会社を辞めて、こうなった。【第44話】 日米マインドフルネスリーダー談義。 幸せを導く ”Fuck it” マインドとは?

2017.2.17
米Google社でマインドフルネスを指導するビル・ドウェインさんと、日本のビジネスパーソンに教える映画『happy』プロデューサーの清水ハン栄治さん。東西マインドフルネスをリードする2人が、マインドフルネス実践の秘宝、“Fuck it” マインドについて語ります。

【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 44

 

【第44話】日米マインドフルネスリーダー談義。幸せを導く”Fuck it”マインドとは?

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道路に書かれた落書き。アメリカ先住民はかつて人種を赤、黄、白、黒の4色で区別し、魂と繋がることでその区別性を超えて精神的な目覚めを得ると考えていたそう。

アメリカに住み始めて、約2年。想像以上に、個性や自己実現、独立思考、個人の自由を重視するアメリカです。いっぽうで他者との繋がりや和を重んじる日本で生まれ育った “ヤマト” な私。アメリカの “当たり前” に戸惑うことも多く、教授や取材相手を “ケトナー教授(名字+肩書)” または “ドウェインさん(名字+敬称)” ではなく、“ダチャー” や “ビル!” と公の場でフランクに呼ぶという文化にいまだになじめません…。

さてマインドフルネスとは、そんな東西文化の融合とも言える産物。今この瞬間の心身の状態に気づくトレーニングです。仏教から派生した修養法とはいえ、宗教的な部分を省いてアメリカで独自の進化を遂げました。アメリカでは1980年代より医療の場に活用したマインドフルネス治療が注目され、2012年にはマインドフルネスに関する発表論文が477本に。いっぽう逆輸入状態の日本における歴史は浅く、2013年にマインドフルネスの有効性と安全性を科学的・学術的な側面から検証・高めていくことを目的とした日本マインドフルネス学会が発足。つまり、日本人を実践者としたデータの蓄積や科学論文の発表はこれからという状況です。

そこで「ストレス軽減」「集中力アップ」「マインドフルネスの効果ってスゴイ!」とは言うけれど、ちょっと一旦休止を(マインドフルネスだけに…)。価値観や行動様式の違う日本とアメリカ、同じように実践を行っても、国民性によって受け止め方やベターな取り組み方が違う可能性もありそうです。じゃあいったいどう実践したら、上手く付き合っていけるの?! というわけで、東西を代表する世俗マインドフルネス・ティーチャー、Google社でマインドフルネスを指導する人材開発部所属のビル・ドウェインさん(以下敬称略・ビル)とドキュメンタリー映画『happy−幸せを探すあなたへ』プロデューサーであり国内外でマインドフルネスを教える清水ハン栄治さん(以下敬称略・清水)が日米ディスカッションします。

アメリカの叡智から学んだ有難いマントラ。

ビル フランス人の政治思想家・法律家でアレクシ・ド・トクヴィルという人がいたのですが、彼はアメリカを旅して『アメリカのデモクラシー』(1851年)という本を出版したんです。これは、19世紀のアメリカに最も影響を与えた本のうちの一冊でもあるのですが、トクヴィルが見たアメリカとは、徹底して対等な個人の社会でした。彼の母国フランスでは身分秩序が根強く残っていたけれど、アメリカにはそれが無く、人々は革新的で、自由で、クリエイティブ。彼はこれがデモクラシーの基盤だと考えたわけです。けれども合理的な社会ないっぽうで、アメリカに住む人々は孤立した生活に不安を抱いてもいる。この二極性を現代ビジネスの世界に置き換えてみると、アメリカは効率性や個人の生産性を重視し、日本は集団の和や忠義を信条とすると言えるのかもしれません。ところでマインドフルネスとは、中道を行くという実践。両極端に偏らずバランスの取れた生き方を行うための修養法です。そこできっと私たちがマインドフルネス実践のなかで行うことというのは、手探りしながら2つの違った物の見方のなかで最適な道を見つけていくということなのでしょうね。

清水 バランスの修養と言えば、マインドフルネスによって感情のバランスが整うと、副産物として物事がより明確に見えてきますよね。その結果、自分の内面の状態、嗜好、リソース、直観といったものとも繋がっていきます。私がマインドフルネスを教えるとき、必ず「アメリカの叡智から学んだ有難いマントラだ」と受講生の皆さんにお伝えする言葉があるんです。「これはあなたに勇気、独立心、自律性といったものを授けてくれます…。深い呼吸をして、このマントラを唱え、しばし立ち止まってください。ぜひこのありがたいマントラを毎日の実践に取り入れてください」と言って、会議室の大きなモニターに表された言葉は…“Fuck it!”。それをキチンとした身なりの日本のビジネスパーソンたちが「フム…」と大真面目にメモをとってくれます。“Fuck it” と、ね。

全員 爆笑

清水 これは冗談でもなんでもなくって(笑)。日本は集団社会なので、秩序や現状の維持を重んじるため、アメリカに比べて個人の思いや感情を抑圧する傾向が強いんです。これは自分ひとりの考えや感情によって和を乱してはいけないという、一種の私たちなりの礼儀の表し方でもあるのですが。そこで、どうしても心の内に潜む願いや “これが正しくてこれが間違っている” といった腹の感覚を後回しにしてしまいがち。つまり、社会規範や外部の声といった、周りの雑音にのまれてしまうんですよね。私がプロデューサーとして映画『happy』に取り組んでいた頃、過労死で家族を無くしたご遺族何名かにお会いしてお話を伺ってきたのですが、みな一同口を揃えて故人が「周りに迷惑をかけられない」「きっと明日は状況が変わるから、今頑張らないと」と言って心の悲鳴から目を背け、必死に出勤していたと言うんです。“Fuck it” とは、ギブアップ(降伏)とは違う。内側と外側の状態を冷静に把握して雑音に振り回されず、何が起こっているかを正確に知る、ということです。どうして非常事態の自分自身のことや大切な家族よりも上司を大事にしなきゃならないんです? “Fuck it” は自己認識のためのマントラで、日本人にとってとても大切な価値観のシフトだと思います。

アメリカ人と日本人で違う、必要な手放し。

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何かを追い求めるばかりではなく、幸せのために後生大事にしていたけれど、もはやいらないものを手放すこと。それもマインドフルネス実践のひとつ。

ビル 私はGoogle社では世俗マインドフルネスを教えていますが、個人としてはタイ・フォレスト仏教の実践者です。そこで、仏教的な視点でお話するのが問題なければ、私は “Fuck it” は “Let it go (手放す、あるがままに任せる)” と解釈できるかなと思います。清水さんのお話から、日本人のみなさんは少し責任感や忠誠心を手放す必要があるのかもしれませんね。いっぽうで私たちアメリカ人はまた別の ”Let it go” に取り組まねばなりません。つまり行き過ぎた個人主義を手放し、繋がりの中で生きているという意識を取り戻すことです。おそらくどんな文化で暮らす人たちも、それぞれ取り組むべき “let it go” 実践があるのでしょう。そこで、マインドフルネスとともに「今私が自分の内側で手放すべきものってなんだろう?」。そう問いかけ続ける必要があるのだと感じます。

清水 日本人の幸せのために有益な手放しといえば、私のマインドフルネス講座でこんなことがありました。授業の後にある女性がやってきて話してくれたんですが…。彼女は大きな銀行に勤め、収入も社会的立場もある女性でした。そんな彼女にはアロマセラピーに関する強い思いがあった。さまざまなエッセンシャルオイルの香りやその効能についてブログに熱心に書いてもいたんです。まさにそれは彼女の天職、心から求める仕事でした。でも、外の雑音や彼女自身の過去の思考パターンがその思いを常に阻んでいた。「銀行に留まっていたほうが良い」と、ね。でも講座を受けて、”fuck it” 思考を身に着けた結果、思い切って銀行を辞めてアロマセラピービジネスを始めたと言うんです。もちろん給料は銀行時代と比べて下がったけれど、彼女はずっと幸せな人になりましたよ。だから日本人にとって ”fuck it” または “let it go” 精神はとても大切です。そしてこのマインドに到達するためには、ちょっとした心の「間(ま)」が必要なんです。立ち止まって、自分の内側を深く見つめるということ。つまりそれは、今ここに存在するということです。

−−−ただ嫌なことから逃げているだけなのか、本当に心の声と繋がっている必要な “let it go” かを見極める方法はあるのですか?

ビル それには、自分の心と体を使ってみるしかありません。マインドフルネスは単なる知識やエクササイズではなく、自分の人生に取り入れていくものだからです。つまり自分自身を実験材料として、得たデータを観察しながら分析していくということ。例えば昨晩ちっとも眠れなかったとしますよね、すると自分にとって心と体が疲れているというのがどういう状態なのかがわかるわけです。実際に体験もせず、心で感じもせず、どうやって自分にとってそれが役立つものなのか有害なものなのかがわかるというのでしょう。このプロセスは私にとっても非常に有益なものです。何が健全か不健全かというのは、それぞれの生き方によるものだからです。

清水 どうしても頭でっかちになってしまって、自分の感覚が掴みづらいなら、そのためのエクササイズがあります。まず完全に息を吐ききって、息を止めます。すると頭がパニック状態に陥りますよね。「酸素が無いよ!!」といった感じで。その後鼓動が早くなり、顔に血がのぼって、体が温かくなっていきます。つまりこのエクササイズからわかるように、思考がパニックに陥るよりも体が反応するのってずっと後なんですよ。心と体にはタイムラグがあって、私たちが捉えている世界は概ね私たちの思考が解釈したものなんですよね。つまり深く観察していくと捉えている世界と現実に体験している世界にはズレがあることもわかってきます。

実践の意図を自問自答する。

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頭でっかちになると、心と体が何を感じているのかがわからなくなる…。そんなときに私は、立ち止まって花の香りを嗅いだり、夕焼けを見るようにしています。

ビル 自己修養として、マイドフルネスで自分自身の状態や習慣に取り組むとともに、共同体のなかでの取り組みも必要になります。つまり経験し、自分が何を感じているのかを知った後、“これをしている意図ってなんだろう?” と熟考するんです。私にとって自分の行動が健全かどうかを見定める基準とは、その意図にコンパッション(慈悲の心)があるかどうか。もしあれば、その行動を続けます。コンパッションとは、他者に対してだけではなく自分に対するものでもあります。自分に対する慈悲の心を育んでいくことで、自分の一部であるけれど癒やされないまま放置されて無意識下で気になっている部分、つまり自分の脆さと向き合って再び繋がることができます。それは過去のトラウマや子供の頃に満たされなかった親への思いかもしれません。マインドフルネスによって、心と体の奥底に潜む痛みをしっかりと掴んで認識し、過剰にそれを認識したりむやみやたらとなんとかする方法ではない形で、自己統合していくのです。このプロセスは階層的な組織構造の企業トップ、つまり従業員たちやチームを束ねていく人たちに特に必要だと思っています。究極的なコンパッション(慈悲の心)は、あらゆる隔たりを超えるからです。

清水 個人の実践に加えて、労働環境も重要ですよね。日本人は、閉鎖的で固定化された “安心社会” に暮らしています。一方でアメリカ人は、開かれた人間関係で多少のリスクを伴ってでも遊び心を持って取引を始めていく “信頼社会” だと感じます。もちろん、企業文化やさまざまなニュアンスの違いはあるので一概にそうとは言えませんが、特にアメリカのシリコンバレー文化を受けた企業は “面白さベース” で仕事が進んでいくのに対して、日本の企業は「四半期の売上が落ちたら…」と “恐怖ベース” の現状維持傾向にあるように感じます。職場におけるコンパッション(慈悲の心)を培うためには、それぞれが魂の叫びや好奇心に応えていく必要があるんです。例えば公園の遊び場にいる子どもたち。砂場でお城を作るのが上手な子もいれば、絵を描くのが得意な子も居ますよね。それと同じで、営業が上手い人もいれば、ユニークな製品作りに長けた人もいる。でもどんな子どもたちも不安や心配事をいっぱい抱えていたら、上手に遊べないんです。だから企業はまず、安全な職場環境を従業員に与える必要がある。自己表現としての、です。そこで培われた従業員たちの遊び心が、革新、協力、相手や自分に対するコンパッション(慈悲の心)へとつながっていくのだと思います。


よく尋ねられる「瞑想って何分したらマインドフルネス効果があるの?」という質問。これは、無意味なものなのかもしれません。なぜならマインドフルネスは、例えば坐禅のように何かをするということを超えて、文化の副産物である雑音の大海原をくぐり抜け、あなたという存在の本質に気づくことだから。ウディ・アレンの映画『カフェ・ソサエティ』で主人公が「人生なんてサディスティックな喜劇作家が書いたコメディだよ」と言っていたけれど、がむしゃらに生きる自分主役の映画を見るスタンスで明確かつ客観的に人生を見つめること。それがマインドフルネスで向かう、ひとつのゴールなのかもしれません。立ち止まって、自分の外側と内側で何が起こっているのかをじっと見つめる。するときっと私たち本来に備わる内なる方位磁石と繋がって、今この瞬間の最適な道へと導いてくれるのでしょう。私たちは人の間に生きる人間だから、幸せはきっと2つの全く違った文化が健康的に交流する先に。Fuck it!

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See You!

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ハウスオーナーの猫にベッドを占領される日々…。No boundary…。

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お話を伺った方々

ビル・ドウェインさん

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Google人材開発部所属。瞑想の社内普及と社員の幸福能力向上のためのプログラムチームを監督する。タイ・フォレスト仏教の実践者でもあり、マインドフルネスを用いた退役軍人のPTSDケアなど社会福祉活動も活発に行う。参考書『グーグルのマインドフルネス革命』(サンガ編集部編集)。

清水ハン栄治さん

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世界で12の賞に輝いたドキュメンタリー映画『happy−しあわせを探すあなたへ』をプロデュース。Google社発・Search Inside Yourself講師。スウェーデンのオリンピックチーム、日本国内の著名大学やビジネスマン向けに幸福度を高めるHAPPINESSトレーニングを展開。著書『ハッピー・クエスト』(A-Works)。”Fuck it!”をモットーにしたThe Life Schoolキャンプ(5月27−28日)実施。詳細は、http://life-school.net



【これまでの「会社を辞めて、こうなった」】

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【第3話】まるでBar状態! サンフランシスコ図書館は、フレンドリーすぎ!!