愛する彼の「最後の優しさ」|12星座連載小説#104~乙女座8話~
【12星座 女たちの人生】第104話 ~乙女座-8~
前回までのお話はコチラ。
「おはよう」
聞き慣れた声が、ぼんやりとした意識の中で反響する。
「今日は昼からだろ? まだゆっくりしてて」
そんな甘い言葉に、私の意識は再び途切れた。
―――夢を見た。
私は森の奥で、とても大きくて恐ろしい獣に出遭う。
その獣は、ゆっくり私に近づいてくる。
本能的に危険を察知し、走り出す。森の奥は暗く、深く、どんなに走っても先が見えない。
足が痛く、呼吸も苦しい。心臓が大きな音を立てて動いている。
行けども行けども、木々が鬱蒼としげるばかり。
ついには木の根につまづいて、私は転んでしまう。獣は、今にも私に覆いかぶさろうとする勢いだ。
―――その刹那
どこからともなく弓矢が放たれ、風切り音とともに獣を射抜く。
獣は耳をつんざくような雄叫びとともに、絶命し倒れる。
その向こう側には、白馬に乗った騎士が。顔はよく見えない。
「……だよ」
よく聞き取れない。
彼は倒れている私に、手を差し出してくれる。
でも、私はその手を振り払い、暗い森の中へと駆けていく―――
「……沙耶…………だよ」
また声が聞こえる。
そこで目が覚めた。
悲しくはないが、なんだか寂しい気持ちになる夢だった。
目を開くと、彼……真司さんの顔が。
「おはよう。もう9時半だよ」
あの声は真司さん……だったの? 意識がまだハッキリしない中、身体を起こす。
『おはよう。真司さん、私のこと呼んだ?』
「えっ、うん2回くらい」
『そう……何だか寂しい夢、見ちゃった』
「どんな?」
『ナイトに助けられるんだけど、私はその手を払いのけちゃうの』
「ん? フフ……アハハハッ」
『え? 何、私何かおかしなこと言った?』
「ハハ……いや、ごめんごめん。沙耶にしては、もの凄く乙女チックだなあと思って」
『私だって、女ですからね』
腰に手を当て、“プンプンのポーズ”で怒ってみせる。心外だ。
「しかも、助けてもらったのに、それを振り払うなんて……ククッ 酷いな。そこはキスされてハッピーエンドじゃないのかよ、普通は」
『もう! 夢の中だもん、私の意思で動けないの!』
すっかり目が覚めてしまった私は、笑っている彼を放置し洗面所へ向かう。鏡を見ると、少し目が腫れぼったい。
『泣いたんだ、私』
昨日の夜のことを思い出して、ズキンと心が痛む。
あんなことがあったのに……、真司さん、優しすぎるよ。
バシャバシャと洗顔し、軽くメイクをする。歯磨きをし、メガネをかけ、ブラシで髪をとかす。
リビングに戻ると、彼がコーヒーを飲みながら新聞に目を通していた。テーブルのお皿には、ホットサンドが盛られている。
「さっきは笑って申し訳なかったね。目、覚めた?」
『うん……これ、作ってくれたの?』
ホットサンドを指差す。
「ああ、冷蔵庫にあったもので簡単に作ったんだけど、良かったら食べて行かない?」
この“優しさ”だ。この優しさが、私には痛い。
『……ありがとう。真司さんは?』
「ああ、もう食べたよ。それは沙耶の分だから、遠慮せず食べてね」
そんな風に言われて、“食べない理由”がない。
椅子に腰かけ、ホットサンドを少しずつ食べていく。まだあったかい。珈琲もさっきいれてくれたのだろう、まだ熱々だ。
どうして怒らないんだろう。
世の中には、どんなことがあっても、優しさを持ち続けられる人がいる。真司さんはまさにそういう人なのだろう。
昨日、あんなことがあったのに、笑顔で接してくれる……。
―――これで良いの?
いつもこんな風に取り繕って、付き合い続けてきた。まるでお互い仮面を被っているみたいに。
きっとまたプロポーズの返事を求められて、昨日と同じようなことが起こるわ。
……真司さんが良くっても、私がもうこの重圧に耐えきれない。
『ねぇ、真司さん』
「ん?」
『……私たち、別れようよ』
隠し続けてきた本音を言葉にする。
今日を逃すと、もう言えなくなる。そんな思いが私の中にあった。
「……どうして?」
彼は読んでいた新聞をテーブルの上に置き、迷子になった子どものような目で私を見る。
「どうして別れなくちゃいけないの……?」
そう。どうして別れなければいけないのか、私にも分からない。
でも、ひとつだけ確かなのは……
『真司さんと一緒にいると、私、罪悪感に押しつぶされてしまいそうなの』
「僕は沙耶に、ただ側にいて欲しいだけなんだ」
『それが嫌なの!』
立ち上がって、声を荒らげてしまう。彼は、驚いた顔で私を見つめる。
『真司さんの優しさが、私にはつらいのよ……』
そう言って、私は涙をこぼした。
「そう……か……」
彼がうつむく。
恋って難しい。
お互い愛し合っているのに、上手くいかないなんて哀しすぎる。その原因が、私にあると思うとやるせない。
しばらく沈黙が続いて、彼が重い口を開く―――
「分かった。別れよう」
彼なりの最後の優しさ……それは“別れを受け入れる”ことだった。
―――今朝見た夢の通り、彼の手を振り払ったことにその時気づいた。
【今回の主役】
鈴木沙耶 乙女座30歳 看護師
眼鏡の似合うクールビューティーだが、理想が高くいわゆる完璧主義者なところが恋を遠ざける。困っている人を助けたいという思いから、看護師として8年間働いている。しかし、理想と現実のギャップに悩んでおり、さらに自分を高めるために薬学部に行こうと考えている。結婚願望はあるのだが、仕事や夢が原因で彼(辻真司)とうまくいかない。
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