志村 昌美

ホームレス殺人や孤独…コロナ禍で激変した「懸命に生きる女性の実態」【映画】

2022.11.24
いまだに終わりが見えないコロナ禍が続くなか、さまざまな変化を強いられたきた人も多いと思いますが、2022年のラスト1か月を迎える前に改めて自分自身を振り返りたいところ。そこでオススメする映画は、コロナ禍を生きる女性たちの孤独と希望を4本の短編映画にして描いた注目のオムニバス作品です。

『ワタシの中の彼女』

【映画、ときどき私】 vol. 534

コロナ禍で20年振りにオンライン飲み会で連絡を取り合ったのは、大学時代に同じ演劇サークルに所属していた40代の男女3人。そこには不在の女優サヨコが、彼らの人生に影を落としていた。

いっぽう、フードデリバリーのバイトをしている写真家のカズヤが出会ったのは、リモートワーク中の30代後半の会社員メイ。注文した食事を代わりに食べてほしいと泣きながら頼まれ、カズヤは仕方なく玄関先で食べていた。

20代後半の風俗嬢サチがふとしたきっかけで話すようになったのは、帰り道のバス停に毎晩いる60代のホームレスの女性カヨコ。かつて同じ夢を持っていた2人は意気投合し、一時の救いを見い出すも、無残に打ち砕かれてしまう。

そして、40代前半の盲目の女性トモコのもとに現れたのは、弟の同僚だという青年タケオ。お金をだまし取ろうとしていたタケオだったが、トモコから思いがけない“贈り物”をもらうのだった……。

世代や環境の異なる4人の女性たちを中心に描き、すべての主人公を女優の菜葉菜さんが1人で演じている本作。そこで、それぞれの見どころについて、こちらの方にお話をうかがってきました。

中村真夕監督

『ナオトひとりっきり』や『愛国者に気をつけろ!鈴木邦男』などのドキュメンタリー作品を数多く手掛けるだけでなく、今年3月に公開された心理サスペンス映画『親密な他人』では国内外で高い評価を得ている中村監督。今回は、各エピソードの舞台裏やコロナ禍で感じたこと、そして女性たちに伝えたいメッセージについて語っていただきました。

―まずは、本作を制作したきっかけからお聞かせください。

監督 もともと私がドキュメンタリーを撮っていたこともあり、パンデミックが起きたときから「世界中の人に影響を与え、みんなの生活様式も考え方も価値観も変えてしまったコロナ禍を描きたい」という思いがありました。

そんななか、動き出したのは2020年に発令された最初の緊急事態宣言が明けた頃。仕事がなくなってみんなモヤモヤしていた時期ですが、いまなら優秀な人たちも時間があるので逆にこれはチャンスかもしれないと気がつき、菜葉菜さんと占部房子と草野康太さんに声をかけたのが始まりです。

その後、私のシナリオを基に打ち合わせをし、みんなでいろんなアイディアを出し合いながら、男女が別々の公園でオンライン飲み会をするという設定にしました。撮り方には工夫を凝らしていますし、公園での撮影許可も限られていたので大変でしたが、撮影時間5~6時間という私自身の最短記録で作り上げています。

―では、『4人のあいだで』を第一話とした短編映画四編のオムニバス作品としたのはなぜですか?

監督 当初は1本の短編として完成したものでしたが、大阪やニューヨークなどをはじめさまざまな映画祭で賞をいただいたので、このままではもったいないと思い、コロナ禍を生きるいろんな女性を連作で描いてみたいと考えるようになりました。

しかも、ひとつの映画のなかで一人の女優さんがまったく違う役をしているというのもあまりないので、いい意味で年齢不詳の菜葉菜さんがすべてを演じてみたらもっとおもしろくなるだろうなと。そういったことから、挑戦してみようとなったのがきっかけです。

自分にも起こる可能性がある出来事だと感じた

―第二話『ワタシを見ている誰か』では、フードデリバリーのバイトをしている男性と注文した女性との出会いを描いています。

監督 この話はコロナ禍でデリバリーが普及するなかで、自宅を知られた女性がストーカーにあったとかいろんな事件が起きていると聞き、そこから生まれたものです。ただ、後半はリアリティからは少し飛躍する展開もあるので、一番苦労したストーリーだったかもしれません。でも、デリバリーの男性を演じてくれた好井まさおさんは絶妙な気持ち悪さとかわいらしさを出せるおもしろい人ですし、すごくお芝居もうまいので助けられました。

―そして、第三話『ゴーストさん』もコロナ禍で職を失ってホームレスになった60代の女性が殺された実際の事件を基に描いたものです。監督にも大きな衝撃を与えた出来事のひとつだったとか。

監督 フリーランスという不安定な立場である私からすると、彼女とは似たような境遇というか、自分にも起こる可能性があると思ったので、とてもショッキングでした。その後、この女性を取り上げたドキュメンタリーがテレビでも放送されましたが、そこで行われた調査によると、コロナ禍で仕事がなくなった多くの若い女性たちが彼女に共感し、「彼女は私だ」と感じたといいます。

演じてくださった浅田美代子さんも、女性がああいう状況になって一人になったらどうするのかというのを考えていたようなので、思うところがあったのかなと。自ら衣装を持ってきてくださったり、いろんなアイディアを出してくださったりしたので、一緒にキャラクターを作り上げる過程は楽しかったです。

実体験を聞くなかで、考えさせられることは多かった

―そのホームレスの女性と心を通わせる女性として登場するのが女優を目指していた20代後半の風俗嬢ですが、この女性にもモデルはいたのでしょうか。

監督 今回、実際に同じような仕事をしている20代前半くらいの方から、いろんな実体験を教えていただきました。声優になりたかったという彼女は、お金のためにいまの仕事をしているそうですが、「私もそういう事件に遭って殺されてしまうかもしれない」というようなことをポロっと口にしていて、考えさせられることは多かったです。コロナ禍で不安を感じていた2人の女性が救いを求め、一晩で心を通わせるという展開はどこかファンタジーみたいで“大人のおとぎ話”だなと思って作りました。

―なるほど。そして第四話『だましてください、やさしいことばで』では、盲目の女性が描かれていますが、どのようにして生まれましたか?

監督 この話は『親密な他人』のときに視聴覚障害の方のための音声ガイドを作ったことがあり、そのときに目の見えない方からインスピレーションを受けて書きました。あとは、私に全盲の友人がいて、その人と話しているといろいろと見透かされているというか、私にも見えていないことが見えているような感覚に陥るので、そういった経験も入れています。

今回は、菜葉菜さんと一緒に目が見えない方の体験ができるツアーに参加したり、途中から目が不自由になってしまった方にお話を聞いたり、目の動きを研究したりしながらキャラクターを作っていきました。劇中で菜葉菜さんが相手の顔を触るシーンがありますが、コロナ禍になってから、マスクを取ることも、カラダに触ることもお互いを信頼していないとできない行為。いまはそれくらい人と人の間に壁ができてしまったんだなと思いました。

コロナ禍によって、より問題が見えるようになった

―では、改めてコロナ禍が女性たちに与えた影響について、どのように感じていますか?

監督 これは女性に限らず、男性も同じですが、孤独になったからこそ人とのつながりについて考えたり、自分と向き合う時間を持ったりできたのではないかなと。そのいっぽうで、経済的に不安定な人がさらに追い詰められてしまい、弱い人が自分よりも弱い人に当たるという図式が生まれてしまったのは、悲しいことだと感じました。実際、ホームレスの女性を殺した男性も社会から疎外感を感じていた人物だと聞きました。政府だけでなく社会全体に言えることですが、コロナ禍によってもともとあった問題がより見えやすくなってしまったのだと思います。

あとは、そもそも人に迷惑をかけてはいけないとか、人に助けを求めて頼るのは恥という日本的な文化がコロナ禍で拍車がかかり、困っていても声をあげられなくなったような気がしています。私は若いうちに海外に渡り、人に助けを求めるのも困った人がいたら助けるのも当たり前という欧米文化のなかで育ったので、もっと救えた人がいたんじゃないかなと考えると、そういう日本社会の慣習を歯がゆく感じることも……。たとえば、インドでは生きるということは人と関係し、お互いに迷惑をかけ合うことだという考えのようなので、ほかの国では日本とけっこう真逆なこともあるんですよね。

―監督自身は、コロナ禍で何か変化を受けたことはあったのでしょうか。

監督 自分で言うのも変ですが、私は逆境に強くて、しんどいときこそ元気が出てがんばろうとなれるタイプ。こういう状況だから逆にいろいろと見つめ直しましたし、ピンチはチャンスだと思っています。実際、創作意欲も高まったので、コロナ禍になってから助成金を利用して作品を作りましたし、つまずいたぶんそこから学ぶことは多かったのではないかなと。これまでも大変なことはたくさんありましたが、いつも考えているのは、「この状況から何を得られるか。そしてどうやっていい方向に受け取るか」ということです。

アメリカにあることわざのなかで私が好きなのは、「ひとつのドアが閉じるとき、次のドアが開く」という言葉。私はドアがひとつ閉まったときに、そこにはどういう意味があるのかを考えるようにしています。たとえば、「仕事が無くなってしまったらそれはもっと自分がしたいことに進むチャンスかもしれない」とか、「大きな失恋をしたらその人は自分に合っていない人だったのかもしれない」とか。そんなふうに、逆境であっても発想の転換でいくらでもいいほうに変えることができると思っています。

苦労してでも、自分の好きなことをしてほしい

―確かにそうですね。それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。

監督 本作には、20代後半から60代の女性が出ていますが、まずはいろんな状況に置かれている女性たちがコロナ禍でどう生きているのかを見ていただきたいです。みなさんも孤独や人とのつながりを考えるようになったと思うので、そのあたりも感じていただけたらと。

あと、日本では年上の方や周りの方で「これはしないほうがいいよ」とか「あなたには向いてないよ」とか、マイナスなアドバイスをしてくる人が多いような気がしています。もちろん、その人のためを思って言っていることかもしれません。でも、私は転ばぬ先の杖よりも、自分で転んでそこから自分で考えてやりたいことしたほうが、あとから「あれをしておけばよかったな」と後悔することはないのかなと。他人の言うことを聞いて納得できない人生を送っても楽しくはないので、それよりもたとえ苦労してでも自分の好きなことをしてほしいです。

それから若い方に伝えたいのは、「とりあえず英語を学んで、運転免許証を取ったほうがいいよ」ということでしょうか。英語ができるだけで得られる情報量は増え、世界は広がりますし、車が運転できればいろんなところにも旅に行けるので、それによってさまざまな価値観にも触れることができるはずです。いま自分がいる場所だけではなく、知らない世界を見ることでもっと豊かになってもらいたいと思っています。

自分のなかにもいる“彼女たち”から自分を見つめ直す!

コロナ禍によって環境や考え方が一変してしまったなかで、自分自身とどう向き合うべきなのかを改めて考えさせられる本作。さまざまな女性たちの姿に共感するだけでなく、これからを生きるヒントを得られるいまこそ必見の1本です。


取材、文・志村昌美

胸に響く予告編はこちら!

作品情報

『ワタシの中の彼女』
11月26日(土)よりユーロスペースほか全国順次ロードショー
配給:ティー・アーティスト
https://watakano4.com/
️©T-Artist