そんな男とまだ付き合うの?…「不毛なモノ」を捨てる簡単なコト#16

取材、文・土居彩 看板写真・Yumiko Sushitani — 2019.12.27
今年も残りわずか。忘年会やクリスマスも終えて、いよいよ大掃除ですね。部屋や職場の片付けと並んで、ココロの整理整頓のほうは進んでいますか? 私はスッキリしたり荒れ狂ったりと日々バラエティに富んでいます。あなたもそうだとしたら、もしやサンクコスト効果の罠に陥っているのでは。本当は今にでも解約したい全然見ていない有料チャンネル、別れたいのにズルズル付き合っている不毛な関係なんてありませんか? 無意識にやってしまう不合理な決断というサンクコスト効果の蟻地獄から、一年の締めくくりにすっきりと脱却して、ピカピカの心で新年を迎えてはいかがでしょう。心理学研究からそのコツを紐解きます。

【マック・マインドフルネス時代の瞑想探し。「魂ナビ」が欲しい!】vol. 16

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損のループにがんじがらめ! サンクコストの蟻地獄とは?

サンクコスト(埋没費用)とは過去に支払ってしまい、もはや取り戻すことができないお金や労力のこと。サンクコストにとらわれて意思決定を間違えやすくなる心理状態のことをサンクコスト効果(sunk-cost bias)といいます。「今までの苦労がパァになってしまう」と支払い済みのお金や費やした時間、労力を惜しんで、赤字を生み続ける事業を継続したり、不毛な人間関係にのめりこんでしまうのです。

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この半年ほとんど通っていない会員制ジム、本当はすぐにでも解約したいのにそのままの有料チャンネル……。ほかにも恋愛関係だったり仕事でも「あんなに奢ったから」「時間も手間も尽くしたし」という気持ちに縛られてしまうと、正直いってもう続けたくないのに関係性をストップできないというのはよくある話です。

このままだと痛々しい主人公の生きざまを描いたウディ・アレンの映画『ブルージャスミン』を観たあとのような気分。「リターンが出ないままでは諦められない」、「過去の決断が過ちだったと認めたくない」といった心理が働き、ずぶずぶとサンクコストの蟻地獄にハマっていくのです。

何かを払うと精神的な苦痛が伴うという心理。

なぜ冷静に考えれば不合理であるのに、それを続けてしまうのか。その理由は私たちには「出費の痛み(pain of paying)」という心理があるからです。何かを支払うときに、私たちは精神的な苦痛を感じるようにできています。

例えば一般的に現金払いよりも、電子マネーやクレジットカードのほうが羽振りよくお金を使うものだというのはよく言われること。物理的に「財布からお金が減っていく」のが実感しにくくなるからです。ちなみに10月から政府が行っているキャッシュレス消費者還元事業はこういった人間の行動心理をうまく利用しながら還元金も振る舞い、出費の痛みの強さを小さくして消費活動を高めようと試みています。

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また、心理学者のナオミ・アイゼンバーガー博士によると、脳には心の警報装置とも喩えられるACC(前帯状皮質)という場所があります。ここは肉体的な痛みや嫌な肉体感覚を感じたときに活性化されますが、人間関係における拒絶、別れ、排除という社会的な痛みでも反応します。

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つまりサンクコスト効果は、出費の痛み、そして「今までの関係性がムダになる」といったゴールや意図に反した社会的な痛みを避けるために、目の前の現実を「損していない」と歪めて認識する心のサバイバル本能なのです。

マインドフルネスがサンクコストの罠を救う?

さてINSEADという経営大学院(余談ですが、一年の学費1000万円超え!)とペンシルベニア大学の研究者たちは次のように提唱します。「サンクコストは過去にやってしまった出費。だったらマインドフルネスで“今ここ”に目を向ければ、サンクコスト効果に影響されにくくなるのでは?」と(1)。

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そして実験には109人の大学生が参加します。全員15分間の録音を聞きますが、うち半分がマインドフルネス(今ここに心を集中)の録音、残りの半分がマインドワンダリング(心ここにあらず)の録音を渡されます。

マインドフルネス・グループは呼吸が体の中を入ったり出たりする体の感覚に集中し、何度も呼吸に意識を向けなおすように指示されます。心ここにあらず(マインドワンダリング)グループの人たちは、なんでも頭に浮かぶままに心をさまよわせるようひっきりなしに命じられます。そして参加者たちは以下の筋書きを渡されます。

あなたはレーダー航空機の開発に10億円を投じた航空会社の社長です。ところが9億円を使った後に、ライバル会社がより優れた性能と低コストのレーダー航空機を発表しました。あなたは残りの1億円を使って、引き続き今のレーダー航空機の開発を行いますか?

冷静に考えれば、劣悪なレーダー航空機の開発を継続することは経営的に無意味ですよね。でもすでに9億円も使っちゃったから、「失敗しました」と引き返すのはかなりハードな出費の痛みが伴います。そこで「継続します」と参加者が答えた場合は、サンクコスト効果に屈しているとみなします。

たった15分の瞑想で損のループから自由に。

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結果は、マインドフルネス・グループの人たちは心ここにあらずグループの人に比べて、過去や未来ではなく、今ここに心が向かってネガティブな気持ちが減ったことで、サンクコストの影響を受けづらいというものでした。たった15分間意識を今に向けるだけでサンクコスト効果から少し自由になれたのです。

「逆に、今得たものはなんだろう?」という視点が処方薬。

「今ここ」に意識を向けるためにこのようなマインドフルネス瞑想を日課とするのもいいでしょう。ほかにも「逆に今何を得ている?」という視点を持てばいいのです。「失うだけ」と思うから、できた隙間を埋めようといらないものが手放せないのです。

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深く世界を見渡すと、“支払うだけ”という関係性が無いことに気がつきませんか? 例えばパスモにお金をチャージしたら、財布からお金が無くなります。でもその代わりに、歩けば2時間かかる場所へ20分たらずで移動できます。しかも車内は暖房が効いていて、あったか。コーヒーショップで購入したお気に入りのラテもそうですね。何かを差し出すと必ず何かを手に入れています。

それは物の交換という形をとらないかもしれません。例えば得られるのは笑顔だったり「ありがとう」という言葉かもしれません。相手から何も得られなくても究極的には何かを贈るには、受け取ってくれる相手がいないことには成立しません。関係性を終えたとしても、それはあなたの何かを失うことではなく、与えることができた自分に出会えるということ。

また、不安や苦しみ、重い気分というコントラストを体験したおかげで、望みもクリアになっていきます。それは経験を学びとして「今こんな風に生きたい」という願望を得たということ。

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支払ったものは何も無駄になっていない。逆に得るものがたくさんあった。そんな視点に立って初めて「もし時間もお金も失っていなければ、今ここでどんな決断をする?」と問いかけます。

最後に私がお守りにしている『ニーバーの祈り』をお贈りします。

神よ、変えられないものを受け入れる心の静けさと、変えられるものを変える勇気と、その両方を見分ける英知を与えてください。

今年も大変お世話になりました。どうぞ良いお年を!

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土居彩

編集者。東京の薪割り暮らしを綴るブログ 『東京マキワリ日記、ときどき山伏つき。』 株式会社マガジンハウスに14年間勤め、anan編集部、Hanako編集部にて編集者として、広告部ではファッション誌Ginzaのマーケティング&広告営業を務める。’15年8月〜’17年5月、カリフォルニア大学バークレー校心理学部にてダチャー・ケトナー博士の研究室で学ぶ。’18年9月〜’19年1月、7月、ニュー・メキシコ州サンタフェにあるウパヤ禅センターに暮らしながら、ジョアン・ハリファックス師に師事。現在は、書道家・平和活動家、禅研究家の棚橋一晃氏の著書『Painting Peace(平和を描く)』(シャンバラ社)を翻訳中。https://greenz.jp/author/doiaya/

参考
(1) Hafenbrack et al. Debiasing the Mind Through Meditation: Mindfulness and the Sunk-Cost Bias(2013). Psychological Science(2014) 25(2) 369–376 DOI: 10.1177/0956797613503853

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