会社を辞めて、こうなった。【第31話】 アンチエイジング効果、そして前向き脳にシフト! 私の人生を変えたマインドフルネス。

2016.4.19 — Page 2/3

出合いは台湾取材で

カリフォルニア州・オークランドにあるギャングの巣窟で鍵をかけずに家をコミュニティに開放しているパンチョとサム。彼らの瞑想室にもティク・ナット・ハン師の書(一番右)がありました。
カリフォルニア州・オークランドにあるギャングの巣窟で鍵をかけずに家をコミュニティに開放しているパンチョとサム。彼らの瞑想室にもティク・ナット・ハン師の書(一番右)がありました。

私がそんなマインドフルネスと出合ったのは、ひょんなきっかけから。それは2011年の年末、アンアン台湾特集取材中の出来事でした。台湾茶芸館の草分け的存在のご主人にお茶の飲み方を教えていただいたのですが、お茶を飲むときはまず茶碗の蓋に残る香りを楽しみ、そしてお茶の香りと味を味わい、最後に飲み終わった茶碗に残る香りを楽しみなさいと言うのです。「今ここにあなたが存在していない限り、お茶は楽しめませんよ」と。たった3分間のティータイムでしたが、時間の流れ方がゆったりとして、とても豊かなひとときでした。

帰国後もしばらく「今ここを味わうティータイム」を楽しんでいたのですが、1か月もすればまた日々の生活に忙殺されてしまいます。そんなとき、次号の企画会議に向けて参考文献を読んでいたある週末にこんな文を見つけたのです。

お茶を楽しむためには、人は完全に、今という時に目覚めていなければならない。今という瞬間を意識している時にのみ、手は茶わんの快い温かさを感じることができる。今という瞬間のみに、香りを楽しみ、甘さを味わい、繊細さを感じとることができる。過去のことを思い煩っていたり、将来のことを心配していたりすると、一杯のお茶を楽しむという体験を失してしまうだろう。茶わんを見おろすと、もうお茶はなくなっているのだ。

ティク・ナット・ハンという人の言葉でした。ティク・ナット・ハン師とは、欧米ではダライ・ラマ14世と並んで著名な平和活動に従事するベトナム出身の禅僧・詩人。フランスとアメリカを中心にマインドフルネスの普及活動を行っています。先述のジョン・カバット・ジン名誉教授も彼のもとでマインドフルネスを学びました。ティク・ナット・ハン師の言葉に出合った約1年後の2013年のゴールデン・ウィーク。韓国の月精寺で彼が5日間のマインドフルネス合宿を行うと知り、居てもたってもいられず600人の韓国人の方々とともに参加してきました。

毎日の生活すべて瞑想的に

ティク・ナット・ハン師の韓国マインドフルネスリトリートでのひとこま。この合宿が私の人生を変えてしまったといっても過言ではありません。
ティク・ナット・ハン師の韓国マインドフルネスリトリートでのひとこま。この合宿が私の人生を変えてしまったといっても過言ではありません。

5日間のリトリートで学んだのは、瞑想とはただ目をつぶって座禅することだけではないということ。毎日の生活すべてが瞑想的に、つまりマインドフルに過ごすチャンスなのです。例えば合宿の食事では、一言も人と話さず、食べることだけに意識を向けました。ほうれん草のおひたしを眺め、その葉脈の模様や青さに目を凝らす…。口に含んだ後はゆっくりゆっくりと噛み、咀嚼にしたがって変化していく味わい、そして喉、胃の中へと移動していく、ほうれん草を感じます。これは食べる瞑想です。このように五感をフル稼働させて食べるとほんの少しの量でもお腹がいっぱいになり、合宿最終日には1日目の半分の食事量でも完食するのがやっとに。歩く時間も瞑想になります。ティク・ナット・ハン師の言葉を借りて言えば、“大地にキスをするように”一歩一歩優しく踏みしめながらゆっくりと歩き、鳥の歌声や川のせせらぎに耳をすませます。自分の心や体が今一体何を感じているのか。心がさまよい出したらまた今ここに意識を向け直します。ありのままの感情をただ受け容れて認めてあげる。とても贅沢な時間でした。

そんなリトリート中ではいくら泣いても涙が止まらず、一生分ぐらい泣いてしまいました。人と一緒にいるのに、無理に話さなくても良い。会話が無くてもお互いに平和な気持ちでいられる。これは私にとって初めての体験でした。悲しみや怒りなどの否定的な感情も自分の一部だと認めてオーケイ。知らず知らずのうちに押さえ込んでしまい、もはやどこにあるのかさえもわからなくなってしまった自分の一部が再び融合されたように感じました。結果、リトリートの最終日は高校時代の部活帰りのようなハイテンションになり、何を見ても大爆笑。心がオープンになり、楽しくて仕方がないという状態になったのです。