会社を辞めて、こうなった。【第35話】 渡米後の激しいホームシックと自己喪失。 1年半ぶりに元職場・マガジンハウスを訪問。

2016.7.9 — Page 1/2
渡米して1年半、勉学に励みながらも、激しいホームシックと自己喪失感に苛まれていた筆者・土居。過去の自分をも否定し始めた彼女は、改めて自分の本音を探るため、一時帰国をすることに。

【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 35

 

【第35話】渡米後の激しいホームシックと自己喪失。1年半ぶりに元職場・マガジンハウスを訪問。

今、私がやっていることって相当バカなこと?

会社を辞めて、バケットリスト(死ぬまでにやりたいことリスト)を完成させることにした私。その1は、“海外で暮らすこと”。そしてその2は、“バークレーでケトナー博士の幸福学を学ぶこと”でした。その両方を叶えたのに強いホームシックと無価値感に苛まれてしまった私。
会社を辞めて、バケットリスト(死ぬまでにやりたいことリスト)を完成させることにした私。その1は、“海外で暮らすこと”。そしてその2は、“バークレーでケトナー博士の幸福学を学ぶこと”でした。その両方を叶えたのに強いホームシックと無価値感に苛まれてしまった私。

アメリカで暮らして、約1年半。私が陥っていた問題は、激しいホームシックとアイデンティティの喪失です。以前にもお話しましたが、右も左もわからなかった約1年前、高校生向けの公民の補習授業を受けていたときのこと。一緒に勉強していたアジア系アメリカ人のご婦人に年齢を尋ねられて「37歳」と答えると「子どもも産まずに何しているの!」と叱咤されました。この頃から次第に、”私の年齢と今やっていること(社会的な地位)は合っていないのではないか“、”私がやっていることは相当バカなことで、無意味なんじゃないか”。そう不安に感じるようになったのです。

今もバークレー心理学部で学びながら、自分の半分ぐらいの年齢の大学生たちに囲まれて、言いたいことの半分も英語で伝えられない。試験前には絶食までして睡眠時間を削ったこともあって(空腹だと眠くならないため)テストの成績は良いのですが(オールA)、ディスカッションになると自分の考えを正確に述べることが出来ず、劣等感は増すばかり。元編集者だと言うと、”新聞? それともニューヨーカーとかそういうの?“と尋ねられては、”恋愛とかコスメとか有名人のインタビューとか占いとかを編集していました” と説明しながら、恥ずかしく感じている自分にも気がつきました。オックスフォード大学院でジャーナリズムを学んだという同じプログラム生に比べて、政治や経済について満足に語ることも出来ない自分を浅はかにも感じました。学校やインターンで学んできたというわけではなく、実地で14年間も働いてきたのは自分だけ…。胸を張っていれば良いとはわかっているものの、自分を誇ることが全く出来ません。ではちゃんとした文章は書けるのかと言われて英作文を書いてみたところで、文法や言葉の選び方などを真っ赤に添削され、もはや自分が書いたものであるという原型は跡形もありません。”私って本当に編集者だったの?”。 ”今まで何をやってきたんだろう?”。私のこれまでの人生は、ムダに時間とお金を使ってきただけだったのではないか……。そう自分の生きてきた道を全否定するようになってしまったのです。

貯金にも限りがあるので、今まで大事にしてきた生活を彩るようなもの、例えばディプティッグのフレグランスキャンドルやマリアージュフレールの紅茶といったちょっとした生活の楽しみも “今の私には身分不相応だ” と全て自ら絶つようになりました。新しい現在のために、過去の自分を全て否定するようになったのです。その結果、とても小さなことから少しずつ自分が自分では無くなっていきました。

例えばスーパーへ行ってひと目で気に入った瑞々しいオーガニックのローカル野菜を美味しそう!と思ったとしても、値段を見た瞬間に外国産の野菜を選ぶことにする。ジョン・マスター・オーガニックのシャンプーを買いたいけど、高価だからスーパーのオリジナル製品にしておく。好きなものが置いていそうな店は、欲しくなってしまうので行かない。唯一のリラックスタイムだったお風呂は断念し、逃げるようにシャワーを浴びる。盗難に遭うのが怖いので、あえて服装は汚く。興味があるインターン募集の案内があっても ”どうせ英語の出来ない自分はムリだろう“ ”歳だって皆よりとっているし” とチャレンジしない—。