突如現れた「恋のキューピット」|12星座連載小説#93~獅子座9話~

文・脇田尚揮 — 2017.6.8
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第93話 ~獅子座-9~


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「すごい! 綺麗……」

菜摘ちゃんが、目を輝かせながら店内の下着を見つめている。まだ学生とは言え、“女性”。うちの商品の良さを分かってもらえて嬉しいわ。

「これ……私、これを着てみたいな」

彼女が指さしたのは、エアリーなシフォン素材を使ったブラとショーツのセットだった。

レースをふんだんに使っており、そして水彩画のようなふわっとした花柄が可愛く、少し大人びたティーンに人気の新作。これを選ぶなんて、なかなかお目が高いわね。

『これ、素敵よね。私にはもうムリだけど、菜摘ちゃんはきっとお似合いだと思うわ』

「ホントですか!! ……ママ、私、これが欲しい!」

「ええ、良いわよ……。黒木社長、うちの子が申し訳ありません」

『とんでもありません。気に入っていただけて何よりです。あのシリーズを選ばれるだなんて、お目が高いわ』

下着のチョイスには、“育ちの良さ”が出る……と私は思っている。センスや感性は、生まれつきのものというよりは、生活の中で磨かれるものだ。

この子は、きっと美しいものを見て育ってきたのだろう。

『美夕、サイズを見て差し上げて』

「はい! じゃあ、ちょっとこちらでサイズを確認しましょうか」

菜摘ちゃんが、フィッティングルームに入る。

この子はどんな家庭で育ってきたのだろう……ちょっとした好奇心から、母親に尋ねてみる。

『菜摘さん、とっても良いお子さんでいらっしゃいますね』

「いえ、そんな……、お恥ずかしい限りです」

『何か、習い事などされているのですか?』

その家の経済状況を知るには、子どもにどんな習い事をさせているのかを聞くのが一番よ。

「ええ、フィギュアスケートを少々」

フィギュアスケート! あんなにお金のかかる習い事をさせているなんて、かなり裕福な家庭なのね。

『そうだったのですね、どうりでしなやかな身体を……』

「でも始めたのは、本当にここ最近のことなんです。実は、主人がWebの小さい会社をやっておりまして。一昨年、倒産しかけていたんです」

え……!? そうなの? 意外だわ。

「ですが、とても優秀な弁護士さんが事業再生に尽力してくださったんです。一時的に、会社の規模は縮小しましたが、この2年で持ち直すことができまして」

―――心臓がドクンとなる

『そ、そうだったんですね。苦労されたんですね』

「ええ、色々ありました」

『あの!』

「はい?」

『その弁護士の先生のお名前は……?』

「横浜の法律事務所に所属している方で、木村……たしか木村秀一さんと言ったかしら」

なんてことなの! こんなに簡単に彼と繋がるなんて……。

「黒木社長、ありがとうございました!」

キラキラ笑顔の菜摘ちゃんが、購入した商品を大切そうに抱き抱えている。

「本日は本当にありがとうございました。よろしければ今度、武蔵小杉にある主人の会社にも遊びにいらして下さい。お世話になっている木村先生をご紹介いたします」

深々と頭を下げ、二人は仲良く手を繋いで帰っていった。

―――Yes!Yes!Yes!!

彼女たちが視界から消えたことを確認し、ガッツポーズ。

「どうしたの?」

尾田ちゃんが「?」といった表情で、私の顔を見る。

『何でもないわ……!』

平静を装う私。私って、本当に素直じゃない。

―――それからと言うもの、にやつきそうになるのを我慢しながら、夜まで働いた。

「真利子お疲れさま。飲みに行こうか?」

クロージング作業が終わり、尾田ちゃんが声を掛けてきた。私の“悩みの種”は、さっき解決したから、実はもうどうでも良かったりする。

でも、こんなふうに私を心配してくれる人がいることが嬉しい。

『そうね……どこに行こう?』

「代官山にオシャレなバーがあるからさ、そこで何か軽くつまみながら飲まない?」

『良いね!』

こういうお店のチョイスはありがたい。もともと私は、居酒屋のような店でドンチャンするのが好きなのだが、“社長業”を始めた頃から、外ではスマートに飲むよう意識している。

「ここから歩いて10分くらい。すぐだよ」

帰り支度を終えた私たちは、お店のシャッターを閉め、中目黒から代官山まで歩く。

「あなたが恋だなんてね。何だか嬉しいよ、私は」

『あはは……、自分でもビビるわ』

二人の足音が、静かな住宅街に響く。

「ほら、あそこ」

尾田ちゃんが指差したのは、隠れ家的なバーだった。

「入ろうか」

彼女に促されて、お店のドアを開けると―――

眼鏡の青年がいきなり飛び出してきた。

彼は、

「す、すみません」

とだけ言い、物凄い勢いで走り去っていった。

何かあったのかしら……、と一瞬気になったけど、そんなことよりも、私の頭の中は“木村秀一”でいっぱいだった。

獅子座 第3章 終


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【今回の主役】
黒木真利子 獅子座31歳 経営者
女性向け下着ブランド『アリアンロッド』の経営者。プライドが高く、自分の力で今の会社を立ち上げ軌道に乗せたことに誇りを持っている。しかし、恋愛はあまり得意でなく、強気な性格ゆえに男性との関わり方について悩んでいる。顧問税理士の茂木篤史は心を許せる存在。

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