志村 昌美

国家権力が潰した天才プログラマーの真実…「この問題は今にも通じている」日本映画界の新鋭が語る危機感

2023.3.9
インターネットやコンピューターといえばいまや誰の生活にも欠かせないものですが、日本のIT史を語るうえで外せないのは2002年に起きたWinny事件。今回ご紹介するのは、その一部始終といかにして天才開発者の技術が国家権力によって潰されてしまったのかを描いた話題作です。

『Winny』

【映画、ときどき私】 vol. 556

2002年、ユーザー同士で直接データのやり取りができ、簡単にファイルを共有できる革新的なソフト「Winny」を開発したプログラマーの金子勇は、試用版を「2ちゃんねる」に公開。彗星のごとく現れた「Winny」は、瞬く間にシェアを伸ばしていく。しかし、その裏で大量の映画やゲーム、音楽などの違法なアップロードとダウンロードが続出し、社会問題へと発展していくのだった。

違法コピーした者たちが次々と逮捕されていくなか、開発者の金子も著作権法違反幇助の容疑をかけられ、2004年に逮捕。サイバー犯罪に詳しい弁護士の壇俊光は、弁護を引き受けることになる。裁判で警察の逮捕の不当性を主張するも、第一審では有罪判決を下されてしまう。しかし、いつしか世界をも揺るがす事件へと発展することに……。

“夭折の天才プログラマー”と呼ばれる金子勇と弁護団の長きにわたる戦いと、知られざる真実に迫った本作。そこで、その裏側についてこちらの方にお話をうかがってきました。

松本優作監督

2022年に『ぜんぶ、ボクのせい』で商業映画デビューを飾り、高く評価されている松本監督。今回は、企画から約 4 年の歳月をかけて完成させた本作の見どころや現場の様子、そして自身の映画にかける思いなどについて語っていただきました。

―まずは、本作の監督をやりたいと思ったきっかけから教えてください。

監督 事件当時はまだ小学生だったので、Winnyのことをまったく知りませんでした。ただ、いろいろと調べていくなかで、これはどうしても映画にしなければいけないという思いがどんどん強くなっていった感じです。

―「映画にしなければ」と思ったのは、金子さんの生き方に興味を持たれたからか、それとも日本の警察や裁判の在り方に対して思うところがあったからでしょうか。

監督 その両方ですが、特に日本における刑事裁判の問題点はいまにも通じる部分があると考えています。金子さんは第一審で有罪になったときに罰金を払っていれば自分の好きなプログラム作りをそのまま続けることもできたのに、そうせずに戦ったところに未来へ残そうとしたメッセージがあると感じました。

あとは、金子さんに対して有罪のままの印象を持っている方もたくさんいますし、無罪になるまでの7年間をお姉さんがどんな思いで生きてきたのかについても映画として表現したいなと。外には出ていないさまざまな情報を知るなかで、金子さんがどんな人かも徐々にわかってきたので、そういった思いがすべて組み合わさっていきました。

東出さんはとにかく役に対してストイックな人

―今回、金子さんを演じた東出昌大さんも、体重を18キロ増量するなどしてかなり作り込んで挑まれたそうですが、間近でご覧になってどのように感じましたか?

監督 東出さんは、とにかく役に対してストイックな方ですね。撮影の初日から金子さんが乗り移っているような感じがしたので、すごくびっくりしました。東出さんも「誰よりも金子さんのことを理解しているのは自分だ」と自信を持っているくらい入り込んでいたと思います。

―そんな東出さんの様子に、撮影現場では金子さんのご家族も涙されたことがあったとか。

監督 僕は金子さんにお会いしたことがないので、正直わからない部分もたくさんありました。でも、東出さんを見たお姉さんが泣きながら「似ている」とおっしゃっていたので、それが1番の信頼できるお言葉だなと。そのおかげで自信が持てましたし、このまま映画を撮ってもいいんだと思うこともできました。

あと、これは弁護士の壇さんがおっしゃっていたことですが、金子さんと東出さんはどちらも純粋で疑いもなく人と接するところがあって、そこが似ているそうです。外見がどんどん似てきて驚くこともありましたが、根本的な部分で2人がリンクしていると感じることはありました。

―また、弁護団を演じられたみなさんも本当に素晴らしかったですが、演出するうえで意識されていたことはありましたか?

監督 今回は、壇弁護士に裁判や弁護士の在り方について監修していただきました。いい環境で映画が撮れたと思います。

裁判シーンでは、とにかく緊張感がすごかったですね。キャストのみなさんだけでなく、僕も緊張しました。吹越満さんや渡辺いっけいさんといったベテラン俳優さん同士のぶつかり合いも見られたので、そういう部分も面白かったです。

裁判のシーンでは、とにかくリアリティを追求した

―壇さんは「これまでの日本の映画のなかで、法廷シーンのリアリティはこの映画がナンバーワン」とおっしゃっていますが、今回は映画的な見え方よりも、リアルに近づけたいという気持ちのほうが強かったのでしょうか。

監督 僕もそこは一番に考えていたことです。というのも、壇さんとお話をした際に、「いろんな裁判映画を観てきたけど、間違っていることがたくさんある。リアルな裁判劇が日本にはない」とおっしゃっていたので、僕がリアリティを追求したものにしたいと思いました。

―具体的には、どういったところにこだわりましたか?

監督 壇さんには、特に目線や動きなどを細かく監修していただきました。たとえば、相手を尋問しているとき、「決まったな」と確定したときは裁判官のほうを見て合図を送るとか、嫌なことを言われたときのカラダの動きとか、裁判ではお決まりのことがあるそうです。知らないことばかりでしたが、実際の裁判を傍聴したときにもそういうところを見れたのは面白かったです。

そのほかには、生の臨場感や緊迫感を映像に収めたかったので、なるべく何回もテストをせずに進めました。たとえ言葉に詰まったとしてもそれもリアルなので、今回は1発オッケーのシーンが多かったと思います。

―完成までは制作が止まってしまったこともあったそうですが、心が折れそうになったこともあったのでは? それとも逆に燃えるタイプですか?

監督 うまく進まないことが何度もあって、「もしかしたらできないかも」と思ったことはありました。でも、どうしても成立させたいという気持ちが強かったので、どちらかというと燃えていたと思います。「これは映画にならざるを得ないくらいのテーマなんだ」という自信もずっとありましたから。

それと、天国にいる金子さんが世に出るように仕向けてくれているんだろうなと感じてもいたので、そういう意味でもあまり心配していなかった気がします。

金子さんは人生を捨てても未来に何かを残そうとした

―日本には技術者を大切にしないところや出る杭は打たれるという風潮がいまだにありますが、本作を制作する過程で思うこともあったのでは?

監督 そうですね。やっぱり怖いものには蓋をするような文化はいまでも残っていると感じました。ただ、その怖さは無知や正義感からくるものだと思うので、メディアも情報を受け取る側もきちんとリテラシーを持っていないとまた同じようなことが起きてしまうのではないかと懸念しています。

というか、すでにいまも似たような出来事は起きているので、この映画をきっかけに少しでも状況がよくなってほしいなと。1本の映画によって日本の刑事裁判が抱える問題や日本のよくない部分について知ってもらい、考えてほしいです。

―ちなみに、ご自身もそういった経験をされたこともありますか?

監督 僕の場合は、出会ってきた方々が本当にいい人たちばかりだったので、逆に引き上げていただいたと思っています。まあ、まだ杭が出てないから打たれていないだけかもしれないですが(笑)。でも、そのおかげで、いろんな作品を撮ることができているので、いつか自分が上に行ったら、若い人たちを引き上げたいという気持ちは強いです。そうしないと文化は発展しないですし、映画界も廃れていくだけですから。

―もし金子さんの周りにもそういう方々がもっとたくさんいたら、違う形で技術が広がっていた可能性もあったかもしれないですね。

監督 それはあると思います。金子さんのことを理解しようという気持ちが日本にはなかったのが、アメリカと大きな差がついてしまった原因ではないかなと。「この裁判には勝者はいない。結局どちらも敗者でしかない」と壇さんがおっしゃっていましたが、まさにその通りだと思います。

―同じクリエイターとして、金子さんから影響を受けたことはありますか?

監督 金子さん自身は、出る杭を打とうとする人たちとは真逆で、自分のプログラム人生を捨ててでも未来に何かを残したいという思いが強い人だと感じました。形は違いますが、僕もそういう作り手になりたいと考えています。

映画の文化を広げて、変化を与えられる人になりたい

―日本では技術のみならず、芸術に対しても支援が足りない部分が多いと思います。映画監督として今後変えていきたいことはありますか?

監督 たとえば、韓国を見ると作り手たちが自ら動いて政界やシステムを変えていますが、日本も同じように根本的なところから取り組まないと難しいのではないでしょうか。いまの日本映画界をよくするにはどうしたらいいかということはよく話題になることですが、僕たちの世代にはそれをする責任があると感じています。

そのために、まずは1本1本いい作品を作っていかないといけないなと。長年かけてやっていくしかないですが、変化を与えられる人になりたいですし、映画という文化を広げていけるようにがんばりたいです。

―本作が20代最後の監督作品となりましたが、30代に入ったいま、どんなことにチャレンジしたいですか?

監督 基本的には最初に映画を作りたいと思ったときの気持ちと変わっていませんが、とにかくこれからも真剣に向き合っていくしかないですね。20代の頃は失敗しても挑戦と捉えてもらえる部分はありましたが、僕のなかで30歳を越えると失敗は失敗と見なされてしまうと思っているので、責任はより重くなるのかなと。ただ、それを怖がっていても仕方がないので、いままで以上に突き進みたいです。

不条理や理不尽があるなかでどう生きていくべきなのかということはずっと考えていることですが、この作品のように絶望的な場所に行ったからこそ見えた光はあると思っています。これからもそういう部分は表現していきたいですし、映画で世界や社会を動かしたいと思っています。

―最後に、ananweb読者に向けて見どころをお願いします。

監督 おそらくほとんどの方がこの事件を知らないと思うので、まずは知っていただく機会にしていただきたいです。それと同時に、映画を通していまを見つめていただけると、よりよい社会になると信じています。すべてが地続きだと思うので、自分たちとは関係ない出来事ではないということも伝わったらうれしいです。

諦めずに戦い続ける姿に心が動かされる

決して過去の話ではなく、現在にも通じている問題について突きつけられる本作。金子勇という一人の天才の生きざまから多くのことを学ぶだけでなく、時を越えて届くメッセージを受け止めた私たちがこの先の未来をどう変えていけるのかについても考えさせられる1本です。


取材、文・志村昌美

引き込まれる予告編はこちら!

作品情報

『Winny』
3月10日(金) TOHOシネマズほか全国公開
配給:KDDI ナカチカ
https://winny-movie.com/
️(C)2023映画「Winny」製作委員会