元ちとせ「祈りや願いの先に希望が見えてくる」デビュー20周年のオリジナルアルバム

取材、文・かわむらあみり — 2022.7.5 — Page 1/2
【音楽通信】第116回目に登場するのは、唯一無二の歌声をたくさんの人々に届けて、今年デビュー20周年を迎えたシンガー、元(はじめ)ちとせさん!

生活にシマ唄と奄美の音楽が根付いていた


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【音楽通信】vol.116

2002年にリリースされたデビュー曲「ワダツミの木」が大ヒットし、その歌声を全国区に響かせ続けデビュー20周年を迎えた、鹿児島県奄美大島出身のシンガー、元ちとせさん。

数々の作品を発表するなか、戦後70年となる2015年には、坂本龍一プロデュース曲「死んだ女の子」なども収録された平和への思いを込めたカバーアルバム『平和元年』を発表し、第57回日本レコード大賞『企画賞』を受賞。

2018年には自身の原点である「奄美シマ唄」の新録アルバム『元唄〜元ちとせ奄美シマ唄集〜』や、2021年には奄美大島の世界遺産登録を記念した『トコトワ〜奄美セレクションアルバム〜』をリリースするなど、現在も拠点を置く奄美大島や平和への願いを込めた歌をわたしたちに届けてくれています。

そんな元さんが、2022年7月6日に、オリジナルアルバム『虹の麓』をリリースされるということで、音楽的なルーツなどを含めて、お話をうかがいました。

――あらためまして、小さい頃に音楽に触れたきっかけからお聞かせください。

故郷・奄美大島のわたしの育った場所は、まわりに大島紬の織物工場や畑があって、そこで働くおばあちゃんたちが自然とシマ唄を口ずさんでいる環境だったんです。そのため常に生活の中に、シマ唄や奄美の音楽がありました。

――元さんが歌われているカタカナを用いる「シマ唄」と、漢字の「島唄」の違いはなんでしょうか。

奄美の場合は、シマ唄はカタカナで「シマ」と書く「シマ唄」、アイランドソングという意味ではなく、なわばり=自分たちのシマ(場所)という意味なんです。わたしはずっと「シマ唄」を歌ってきました。

――お母さまから三味線を勧められ、小学生のときには自らシマ唄を習い始めたそうですね。

お祭りごとがあるときでも、(遠くて)気軽に誰かを呼べるような場所ではなかったので、自分たちが技術を身につけて、歌ったり踊ったりと盛り上げなくてはいけなかったんです。そんなときにシマ唄をみんなで歌って、ちょっと三味線を弾くだけでも、おじいちゃんやおばあちゃんが本当に喜んでくれるので「だったらやりたいな」と思ったのが、さらにシマ唄や三味線に興味を持ち始めたきっかけでした。

三味線は、たとえばギターのように楽譜があるものではないので、三味線だけやっていてもレパートリーが増えないと言いますか。歌を覚えれば、歌に合わせて耳で音を探って弾けるので、三味線をもっと弾くためにも、歌を覚えたいと思っていましたね。

――高校3年生のときには「奄美民謡大賞」の「民謡大賞」を史上最年少で受賞されています。

とにかく歌うことが好きだったんです。その年齢でシマ唄をやっている人も少なかったですし、夢中だったので、たぶん人の倍は練習していたかもしれません。でも、厳しい訓練ということではなく、好きだからひたすら1日中、三味線を弾いて歌っていた結果、その年の大賞をいただけたんだと思います。

――2002年2月にシングル「ワダツミの木」でメジャーデビュー、シングルチャートで1位を記録した大ヒット曲ですが、当時のお気持ちは覚えていますか。

インディーズのときから歌って、ライブもさせていただいたりしていたので、あまりデビューの重みをわかっていなかったかもしれません。とにかく歌を歌うこと自体が楽しかったですし、自分のオリジナルソングを作り上げていく作業もうれしくて、デビューしたことよりもひたすら歌えることが楽しかったですね。

当時は、あまり奄美大島という場所がいまほど認知されていませんでしたし、わたしの苗字の「元」という名前も珍しかったですし、そういう点や変わった歌い方でみなさんが興味を持ってくれたところもあったと思います。

――デビュー20周年を迎えられましたね。

すごく忙しすぎて20年が過ぎたということでもなく、すごく苦労してつらかったこともなく、とてもいいペースで歌と向き合いながら、この20年を歩いてくることができました。聴いてくださっているみなさんやまわりの方々に支えられての20年です。

節目となるデビュー20周年のオリジナルアルバム


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――2022年7月6日に、5thアルバム『虹の麓』をリリースされます。オリジナルアルバムとしては14年ぶりとなりますね。

20周年を節目として、アルバムを作りたかったんです。オリジナル作品は14年ぶりとなりましたが、それはやっぱり上田現さん(デビュー曲「ワダツミの木」ほか数々のプロデュースを担当した音楽家。2008年逝去)を失ったということが大きかったです。ただ、その間に、カバーアルバム『平和元年』やシマ唄集などリリースはしていましたし、歌と離れることなく向き合わせてもらえました。

その流れからの20周年に向けて、コロナ禍でこれまで当たり前にできていたことが当たり前にできなくなったこともすごく影響しています。祈りや願いの先に、ちゃんと希望が見えてくる作品を作りたいと思い、初めてご一緒するアーティストやクリエイターの方々にも書いていただいたりしながら曲が集まってきてくれました。

――とても意義深いタイミングのアルバムとなったのですね。今回、先行配信シングルも3曲収録されていますが、4月配信の坂本慎太郎さんプロデュース曲「船を待つ」は、海辺でゆったりしているような感覚もあります。最初に曲を聴いてどのような印象を持ちましたか。

この曲もそうですが、今回初めてわたしに楽曲提供してくださった方々の曲は、すべてこれまでのわたしの曲にはなかったリズムやシンプルさ、自分では表現したことのなかったような楽曲でした。しかも楽曲提供してくださったシンガーソングライターの方々は、ご自身でも歌われる方々。ご本人が歌っているデモ音源が届いたときに、その人たちの味があって「それをまたわたしがどういうふうに表現できるのかな?」と考えるのは、初めて取り組む作業でしたね。

――そういう意味では、新鮮だったのでしょうか。

そうですね。坂本さんの「船を待つ」は、シンプルな中に不安と希望という、見えづらい大きな変化のようなことを声にして表現したのですが、すごく難しかったです。

――5月配信の長澤知之さん作詞作曲「虹の麓」は、どこかトロピカルなレゲエのリズムがベースとなった曲で、アルバムのタイトル曲でもあります。

長澤くんは同じ事務所に所属していて、もともと彼の才能とパワーをずっと感じていて。かわいらしいリズムの中に、力強さや、一歩ずつ歩こうというメッセージを感じたので、そんな思いを表現しながら歌いました。小さい頃、「虹の麓に宝箱がある」と信じて探しに行った自分を思い出したりもして、でもそれって現実には辿り着けないんですが、「前にきっとある」という見えない希望を探していたんですよね。そういう意味でも、希望のあるタイトルだなと思ったので、アルバムにもこのタイトルをつけました。

――6月配信の折坂悠太さん作詞作曲「暁の鐘」は、ミュージックビデオに折坂さんもご出演されていますが、語りかけるような歌ですね。

この曲は、坂本さんの曲とはまた違いますが、どういう歌い方をすればいいか悩んでいたら、「静かに呟いたりひとりごとを言っているイメージで」というアドバイスを受けたんです。でも、わたしはあまりひとりごとを言わないし、実践するのがすごく難しくて。これまでは遠くにいる人に届くような声を使うことが多かったのですが、この曲ではそばにいる誰かや自分に向けて、何かひとつ言葉を届けているイメージかなと。これもかなり苦戦しました。

――元さんが三味線を弾いている、さかいゆうさんプロデュース「KAMA KULA」は、サビの「ラーレンハイヤー ヤーレンサイヤー」というワードも印象的でした。

この曲は、ゆうくんがボーカルレコーディングのディレクションもしてくれました。「南の風が、北の大地に迷い込んだイメージなんです」と言われ、もちろん実際に目に見える風景ではないのですが、そのゆうくんの説明が腑に落ちたので、それをイメージしながら歌いました。そして三味線を入れたことで強くてパンチのあるものにもなりましたね。「ラーレンハイヤー ヤーレンサイヤー」は、意味のある言葉ではないんですが、民謡特有のお囃子などにありそうなフレーズということで、ゆうくんとふたりで作りました。

――アルバムのラストに入っている「ヨイスラ節」は、奄美地方に古くから伝わるシマ唄のひとつのようですね。このシマ唄が持つメッセージ、そしてアルバムに収録された理由も教えてください。

今回のアルバムを作る上では、やっぱりコロナの時代がやってきた影響が大きかったんです。もちろん平和への願いと祈りを1曲ずつに込めているんですが、反戦といったような大きく力強いメッセージを掲げるというわけではなく、コロナで世の中が断絶されて、それでも立ち上がって歩かなきゃいけないという思いと、身近なことで言えば当たり前に会えていた人たちに会えなくなっている、ただ食事に行くようなことがいまはあまりよく思われなくなっていることなど、思うところがあるなかでアルバムを作っていて。

「ヨイスラ節」の歌詞の中に「今日(きゅう)ぬほこらしゃや ヨイスラ」と歌っている部分があって、それは「今日は素晴らしい日です」という意味なんです。奄美では《今日(きゅう)ぬほこらしゃや 何時ぃ(いてぃ)ゆりむ勝り 何時ぃ(いてぃ)む 今日(きゅう)ぬぐとぅに あらちたぼれ》という、いろんなシマ唄で歌われたり、おじいちゃんやおばあちゃんが孫たちに「幸せになれよ」という意味を込めて、おまじないのようによく使う言葉があるんです。そんな歌詞の意味が、今回のアルバムに込めた思いにもとっても合っているので、この曲を最後に入れました。

――ではアルバムがリリースされたあとは、みなさんにどんなふうに聴いてほしいでしょうか。

シマ唄もそうですが、最初から歌の意味をすごく理解してやってきたかといえばそうでもなく、ただ大好きな音楽だから歌っていたという部分もあるんです。小さいときから触れていて、心の中の引き出しに入っている歌が、お守りのような存在になっている感覚があって。わたしは“いつも歌のお守りに守られてきた”という思いがあるので、みなさんにとっても、そういうアルバムになってほしいですね。

ひとつでも多くのライブをやっていきたい


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――お話は変わりますが、現在も奄美大島にお住まいということで、2021年7月に奄美大島は世界自然遺産に登録されましたが、何か変化を感じることはありましたか。

実は世界自然遺産に登録の4年前にも一度、登録の話が出てきたことがあったのですが、島の人間はみんな「登録されたらどうなるんだろう?」「誰が決めているの?」と、突然のことでよくわかっていなくて。でも、そのときは登録が見送られたんです。その間に、あらためて島のことを島の人たち自身が見つめ直す時間ができて、登録された場合どんなことがあるのか、そのなかでも忘れてはいけないことの確認など話し合いができました。

島の人間としてこの4年間はとても貴重な時間でしたし、心構えができた上で「じゃあ登録されたいね」となって、念願叶って登録が決まり、島のみんなでバンザイして喜べたのでよかったです。奄美大島は、人と人との距離が近くて。子どもたちやお年寄りなど年齢問わずみんなで声をかけあって、たとえば一人暮らしのお年寄りの方のおうちに常に訪ねていくなど、まわりの人をいつも気にかけています。常にあったかいものを感じられるのが、奄美大島の魅力ですね。

――普段のご様子も教えてください。いまハマっているものはありますか。

ゴルフです(笑)。ひたすらウォーキングするだけだとすぐ飽きてしまうんですが、ゴルフはよく歩くスポーツですし、あまり意識しないうちに運動になりますし、年齢を重ねてもやっていけるスポーツだなと。奄美に1ヶ所だけゴルフ場があるんですが、景色もすごくきれいですし、海も見渡せます。

――自然に恵まれた場所でいいですね。では、コンディションなどで気をつけていらっしゃることはありますか。

喉ですね。ここ1、2年ぐらいでボイストレーニングの先生に出会って。もともと喉はとっても強くて何もしていなかったのですが、年齢を重ねるごとにケアしなければという自覚も出てきて、教わったことをやっています。まだ勉強中ですが、それもすごく楽しいです。

――おうちでは何をしていますか?

料理をすることが好きですね。

――奄美の料理ですか?

奄美の料理も作ることはありますが、年中、郷土料理を食べているわけではありませんね(笑)。子どもたちが食べたいというものを作っていて……ハンバーグとか、普通のものを作ります。

――いろいろなお話をありがとうございました。では最後に、今後の抱負をお聞かせください。

音楽を生で届けることが簡単ではなくなったことを経験して、受け取ってくれる人たちが目の前にいて歌を歌える、ということのありがたさを実感していますね。このアルバムを持って、またこれまでわたしを支えてくれてきた曲も大切にして、ひとつでも多くライブをやりたいです。今後は、7月17日にduo MUSIC EXCHANGEで「Office Augusta 30th MUSIC BATON Vol.8 元ちとせ『えにしありて』」、9月25日に横浜赤レンガパーク特設ステージで「Augusta Camp 2022 〜Office Augusta 30th Anniversary〜」に出演します。ぜひ楽しみにしていてほしいですね。

取材後記

一度聴いたら忘れられない歌声で、魂のこもった数々の歌を世に送りだしてきている、元ちとせさん。ananwebの取材では、デビューしてから20周年というアニバーサリーイヤーを迎えるなかで新作のことから普段のご様子まで、さまざまなお話をしてくださいました。そんな元さんのニューアルバムをみなさんも、ぜひチェックしてみてくださいね。


取材、文・かわむらあみり

元ちとせ PROFILE
1979年1月5日、鹿児島県奄美大島生まれ。2002年、シングル「ワダツミの木」でメジャーデビュー。

2012年2月にデビュー10周年を迎え、初のベストアルバム『語り継ぐこと』をリリース。戦後70年となる2015年7月に“忘れない、繰り返さない”というコンセプトのもと、「今こそもう1度、平和を真剣に考える年になってほしい」という平和の思いを込めたニューアルバム『平和元年』をリリースし、 同作にて第57回日本レコード大賞『企画賞』を受賞。

2018年に自身の原点である「奄美シマ唄」の新録アルバム『元唄〜元ちとせ奄美シマ唄集〜』を、2019年には同作を国内外の鬼才がリミックスした楽曲を収録したアナログレコード『元唄幽玄〜元ちとせ奄美シマ唄REMIX〜』をリリース。2021年8 月、奄美大島の世界遺産登録を記念して『トコトワ〜奄美セレクションアルバム〜』をリリース。

2022年2月、デビューから満20年を迎え、2月2日に奄美大島PRムービーのテーマソングでもある新曲「えにしありて」を配信リリース。4〜6月、アルバムからの先行配信シングル3ヶ月連続リリースを経て、7月6日にオリジナルアルバムとしては実に14年ぶりとなる5枚目のオリジナルアルバム『虹の麓』をリリース。7月17日は東京・duo MUSIC EXCHANGEにて「Office Augusta 30th MUSIC BATON Vol.8 元ちとせ『えにしありて』」を開催、9月25日には横浜赤レンガパーク特設ステージにて「Augusta Camp 2022 〜Office Augusta 30th Anniversary〜」に出演する。

Information


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New Release
『虹の麓』

(収録曲)
01. 暁の鐘
02. 虹の麓
03. KAMA KULA(元ちとせ×さかいゆう)
04. 漣(さざなみ)の声
05. 五坪ほどの土地でも
06. 夏雲雀
07. 感謝
08. あなたの夢で目覚めた朝に
09. えにしありて
10. 船を待つ
11. ヨイスラ節(冥丁REMIX)

2022年7月6日発売

(通常盤)
UMCA-10089(CD)
¥3,300(税込)


元ちとせ 20th Aniversary スペシャルサイト
https://www.office-augusta.com/hajime/anniversary/

元ちとせ オフィシャルサイト
https://www.office-augusta.com/hajime/index.html

「Augusta Camp 2022」特設サイト
https://www.office-augusta.com/ac2022/