【キュレーターいちおし!】#3 山本優美さん 展覧会「Nous ぬう」女性アーティスト紹介

文:高橋律子(金沢21世紀美術館) — 2016.9.12
金沢21世紀美術館のキュレーターであり、乙女カルチャー分析の第一人者、高橋律子さんによる女性アーティストと作品紹介です。現在開催している展覧会「コレクション展1 Nous ぬう」展への参加依頼やアーティストとのやりとり、作品への愛。高橋さんならではの視点が満載です!

【キュレーターいちおし!】vol. 3

思い出の衣服ってありますか。
もう着られるわけじゃないのに、クローゼットの奥にしまってあって、ときどき手にとって眺めたりする、そんな服。身に着けるものって、肌に直接触れるものでもあるし、肌をさらす代わりとなって「わたし」を表すものでもあります。好きな服を着ると元気もでるし、イマイチの服を着てきてしまったときは一日中落ち着かなかったり。

展示風景。山本優美«うつしみ —自分が居てもいいっていう場所»2016 photo : YAMANAKA Shintaro(Qsyum!)
展示風景。山本優美«うつしみ —自分が居てもいいっていう場所»2016
photo : YAMANAKA Shintaro(Qsyum!)

「ぬう」展に展示されている服は、ある女性の思い出のブラウスです。
この服にどんな思い出があるのかははっきりとはわからないのだけれど、この作品のタイトルである、«うつしみ —自分が居てもいいっていう場所»から、いろいろと想像をめぐらしてみます。少し懐かしいデザインの子どもサイズのブラウス。このブラウスを着ていた少女は、自分の居場所を探しながら、大人になっていったのでしょうか。

このブラウスは、実は布ではありません。花模様の刺繍のところにあるかすかな「ひび」。

山本優美«うつしみ —自分が居てもいいっていう場所»2016(部分) photo : YAMANAKA Shintaro(Qsyum!)
山本優美«うつしみ —自分が居てもいいっていう場所»2016(部分)
photo : YAMANAKA Shintaro(Qsyum!)

これは陶器で作られたブラウスです。

山本優美さんは、陶器を「記憶メディア」として、思い出を形にしていく作品を作っています。

リアルな服たちには、汗のしみもあったりして、思い出もあるけれど、生々しさもあります。陶器となった衣服には、そうした生々しさが消え、純粋に「記憶」だけが凝縮されているような気がします。陶器の持つ重み、硬さ、そして一瞬で粉々にもなってしまう儚さが「記憶」をより濃厚にそこに留めさせてくれるのかもしれません。

このブラウスの持ち主は、山本さんの学生時代からの友人だそうです。
改めて友人に思い出の服についての話を聞き、彼女が大切にしていたブラウスを「記憶のかたち」にしていきました。糸で縫うわけではないけれど、山本さんはひとつひとつの縫い目を大切に彫り込んでいきます。そこには「縫う」と重なる時間の集積があります。

山本優美«うつしみ-頭がよかったら学校の先生になりたかった-»2014(部分) photo:Katsuhiro ICHIKAWA coutesy of SPIRAL/Wacoal Art Center
山本優美«うつしみ-頭がよかったら学校の先生になりたかった-»2014(部分)
photo:Katsuhiro ICHIKAWA coutesy of SPIRAL/Wacoal Art Center

透き通るレースの軽やかさを、細かな糸の動きに合わせて丁寧に刻み込んでいく山本さん。この服を着ていた人と同じくらいの思いがこもっていることはその手作業を想像すれば伝わってきます。

その服を選んだときのことや着ていたときに出会った楽しいことや悲しいことがいっぺんに胸のなかに飛び込んでくるような感覚。ここにあるのは私の服ではないけれど、まるで私の服であるかのような温度まで感じて、胸がきゅんとなってしまいます。

山本優美«識閾の水-セーター-»2015
山本優美«識閾の水-セーター-»2015

それはランジェリーであったらなおさらで。

山本優美«美しい時間の肖像-ランジェリー»2014 agnès loves japonコラボレーション
山本優美«美しい時間の肖像-ランジェリー»2014
agnès loves japonコラボレーション

片方だけの靴下にも、きゅんきゅんきてしまいます。

山本優美«存在の感触-靴下-»2013
山本優美«存在の感触-靴下-»2013

この夏、大切なひとのために、山本さんの作られたレースのハンカチを一枚譲ってもらいました。一緒にすごした大切な思い出、そして、これからも刻まれていくだろう思い出もまた、このハンカチが記憶してくれたらいいなあと思っています。

作品はすべて©YAMAMOTO Masami


Information

展覧会情報
金沢21世紀美術館「コレクション展1 Nous ぬう」
会期:2016年5月21日(土)〜9月25日(日)

金沢21世紀美術館

山本優美website