志村 昌美

偽装結婚中に別の男性からもプロポーズ…悩めるアラサー女性が選んだ道【映画】

2023.5.18
女性にとって、人生の大きな転機のひとつといえば結婚。そこで今回オススメするのは、「新世代香港映画特集2023」で上映される映画から、偽装結婚と本物の結婚との狭間で揺れ動くアラサー女性の姿を描いた注目の1本です。

『私のプリンス・エドワード』

【映画、ときどき私】 vol. 580

香港のプリンス・エドワード地区にある金都商場(ゴールデンプラザ)。ここは結婚式に必要なドレスや小物、結婚写真の撮影依頼などが格安で揃えられるショッピングモールとして知られていた。

ウェディングショップで働くフォンは、交際しているウェディングフォト専門店のオーナーであるエドワードと同棲中。ある日、フォンはエドワードからプロポーズを受けるが、実は10年前に中国大陸の男性と偽装結婚しており、その婚姻がまだ継続していることが発覚する。偽装結婚の離婚手続きと結婚式の準備を同時に進めていたフォンだったが、自分の心が無理していることに気がつくのだった…。

2019年に中国の批評家が選ぶ中華圏映画の年間1位に選出され、“香港のアカデミー賞”とも言われる金像奬でも新鋭監督賞と音楽賞の 2 冠に輝いた本作。そこで、こちらの方に制作秘話などについてお話をうかがってきました。

ノリス・ウォン監督

本作で長編デビューをはたし、香港映画界でも注目を集めているウォン監督。今回は、香港における偽装結婚の実態や自身の体験、そして結婚制度に対する思いなどについて語っていただきました。

―まずは、「結婚」という題材を描こうと思ったきっかけから教えてください。

監督 子どもの頃から結婚に対しては、ファンタジーのような素敵な印象が前からあったので、いつか結婚をテーマにした作品を書きたいというのはありました。そんななか、私がこの脚本を書いたのは、ちょうど30歳のとき。香港では30歳前後の女性が結婚していないと、「なんで結婚しないの?」「いつ結婚するの?」と聞かれるので、私もまさにそういう状況だったのです。

―本作では結婚だけでなく、偽装結婚も同時に描いている構成がおもしろかったです。そのアイディアはどこからきたのですか?

監督 私が大学で映画制作を学んでいたとき、同級生は私以外みんな中国の大陸からやってきた学生でしたが、実はそのなかの1人から偽装結婚を持ちかけられた経験があったのです。彼は香港の居住権と身分証明書がほしかったそうで、もちろん断りましたが、そこまでする真意は何なんだろうと。そのあたりに面白さを感じていて、前々から探求したいと思っていました。ちなみに、その彼とはいまでも仲のいい友達です(笑)。

―すごい経験ですね。香港では偽装結婚の問題がニュースにもなっているようですが、いまでもよくある話なのでしょうか。

監督 以前は、非常に多かったようですね。なので、この物語でも主人公が偽装結婚をするのは10年前に設定しました。当時は、香港へ移住したい大陸の中国人にとって、一番手っ取り早い方法が香港人と結婚することだったのです。

ただ、希望者が多くてなかなか相手が見つからないという問題があり、そのときに彼らが頼みに行ったのが香港の私立探偵会社。私も実際にそういう会社を調べましたが、かなり商売繁盛していたそうです。

偽装結婚のリサーチも自ら行った

―取材の過程では、面白いエピソードなどもあったのでは?

監督 実際にたずねて行っても、彼らは商売柄あまりいろんなことを話せないことがわかったので、次は新聞の広告から探すことにしました。というのも、香港の新聞には「結婚相手募集」の広告がたくさん掲載されているからです。

そこに電話をかけると、いわゆる“仲介人”につながるので、「どういった情報を提供しなければいけないのか」など、必要な条件についてリサーチしました。ところが、話を進めていくうちに、本当の応募者ではなく映画を撮ろうとしていることがバレると、すぐに電話を切られてしまったこともありました。

―ちなみに、通常の広告と偽装結婚の広告では、見分け方というのがあるのでしょうか。

監督 もちろん、「偽装結婚」という言葉は使われていませんが、夫や妻を求めている人に向けた広告のなかで、お金に関する表記が強調されているような場合は、おかしいなと感じます。先方は「あくまでも縁結びに対する報酬です」と主張していますが、料金についての書き方ですぐにわかるものですよ。

―なるほど。また、劇中では結婚に対する鋭いセリフが散りばめられており、非常に興味深かったですが、それもご自身の経験をもとにしたものですか?

監督 セリフについては、私が日常生活でいろんな人と接した際に得たものが大半だと思います。普段の私はわりと物静かということもあり、周りの人たちがどういう会話をしているのかをいつも観察しているので、それらを参考にしています。

そういった影響もあるのか、私はたくさんのセリフを書くのが大好きなタイプの脚本家。プロデューサーや先輩からは「セリフが多すぎる」と言われることもありますが、私の作品にセリフが多いのはそういう理由です。

結婚制度に対して、否定的だった時期もあった

―本作でも、これだけはどうしても入れたいと思ったセリフはありました?

監督 強く印象に残っているシーンは、オープニングで主人公のフォンと恋人が話しながら会社に戻っていく場面。フォンが買った亀を見て、男性が「水槽から水槽へ見事な救出劇だ」というようなセリフを彼女に言うのですが、時間内に入れるのが難しそうだからカットしようとしたんです。

そしたら、2人から「やめてください! ここは僕たちにとって大事なセリフです」と言われてそのままにすることにしました。というのも、このセリフはフォンの未来を暗示するメタファーのような意味合いがあったからです。いま振り返ってみると重要なセリフだったなと感じるので、2人には感謝しています。

―冒頭から注目ですね。本作を観て「結婚とは何か」について考える女性も多いと思いますが、この作品を経たいま、監督自身にとって結婚とは?

監督 結婚を描いた映画の多くは、最後に男女が結婚してハッピーエンドとなりますが、実は私はそのような考え方には反対なんですよ。というのも、以前の私にとって結婚とは女性を縛る制度のように感じられており、結婚に対して否定的だったからです。実際、私たちの母親世代の女性たちは結婚によって多くのことを諦めてしまった世代で、すごく残念なことだと思っています。

だからこそ、この映画ではそういう部分を少し皮肉りたいという気持ちで作りました。なので、恋人であるエドワードも、あまりいい結婚相手ではないようなキャラクターにしています。ただ、この映画の撮影が終わってから2年経ったいまは、結婚に対して考えが変わったところもあるんですよ。

結婚よりも、いい相手と出会うことのほうが重要

―どのような変化があったのでしょうか。

監督 これは映画を撮っている最中に気がついたことですが、大事なのは結婚するかしないかではない。それよりも、その女性にとっていい相手と出会えればそれでいいのではないかということです。なので、最初に「結婚は女性を縛っている」と言いましたが、制度としていいか悪いかは関係ないといまは考えています。

ちなみに、この作品を香港で公開した際、さまざまな議論が巻き起こりました。特に男女で意見が分かれたのですが、結婚の準備をしている男性のなかには恋人に対して「この映画は絶対に観てはダメ。観たら僕たちは別れてしまうかもしれない」と言った人までいたそうです(笑)。

―男女で感想を言い合うのは面白いかもしれないですね。では、日本についてもおうかがいしたいのですが、日本にいらっしゃったことはありますか?

監督 2019年に父が亡くなったあとのことですが、実は母と2人で3か月ほど大阪に行き、一緒に日本語を勉強したことがありました。私の母は20年近く日本語を学んでいたので、日本語が非常にうまくて学校でも上級者クラスに入っていたほど。若い学生たちのなかで楽しそうにしている母を見て、私もうれしかったです。

どんな問題にも、勇気を出して立ち向かってほしい

―監督も日本に滞在するなかで、思い出に残っていることといえば?

監督 日本はとにかくすべてオンタイムで、みんなきちっとルールを守っているのが印象的でしたね。毎日8時に起きて学校に行き、一生懸命勉強したので、まるで中学生の頃に戻ったような気分でした(笑)。いろんな国からやってきた人たちと友達になれたのも楽しかったので、また大阪に戻って日本語の勉強を続けたいなと思っています。

―ということは、もしかして日本を舞台にした映画の構想などもあるのではないかなと。

監督 私は母と違って入門クラスでしたし、3か月で飛躍的に日本語が進歩したわけではないので、すぐには難しいかもしれません。でも、ある香港人が京都にやってきて、そこでいろんな出来事が巻き起こるような映画をいつか撮れたらいいなとは考えています。

―楽しみにしています! それでは最後に、フォンと同世代のananweb読者にメッセージをお願いします。

監督 人は誰でもそうですが、日常生活のなかでたくさんの問題と直面しますよね。でも、困難にぶつかったときこそ、一旦冷静になって「自分が求めているものは何か」についてじっくりと考え、それから実行することが大切だと思っています。

フォンもそれまではいろんな問題に対して立ち向かうことができなかったのですが、勇気を出して解決しようとしたおかげで、自分が求めているものを手に入れられたのではないかなと。そういう意味で、私はこの作品はハッピーエンドだと思っていますが、みなさんにもそういうふうに取り組む姿勢が大事だと伝えたいです。

大事なのは、周りに流されずに自分を見つめ直すこと!

結婚や年齢にとらわれるあまり、つい後回しにしがちなのは自分の心が本当に求めているもの。そんな日々を送るなかで、本作は自分自身に問いかけるきっかけと気づきを与えてくれるはずです。


取材、文・志村昌美

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作品情報

『私のプリンス・エドワード』(新世代香港映画特集2023)
5月19日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
配給:活弁シネマ倶楽部
https://enro.myprince.lespros.co.jp/
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