小林聡美「仕事が向いていないと思った時に…」 20代でしておいて良かったこと
小林聡美さん
【映画、ときどき私】 vol. 478
主演を務めているのは、すでに40年以上のキャリアを誇り、幅広い世代の女性たちから愛されている小林さん。本作では、50歳を目前に控えた主人公の芙美(ふみ)が、ある過去を抱えたまま田舎町でひとり暮らしをするなかで、さまざまな“奇跡”と出会っていくさまを描いています。今回は、芙美を通して感じたことやラブシーンの裏側、そして人生の選択をするうえで大切にしていることなどについて、教えていただきました。
―まずは、脚本を読んだときの第一印象をお聞かせください。
小林さん 読み終わったときに、「なんてかわいいお話なんだろう」と思いました。子どもの語りからはじまって、宇宙の話になり、芙美が隕石にぶつかってからは恋があったり、周りが少しずつ幸せになったりしていくんです。ただ、私には慣れない恋模様が描かれていたので(笑)、「これを私がやるのか……」みたいな不安はありました。
―恋のお相手は、松重豊さんが演じられていましたが、脚本を読まれた段階で配役はご存じでしたか?
小林さん はい。でも、松重さんが相手というのは、あえて思い描かないように読みました。そのほうが、純粋に物語の展開を楽しめる気がしたので。自分のなかでも恋愛のシーンは、“ひとまず横に置いておく物件”みたいな感じでした(笑)。
―実際、キスシーンでは松重さんと事前にやりとりされたこともあったのでしょうか。
小林さん 特に相談はしなかったですが、こういう時期なので、うがい薬を用意する係の人が待機していて、撮影直前に消毒するというリアルな現場でした(笑)。
恋の場合は、一歩踏み出すのを考えてしまう
―とても素敵なシーンでしたが、裏では意外と事務的に進んでいたのですね……。
小林さん 松重さんの役どころが歯医者さんということもあって、口のなかをチェックされるシーンがあるんですが、そちらのほうが恥ずかしかったですね。
―しかも、その流れでキスというのには驚きました。
小林さん そうですよね。でも、撮影では恥ずかしいとか言っていられないというか、そういう仕事ですからね。今回は信頼できて紳士的な松重さんだからこそ、口のなかまで見せられたというのはあったと思います。
―わかる気がします。物語のなかで、芙美はさまざまな転機と向き合うことになりますが、彼女の生き方はどのように感じましたか?
小林さん いままでいたところから一歩を踏み出した彼女の勇気を讃えたいですね。特に、素敵な人が現れて、「どうしよう」となっているときに、行動に出たところは立派ですよね。この年になると、少し傍観してみようかなと思いがちですから。
―小林さんもそのあたりの決断力は芙美と似ているところがありますか?
小林さん 私の場合、恋じゃなければ考えずに行けます(笑)。
―これまで恋愛ものはあまり出られていないですが、このタイミングでラブストーリーに挑戦してみて、いかがでしたか?
小林さん 恋愛の部分にフォーカスすると変に意識してしまいそうだったので、あくまでも物語の流れの一部として捉えて、そこにはこだわらないことにしました。
昔より、いまは人生も恋愛も選択肢がたくさんある
―海外の作品では60代や70代の女性でも恋愛している姿が描かれていますが、日本ではあまりないので、そういう意味でもこの作品の描かれ方は新鮮なところではないかなと。
小林さん いくつになっても恋愛はするし、年齢を重ねても若い人たちと同じような“心のひだ”もあるのに、もしかしたら上手に描ける人が少ないのかなという気はしています。でも、いまの40代後半以降の人たちは昔に比べたらすごく自由だし、人生や恋愛の選択肢もたくさんある。そういう意味では、こういう作品も軽い気持ちで観られる世の中にはなっているのかなと。
この作品も最初の脚本は芙美が自分の年齢を気にしているようなセリフがありましたが、現代のテイストに合わない雰囲気で、そういった部分は削られていきました。この10年の間に、世の中も女性の立ち位置も変わってきて、今後は日本映画でもこういった作品は増えるんじゃないかなと感じていますし、そうなってほしいです。
―この作品に続いて、増えていくといいですね。そのほかに、平岩紙さんと江口のりこさんとのシーンでは女性ならではのトークが非常におもしろかったです。
小林さん アドリブっぽく話していたり、素で驚いていたりするようなところもありますが、すべて脚本通りです。事前に3人で打ち合わせすることもありませんでしたが、全員がのびのびと自分らしく演じられたのが、あのシーンの大らかさと楽しさにつながっているのかなと思います。
―撮影の合間はどんなことをお話されていましたか?
小林さん 現場ではあまり親密な話はできなかったですね、それぞれにマイクがついていましたから(笑)。今回、支度部屋としてお借りしていたのは、地元のスーパーの方々が休憩室として使っている場所でしたが、そこにあるテレビで韓流ドラマが始まって「ここで働いているおばさんたちが楽しみに観ているドラマなんだろうね。いいねー」とか、3人で話しながら観ていました。
経験することは素晴らしいと改めて感じた
―まるで映画のなかと同じですね。松重さんは、前から小林さんに聞いてみたかったことをこの現場で質問されたとか。
小林さん 松重さんはとにかくおいしいものがお好きな方なので、「最近食べたものでおいしかったものは何ですか?」とか、そんな話ばっかりでした(笑)。
―さすが松重さんです。ちなみに、何かオススメされましたか?
小林さん アイスキャンディのおいしい会社を教えて差し上げたら、すぐ試していらっしゃいました。おいしかったみたいで、ご自宅の冷凍庫いっぱいだそうです(笑)。
―本作の芙美は49歳ですが、小林さんご自身は50代に入った際、心境の変化などを感じることはあったのでしょうか。
小林さん そこまで意識はしていませんでしたが、自分が想像していた50歳よりも幼いし、「こんな感じでいいのかな?」と(笑)。ただ、老年への準備というか、これからどういうふうに年を取っていきたいかというのは、何となく持っていたほうがよさそうだなというのは感じました。「バリバリ動けるのはあと何年だろう」といったことを具体的に考えるところはあったと思います。
いまは50代後半で、60代への心の準備はなんとなくしていますが、30代からゆるやかにつながっている感覚なので、あまり急激に変わることはありませんでした。
―小林さんといえば45歳で大学に入学していますよね。なかなかできないことだと思いますが、後押しとなったのは何ですか?
小林さん それは、タイミングですね。若いときほど仕事が忙しいわけでもなかったので、いまなら行けそうと思ったのと、体力的にもラストチャンスかなと。前からやりたいと思っていたことができたのはよかったですし、やっぱり経験というのは素晴らしいなと改めて感じました。
先を見据えるより、その日を楽しみたい
―いまや「人生100年時代」とも言われていますので、これからチャレンジしたいこともあるのでは?
小林さん 100歳といってもいつまで元気でいられるかによりますし、世の中もどうなっているかわからない時代ですからね。私としてはあまり先を見据えて計画するよりも、「いつ死んでもいい」くらいの気持ちでその日その日を楽しめたらいいかなと。最近はピアノを始めたので、“奇跡の老女ピアニスト”を目指してがんばります!
―ぜひ、楽しみにしております。この作品では“小さくて大きな奇跡”がいくつも描かれていますが、最近起きた奇跡があれば教えてください。
小林さん 芙美みたいな素敵な奇跡は、なかなかないですよね。強いて言えば……、コロナ禍で全然会えなかった近所のおじいさんと最近ばったり会ったくらいかな(笑)。立ち話ができて楽しかったですけど、これは奇跡ではないですよね……。
―(笑)。では、「こんな奇跡が起きたらいいな」はありますか?
小林さん 私は鳥を見るのが好きなので、鳥たちとコミュニケーションを取れるようになるとか(笑)。以前、カラスとずっと目が合って、語り掛けてくるようなテレパシーを感じたことがあって、鳥の言葉がわかったらいいなと。新しい趣味として、バードウォッチングもいいですねえ。
―素敵ですね。もし、小林さんにとっての“座右の銘”があれば、教えていただけますか?
小林さん 若い頃はよどみなく生きていきたいと思っていたので「流れる水は腐らない」でしたが、年齢を重ねるとともに「終わりよければすべてよし」になりました。大変なことがあっても、俯瞰しておもしろがれるように心がけています。
悔いや後悔のないように、行きたいところに行くべき
―これまでにさまざまな選択と向き合ってきたと思いますが、決断する際に基準としているものは何ですか?
小林さん 「それをやりたいか」「嫌なのに我慢していないだろうか」「やりたいと無理に思い込ませてはいないか」というのを自分の心に聴きます。もちろん、すべてに対してやりたいことしかしないとなると、ただのわがままですが、あくまでも大事なポイントに関しては、そういったことを自分の心に確認するようにしています。
―ちなみに、20代や30代のときにしておいてよかったことがあれば、教えてください。
小林さん 20代のときは、自分の仕事の出来なさ加減に落ち込み、「向いてないかも」と思うこともしょっちゅうありました。でも、そこで結論を出さずに続けてきたからこそ、いろいろな経験ができたのかなと。いまは向いてないと思ったら簡単に仕事を変えられる時代ですが、私はこの仕事を続けてこれてよかったです。いつも「次はもうちょっと自分を納得させたい」という思いでここまで来た感じです。あとはいろんなご縁ですね。
―それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。
小林さん 「悔いのないように。そして後悔はしないように」ということですね。たとえボロボロになったとしても、自分が行きたいと思うならなら行けばいいんじゃないかなと。私自身はいままでに後悔はなく、みんないい経験だったなと思っています。
インタビューを終えてみて……。
どんな質問にも気さくに答えてくださり、優しい太陽のような小林さん。いろいろな経験をしてきたからこその言葉は、どれも心に響くものばかりでした。恋愛に関する話のときだけは少しはにかんでいらっしゃる姿が印象的でしたが、キュンとする素敵なシーンばかりなので必見です!
あなたの周りにも“奇跡”は溢れている!
大人になればなるほど、恋する気持ちにも悩みにも素直に向き合えないときはあるけれど、いくつになっても幸せをつかんでもいいのだと教えてくれる本作。人生につまずいて立ち止まっているときこそ、隣に寄り添いながら背中を優しく押してくれる1本です。
写真・山本嵩(小林聡美) 取材、文・志村昌美
ストーリー
とある小さな田舎町で暮らす芙美は、気の合う職場の友人たちとほっこり時間を過ごしたり、年の離れた親友の少年と遊びに出かけたりして過ごしていた。ところがある日、隕石に遭遇し、1億分の1の確率と言われるあり得ない出来事を経験する。
日々の生活を楽しく送っているように見える芙美だったが、実は“ある哀しみ”を抱えていた。そんななか、篠田という男性と出会い、草笛をきっかけに親しくなっていく。50歳を目前にした芙美に小さな奇跡が起きようとしてた……。
心がじんわりと温まる予告編はこちら!
作品情報
『ツユクサ』
4月29日(金・祝)より全国公開
配給:東京テアトル
https://tsuyukusa-movie.jp/
©2022「ツユクサ」製作委員会