志村 昌美

「LGBTQを問題にしたくない」北欧で注目の女性監督があえて声を上げる理由

2023.4.5
いくつになっても、時間を忘れて楽しんでしまうものといえばガールズトーク。そこで今回ご紹介するのは、女性たちが抱える恋愛や人生の悩みについてリアルに描いて注目を集めている北欧発の青春映画です。

『ガール・ピクチャー』

【映画、ときどき私】 vol. 567

クールでシニカルなミンミと、素直でキュートなロンコ。2人は同じ学校に通う親友同士で、放課後はスムージースタンドで一緒にアルバイトをしながらおしゃべりを楽しんでいる。話題になるのは、恋愛やセックス、そして自分の将来についての不安と期待についてだった。

そんななか「男の人と一緒にいても何も感じない自分はみんなと違うのでは?」と悩んでいたロンコは、理想の相手との出会いを求めて、パーティへと繰り出すことに。ミンミはロンコの付き添いでパーティに参加していただけだったが、大事な試合を前にプレッシャーに押しつぶされそうなフィギュアスケーターのエマと運命の出会いを果たすのだった…。

第38回サンダンス映画祭ワールドシネマドラマ部門で観客賞を受賞したのをはじめ、第 95 回アカデミー賞国際長編映画賞部門のフィンランド代表に選出されるなど、国内外で高く評価されている本作。そこで、作品の裏側についてこちらの方にお話をうかがってきました。

アッリ・ハーパサロ監督

映画のみならず、ドラマやドキュメンタリーなど幅広い作品を手がけ、強い女性たちを描くことを得意とするハーパサロ監督。今回は、フィンランドの女性たちが置かれている状況や男女平等がもたらすメリット、そして不完全な自分の受け入れ方などについて語っていただきました。

―本作では、どのようなところに魅力を感じて監督をしたいと思われたのですか?

監督 私が監督として参加した時点で脚本は未完成でしたが、斬新で共感を呼ぶキャラクターが3人も登場するというのがおもしろいと思いました。この作品には脚本を担当したイロナ・アハティとダニエラ・ハクリネンの個人的な経験も反映されていますが、具体的なエピソードではなく、あくまでも10代という多感な時期に抱いていた感情について描かれています。

それは「交際相手と心のつながりを感じられていたのか」とか「相手といることに喜びはあったのか」といったことですが、私たちにとって10代の少女ならではの思いを描くことが非常に大事でした。なぜなら、自分たちがその年代の頃に、同じ悩みを抱えているキャラクターが出てくる映画があまりなかったからです。脚本を仕上げていく過程では、若いときに味わった感情をお互いに共有し合ったので、自分たちが共感できる部分だけでなく、監督として描きたいところもしっかりと反映してもらいました。

2人の人間が恋に落ちる当たり前の姿を見せたかった

―劇中ではあえて主人公たちのセクシャリティには触れていませんが、最初からそのような設定にしようと考えていましたか? それとも最近のフィンランドではそれが当たり前のようになっているのでしょうか。

監督 同性同士が付き合うことに対して、フィンランドのどこに行っても受け入れられている状況かというと、まだそこまでではないかもしれません。ただ、この物語の舞台となっている都心のエリアで、20歳前後の人たちの間ではかなりオープンにされていると思います。今回、私たちにとって大事だったのは、ミンミとエマのように女性同士で付き合うことを問題にしたり、カミングアウトしたりする姿を描かないことでした。

それよりも、2人の人間がお互いに惹かれ合って、恋に落ちるという当たり前の恋愛として見せたかったのです。というのも、世の中にある映画では、女性キャラクターの描き方も決まりきったものが多いですし、同性愛者も型にハマった描かれ方ばかりですよね? 特に、LGBTQの方々については、だいたい何かのトラウマや葛藤を抱えていて、周りから反対されているので、“被害者”のようにされがちです。

―確かに、ミンミとエマはそういう典型的なキャラクターたちとは一線を画していますね。

監督 もちろん、彼女たちにも悩みはあります。でも、それは同性に惹かれていることが原因ではなく、ただ好きな人に対して抱えている感情です。そういった理由から、私は彼女たちをポジティブな人物として描きたいと考えました。

男女平等が実現すれば、誰もが幸せになれる社会になる

―また、ロンコは性やセックスに対してオープンで興味深いキャラクターでしたが、フィンランドの女性たちの間でもそういう会話はよくされますか?

監督 そうですね、少しずつオープンに話せるような状況になってきているとは感じています。実は、今回の映画でもう一つ大事にしたいと思っていたのは、きちんとした合意のもとで行為がされるべきであるということを描くことでした。ロンコが最初に参加するパーティで、ある男の子とそういう雰囲気になったとき、男の子が「触ってもいい?」と聞くシーンを入れましたが、そんなふうに男性が女性に了承を得る様子を見せたいと思ったのです。

必ずしも全員がお互いの了承を得て行為にいたっているわけではないかもしれませんが、少しずつそういう意識がみんなのなかに芽生えてきているので、それはすごくいいことだなと。私の世代だと自分の気持ちやしてほしいことをなかなか言えないところがありましたが、いまの若い世代は言えるようになっているので、変わってきているように感じています。

―フィンランドといえばジェンダー・ギャップ指数が世界第2位の国なので、先進国でも最下位となる116位(2022年時点)の日本と比べると、女性活躍が非常に進んでいます。そのことが社会にどのような影響を与えていると感じていますか?

監督 私は男女平等の社会に近づくことで、すべての人の生活や人生の質が上がると考えています。そもそも、人と人の間に不平等が生じること自体が正しくないので、フィンランドでは男女だけでなく、あらゆる人に対して社会的な地位を認める議論がされる段階にきました。

とはいえ、フィンランドでもすべてが完璧なわけではありません。実際、30代の女性首相をはじめ、女性の大臣たちが受けた誹謗中傷は男性だったら受けないようなものばかりでした。女性蔑視をするミソジニーはまだまだあるのが現実です。ただ、誰もが幸せになれる社会になれば、女性に限らず男性にとっても利益は多くなるのではないでしょうか。そういう意味でも、男女平等を訴えるのが女性だけになるのではなく、男性からももっと声を上げてほしいと思っています。

女性活躍の場が奪われれば、才能も無駄にしてしまう

―おっしゃるように、これは女性だけの問題ではないですね。

監督 女性が活躍する場が奪われると、多くの才能を無駄にしてしまう可能性もありますが、それは人材の損失にもつながっているのです。これまでもさまざまな女性たちがいろんな素晴らしいものを発明し、創作しているので、芸術でも科学でも幅広い分野で女性が活躍できれば、より豊かな社会になると思っています。

映画においても、もし女性の監督や脚本家が作品を世に出さなければ、映画界は多様性を失ってしまうのではないでしょうか。だからこそ、男女平等はすべての人の人生の質を上げるために大切なものなのです。

―その通りですね。ところでまもなく公開を迎える日本に対しては、どのような印象をお持ちですか?

監督 日本は「いつか行ってみたい場所リスト」のなかに入ってはいますが、まだ行ったことがありません。なので、日本については、『東京物語』から『ドライブ・マイ・カー』に至るまでさまざまな日本映画を通して見た印象ばかりです。

ただ、おそらくそれは日本の方にとってのフィンランドと同じかなと思っています。というのも、フィンランド以外の国で観られているフィンランド映画といえば、ほとんどがアキ・カウリスマキ監督の作品なので、みなさんが思い描くフィンランドもきっと彼の映画を通して知ったものではないでしょうか(笑)。私の日本に対する印象も、そういった感じです。

完全であるよりも、不完全のほうがおもしろい

―それでは最後に、10代の頃に自分の不完全さを受け入れることに苦労した経験をした監督から、大人になっても同じように感じてしまう女性に向けてアドバイスをお願いします。

監督 私も100%達観できているわけではありませんし、45歳となったいまでも自分を責めてしまうことはもちろんあります。ただ、自分を受け入れることができれば、気持ちが楽になるのは確かなので、みなさんも自分に対して慈悲の心や愛情を持ってほしいです。この作品を観たあとに、彼女たちをハグしたくなるような気持ちになっていただきたいですが、同時にあなた自身も自分のことを少しでも好きになってもらえたらいいなと思っています。

ちなみに、私が自分の悩みや不完全さを受け入れられるようになったのは年齢を重ねたこともありますが、「完全であることに価値がない」と感じられたというのも理由の一つ。不完全さこそが素晴らしいというか、不完全であるほうがおもしろいし、味があることに気がついたので、いまはそれを大事にしたいなと思いました。

不完全さを受け入れられないとガチガチな状態になってしまいますが、受け入れられれば肩の力が抜けて前向きになれますし、愛情豊かな人間にもなれるはずです。日本の金継ぎがまさにそれを象徴していますが、不完全になってしまったものを新しく生まれ変わらせることでより美しくなるので、そういった考え方ができるといいなと思います。

自分の手で自由をつかみとる!

どんな壁にぶつかっても、悩んで失敗しても、自らの道を歩いていこうと立ち上がる女性たちの姿にパワーをもらえる本作。恋にも性にも人生にも素直であることの大切さ、そしてありのままの自分を愛することの素晴らしさを思い出させてくれるはずです。


取材、文・志村昌美

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作品情報

『ガール・ピクチャー』
4月7日(金)より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー!
配給:アンプラグド 
https://unpfilm.com/girlpicture/
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