志村 昌美

余命宣告を受けた友人と最後の旅…元カノ達を訪ねた先で迎えた「衝撃の結末」【映画】

2022.8.4
この夏も思うように旅行を楽しめないと感じている人は多いと思いますが、そんな気分を満たしてくれるものといえば映画。今回オススメするのは、ニューヨークからタイのリゾート地まで、さまざまな景色を楽しめるロードムービーです。

『プアン/友だちと呼ばせて』

【映画、ときどき私】 vol. 509

ニューヨークでバーを経営するボスのもとに、何年も連絡がなかった友達のウードから久しぶりに電話が入る。タイに暮らす彼は、白血病で余命宣告を受けたので、最期の頼みを聞いてほしいという。すぐにバンコクへと駆けつけたボスが頼まれたのは、ウードの元恋人たちを訪ねる旅の運転手だった。

目的地へと向かう途中、カーステレオのカセットテープから流れる思い出の曲は、2人がまだ親友だった頃の記憶を呼び覚ます。そして、忘れられなかった恋への心残りに決着をつけたウードは、ボスが作ったオリジナルカクテルでこの旅を仕上げるはずだった。ところが、ボスの過去も未来も書き換える“ある秘密”をウードが打ち明け始めることに……。

アジアを代表する名匠ウォン・カーウァイが製作総指揮を務めていることでも話題を呼んでいる本作。サンダンス映画祭で好評を博したのを皮切りに、本国タイでも初登場No.1の大ヒットとなり注目を集めています。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。

バズ・プーンピリヤ監督

2017年に、タイで年間ランキング1位、アジア各国でタイ映画史上歴代興収第1位を記録した『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』で世界的な脚光を浴びたプーンピリヤ監督。その類まれな才能に惚れ込んだウォン・カーウァイ監督が自らオファーし、本作でタッグを組んでいます。今回は、巨匠との制作過程で学んだことや作品に込めた自分の経験、そして日本に対する印象などについて語っていただきました。

―余命わずかな男が元恋人たちを訪ねていくという設定が非常におもしろかったですが、さまざまな選択肢もあるなかで元カノにしたのはなぜですか?

監督 ウォン・カーウァイと話していたときに言われたのは、「君の心に近くて、自分が信じられるものを作ればいい」ということでした。そのときに、これまでいろんな恋愛関係を経てきたにもかかわらず、どれもきちんと終わらせていなかったのではないか、と感じたんです。であれば、この映画を作ることがひとつひとつにちゃんと終わりを告げるチャンスになると思って、このような設定にしました。

―ちなみに、モデルにした元カノたちからは、作品に対して反響などもあったのでしょうか。

監督 脚本を書くうえで、彼女たちの許可を取ったほうがいいと思ったので、事前に連絡を取りました。ありがたいことにみんなとても親切で、わざわざ時間を取って会ってくれましたし、承諾もしてくれたので、僕は本当にラッキーだと思います。完成したときには試写にも招待したのですが、作品のなかには付き合っていた当時は明かさなかった思いなども反映していたので、そこからメッセージを受け取ってくれていたらいいですね。

自分の心をさらけ出す大切さを学んだ

―ウォン・カーウァイ監督といえば、世界的にも活躍されていますが、そういう方と一緒に仕事をしてみて学んだことや刺激を受けたことがあれば、教えてください。

監督 話したいことはたくさんありますが、取材の時間は足りますか(笑)? 本当にそれくらい彼からは多くのインスピレーションをもらいました。僕は10代の頃から彼の映画には影響を受けていたので、今回で夢が叶ったとも言えますね。

いろんなことを学びましたが、なかでも印象に残っているのは、「何のために映画を作っているのか」について。いままではまず観客のことを考えて作っていて、もちろん観客を満足させることも必要ですが、まずは「自分が何を伝えたいのか」「自分にとってどういうストーリーが大事なのか」といったことを考える大切さを教わりました。

―なるほど。ただ、撮影に入る前には、「ウォン・カーウァイ監督との仕事は大変だから気をつけたほうがいい」など、いろんな噂を耳にしていたとか。実際は、いかがでしたか?

監督 事前に周りから彼の話はたくさん聞いてはいましたが、「僕の言っていることに従わなくていい。自分の心に従いなさい」と言ってもらえるほど自由を与えていただきました。この作品を観た人がどう思うかよりも、まずは自分の心をさらけ出すことがいかに大事かを学ばせてもらったので、非常に感謝しています。

俳優たちも、この作品に人生を捧げてくれた

―そうして出来上がった作品は、非常にパーソナルな内容にもかかわらず、上映した各国ではおもしろいフィードバックもあったとか。

監督 本当に、幅広い感想をたくさんいただきました。特に、この作品は伝統的なストーリーテリングとは違う形で作られているというのもありますが、おもしろかったのは、アメリカやヨーロッパの人たちは前半に反応する方が多く、アジアの国々では後半に反応した方が多かったこと。人によって違う場所に反応しているというのが印象的でした。

―興味深いですね。反応するところが違っていたとはいえ、間違いなくすべての観客を魅了していたものといえば、ボスとウードを演じたトー・タナポップさんとアイス・ナッタラットさんの演技。キャスティングのいきさつなどを教えてください。

監督 今回、僕たちにとって彼らに決めることは楽な作業でした。というのも、オーディションのときからずっと2人のことが頭にありましたし、審査を重ねていくごとにどんどん良くなっていたましたから。ウォン・カーウァイ監督にオーディションテープを見せたときも、すぐにOKが出たほどです。

ただ、彼らにとっては、この作品に人生を捧げたといってもいいくらいだったのではないかなと。2人ともタイでは有名な俳優さんですが、いろんなワークショップを受けてもらい、バーテンダーの役になりきるためにバーテンダーの修行までしてもらいました。とてもチャレンジングで大変な役どころでもあったと思うので、2人には心からありがとうと言いたいです。

余命宣告を受けた友人がすべてを教えてくれた

―そのほかにも、演出面で意識されていたことはありましたか?

監督 この作品では、即興を積極的に取り入れることにしたので、俳優たちには「セリフはあるけど忘れていい。そのときに自分のなかに出てきた言葉をセリフとして言ってほしい」と伝えました。なので、ほとんどのシーンがアドリブによってできています。俳優にとっては、そのほうが大変ではありますが、非常にうまくやってくれたと思っています。

―また、本作にはウードと同じような病を患っていた監督の友人ロイドさんも協力してくださっていたと聞きました。彼の存在も大きかったと思いますが、どのようなアドバイスがあったのでしょうか。

監督 ウードの見た目や動きだけでなく、話し方や杖の使い方など、すべて彼から教えてもらったので、本当にいろんな面で影響を受けました。彼は余命いくばくもない状況にもかかわらず、残り少ない人生の多くの時間をこの映画に捧げてくれたのです。彼に完成した作品を見せたかっただけに、仕上げが間に合わなかったのは非常に残念なことだと思っています。

―また、もうひとつの主役といえば魅力的なカクテルの数々がありますが、お酒を作るシーンでこだわったのはどのようなところですか?

監督 実は、僕はバンコクでバーを経営しているので、そこも自分の人生の一部が映画になっています。劇中では元カノの名前にちなんだカクテルが出てきますが、それは非常に有名なバーテンダーの方にお願いして作っていただきました。俳優たちにはそれを練習してもらい、撮影でも彼らが実際に作っているのですが、すごくうまくいったと思っています。

日本には、いい意味で毎回驚かされている

―ちなみに、監督は日本にはいらっしゃったことはありますか? もしあれば、印象に残っているエピソードなどを教えてください。

監督 日本には10代のころから何度も訪れていますが、タイ人は本当に日本のことが大好きなんですよ。文化や食べ物など、いろんなことに興味がありますが、僕が一番感心しているのは、日本にはいくつもの“層”があるところ。1回行ってわかったつもりになっていても、もう1回行くとまた違う側面が見えてくるので、いい意味で毎回驚かされています。その驚きを味わいたいので、またすぐにでも日本に行きたいです。

―それでは最後に、ananweb読者にメッセージをお願いします。

監督 この映画は、カクテルみたいな映画だと思っています。いままでの伝統的なフレーバーではないですが、とりあえず何も考えずにバーで飲むような感覚を味わっていただけたらと。そのうえで、ご自身がどう思うのかというのを体験してみてください。

人生の“忘れ物”を取りに行く旅に出る!

プーンピリヤ監督のセンスを感じさせるスタイリッシュで美しい映像と、まるでカセットテープをひっくり返したように異なる展開で引き込んでいく本作。誰もが味わってきた青春の痛みと、友情や恋愛が放つ輝きを思い出させてくれる珠玉の1本です。


取材、文・志村昌美

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作品情報

『プアン/友だちと呼ばせて』
8月5日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
配給:ギャガ
https://gaga.ne.jp/puan/
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