅して着替え終えた頃、裕太から返信が入っていた。
「そっか……。
よくわかんねーけど、了解。
薫、ああ見えて繊細なヤツだからさ、ヨロシクな
近々で悪いけど、明日って大丈夫?21時に恵比寿とか」
『良かった……』
また、薫さんに会えるんだ。キチンと“あの時”のこと、謝ることができる。
「私は大丈夫。わざわざゴメンね。
ヨロシクお願いしますm(_ _)m」
裕太のLINEに返して、お風呂に入る。
シャワーを浴びながら、少し弱気になっている自分に気づく。
何て謝ったら良いんだろう……。
「あの時は、急にキスしてごめんなさい」かな。
それとも「好きです」?
……そんなこと、言えない。私のことを嫌いになっている可能性だってあるんだから。
薫さんのことが分からない。
本当は、直接薫さんに連絡した方が良いのは分かってる。でも、そこまでの勇気はない。
―――シャワーの蛇口を締めた。
雨だ。お風呂上がり、髪をとかしていると雨音が聞こえてきた。
薫さんがお店のウェブを良くしてくれた時も、雨降ってたなぁ……。彼には、“雨のイメージ”がよく似合うと思った。
一滴一滴、柔らかくシトシトと降る雨。たいした力はなさそうに見えるけど、時に激しく降り注ぐ。
雨には強い力がある。どんなに大きな川だって水源は雨だ。降り続けると洪水にもなる。鍾乳洞の岩にだって雨水が落ち続ければ、やがて穴が空くほどだ。
周りから見たら、小さなことをチマチマやっているように見えても、その積み重ねが大きな結果を生む。私にないものを、彼は持っている。
―――その夜は、少し早く眠りについた。雨音を聞きながら。
朝には雨もやんで、空は晴れていた。いつもより目覚めも早く健やかだ。
『今夜9時か……』
ゆっくりベッドから起き上がり、ぬるま湯に口をつけながら静かな時間を過ごす。
こんなに清々しい朝は、いつぶりかな……。
支度を済ませ、家を出る。心の準備は出来ている。
『おはようございます!』
主任の来栖さんに元気よく挨拶する。
「あ、ええ、おはよう……何だか最近、佐々木さん、生き生きしてるわね。何か良い事あったの?」
『ええ……そんな感じです……!』
私は、変わった。薫さんに“気づき”をもらったんだ。
―――仕事が終わった。
今日も接客とネット対応の一日だった。やってみると、意外と楽しい。
昨日のお昼に発送したお客様からも、「迅速丁寧な対応、有難うございます」ってコメントをもらえていたしね。
『今は……20時か』
ロッカールームのドアを閉め、いつもより少しだけ早く歩く。
そう、恵比寿へと―――!
【今回の主役】
佐々木恭子 天秤座27歳 アパレル店員
センスがよく整った容姿の女性。男に困ったことがなく、広く浅く男性と付き合う、いわゆる“リア充”である。将来の夢は玉の輿に乗ることで、毎週タワーマンションで催される会員制パーティー『ロイヤル・ヴェイル』に参加している。仕事仲間からは陰口を叩かれているようである。
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