志村 昌美

「虐待を多く受けたし、今も1人で外出できません」ブラジル人トランスジェンダー俳優の現実

2022.3.31
映画界においても、LGBTQをテーマにした作品は増えていますが、まもなく公開を迎える注目作『私はヴァレンティナ』で描かれているのは、トランスジェンダーの女子高生。そこで、リアルな現状に迫っている話題の本作について、こちらの方にお話をうかがってきました。

ティエッサ・ウィンバックさん

【映画、ときどき私】 vol. 469

役柄同様に自身もトランスジェンダーであり、人気YouTuberとしても活躍中のティエッサさん。ソーシャルメディアがきっかけで主人公のヴァレンティナに抜擢され、演技未経験にもかかわらず、見事な演技を見せて高く評価されています。今回は、自身の経験や葛藤、そして本作を通じて伝えたいことについて、語っていただきました。

―最初に、映画出演のオファーを受けたときのお気持ちから教えてください。

ティエッサさん すごくうれしかったので、躊躇することなく、その場ですぐに承諾しました。というのも、私は映画で役を演じることがずっと夢で、小さい頃から自分の部屋をスタジオに見立てては撮影ごっこのような遊びを一人でしていたほどなので。そしてもうひとつは、自分が生きている現実と映画で描かれている現実とが非常に似ていたからというのも大きな決め手となりました。

―とはいえ、演技の経験がないなかでの挑戦はいかがでしたか?

ティエッサさん 一度セットに入ったら、1日中そこから出たくないと思うほど、すごくエキサイティングな経験でした。役を演じることが好きなのもわかりましたし、キャストやスタッフのみなさんともワイワイしながら過ごしていたので、仕事とは思えなかったほど。本当に毎日が楽しくて仕方がなかったです。

―劇中では、初めての演技とは思えないくらい堂々とされていましたが、不安を抱えていたところもあったのでは?

ティエッサさん 実は、ひとつだけありました。それは、母親役のグタ・ストレッサーさんと初めてカメラテストでお会いしたときのこと。彼女はベテランの女優さんで、ブラジルではものすごく有名な方なので、そんな方と本当に一緒にやるんだと思ったら、ものすごくプレッシャーを感じてしまいました。でも、ご本人がとても優しい方で、いろいろなことをたくさん教えてくださったので、いまでは「お母さん」と呼んでいるほど。セットの外でも私のことを娘のように扱ってくれています。

初めてでも、自分を最大限出せるように意識した

―現場に入る前には、何か自分なりの準備もしていたのでしょうか。

ティエッサさん 心がけていたのは、自分を最大限に出せるようにしようという意識。そういったことを考えながら脚本を読んで準備をしましたが、もちろん緊張はしましたね。でも、みなさんが本当に快く迎えてくれたので、撮影中はずっと幸せな時間でした。

とはいえ、私は自分がしていることに批判的なところがあるので、監督に「いまので本当に大丈夫でしたか?」と何度も確認してしまったことも。OKだと言われても納得できずに、心配になることはたびたびありました。

―演じるうえでは、ご自身の経験を活かしたり、アイディアを監督に伝えたりというのもありましたか?

ティエッサさん そうですね。まず初めに脚本を読んだとき、トランスジェンダーが置かれている現状などにいろいろな疑問点があったので、それを監督には伝えました。その後、さまざまなディスカッションをしたうえで、監督が私の意見をしっかりと受け入れてくれたのはありがたかったです。

―そのなかでも、思い入れのあるシーンといえば?

ティエッサさん 一番は、ヴァレンティナが性被害を受けたことを母親に告白する場面。「私にもこういったことを告白できる母親がいて、自分を支えてくれていたら……」と考えながら演じていたら、撮影が終わっても涙が止まらなくなってしまいました。そのときに、トランスジェンダーの人たちにとっては、家族や親しい人が家にいて安心して暮らせることがものすごく重要だと改めて感じたのです。

性の多様性については、もっと議論していくべき

―この作品を通して、心境の変化を感じることもあったのではないですか?

ティエッサさん すごく変わりましたね。撮影を終えたあとはヴァレンティナと自分を区別するのが難しくなってしまい、セラピーに通ったこともありましたが、それによって自分のことをより理解できるようになりました。

実生活では母親が不在なので、大きくなっていたのは母親に対する感情。この作品に出演したことをきっかけに、母親を探してみようと考えるまでになったのです。残念ながらすでに私が小さい頃に亡くなっていたということが判明しましたが、そういった大切なプロセスを経験することができました。

―背景にはそんな思いも抱えていらっしゃったんですね。ティエッサさんはもともとYouTuberとして活動していたということですが、きっかけは?

ティエッサさん 以前働いていた職場のなかにトランスジェンダー嫌悪の女性上司がいて、非常につらい思いをしていたので、仕事を辞めることになりました。そこで次に何をしようか考えていたときに、YouTubeを見るのも自分がカメラに映るのも好きだし、アーティスティックなことをしたいと考えていたので、自分で撮影してみようと始めたのが最初です。

―ブラジルではトランスジェンダーの中途退学率は82%、そして平均寿命は35歳というデータが出ていると知り、かなり衝撃を受けました。この事実をどう感じていますか?

ティエッサさん 本当に、ひどいことだと思っています。それ以外に言葉が出てきませんが、私たちトランスジェンダーの人生というのは、それほどいつ断ち切られてしまうかわからない状況に置かれているのです。ただ、そういったことをなくしていくためにも、性の多様性については、もっと議論していくべきですし、そのうえで相手をリスペクトすることが基本になってくると思います。

保守的な街で、多くの嫌がらせを受けたこともあった

―映画のなかのヴァレンティナのように、ご自身も危険な思いをしてきたことは多かったのではないでしょうか。

ティエッサさん そうですね。私はブラジルにある非常に保守的な田舎で育ったので、そういったことは当然ありました。しかも、私がその街でトランスジェンダーを自称する最初の人間だったので、歩いているだけで指を差されたり、侮蔑的な言葉を投げつけられたりは日常茶飯事。そういう意味では本当にたくさんの虐待を受けてきましたし、パブリックな人間になったことによって、私の状況は悪化していると感じています。

―そういった恐怖や危険には、どのように対処しているのですか?

ティエッサさん まずは、絶対にひとりで外出しません。同僚や友人と必ず一緒に出掛けますし、知らない場所には行かないようにもしています。それくらいブラジルは、何が起こるか本当にわからない国なので……。自分の精神的かつ肉体的安全を守っていくためには、自分の行動を制限しなければならないのが現状です。

―厳しい生活を強いられることはあると思いますが、パブリックな立場にいるからこそ、この状況を変えるために行っていることもありますか?

ティエッサさん まずは、この映画で話し合うところから始めたいと考えています。公開される前は、ネガティブな反応が多いと予想していましたが、蓋を開けてみたら、感動したといった声をたくさんいただくことができましたので。

ほかにも、いまブラジルで放送されているリアリティ番組にトランスジェンダーの女性が出演していて評判になっているのですが、「彼」と呼ぶのか「彼女」と呼ぶのか、といったことなどさまざまなことが話し合われていて、徐々に認知度が上がっているのを感じています。人は情報がないから偏見を捨てることができないと思うので、これからもいろいろなメディアを通じて、たくさん情報を届けていけたらと。そのうえで、多くの方と議論を進めていきたいです。

どうありたいかは、他人ではなく自分で決める

―そんななかでも、ご自身を支えているような言葉や信念があれば、お聞かせください。

ティエッサさん 私は自分がどうすべきか、何ができるのか、何をしてはいけないのか、といったことを他人には言わせないようにしています。なぜなら、自分がどうありたいかは他人ではなく、自分自身が決めることですから。そういったことは、いつも大事にしています。

―非常に興味深い問題なので、日本でもこの映画によってもっと議論してほしいですが、公開を控えてどのようなお気持ちですか?

ティエッサさん 本当に信じられないですね。 もし、子どもの頃の私に誰かが「いつか自分が出ている映画の取材を日本から受けることになるよ」と言ったとしても、「そんなバカな!」と思うでしょうから(笑)。それくらい信じられないことですが、日本での公開はありがたいです。

―日本のカルチャーで好きなものとかがあれば、教えてください。

ティエッサさん 私は日本のアニメをよく見ていて、『新世紀エヴァンゲリオン』やポケモンが大好きです。日本を訪れたことはまだないですが、よく日本に遊びに行く友達がいて、いつも素敵な動画を見せてくれるので、私もいつか行きたいなと考えています。

―それでは最後に、日本の観客に向けてメッセージをお願いします。

ティエッサさん この映画を観てくださる方に感謝するとともに、みなさんの心に届くことを願っています。そして、トランスジェンダーというひとつの問題について、思いやりとリスペクトを持っていただけたらうれしいです。

インタビューを終えてみて……。

劇中で見せていた姿より、ぐっと大人の魅力を増していたティエッサさん。太陽のような明るい笑顔と芯の強さがとても印象的でした。とはいえ、時折見せる表情からは苦悩も感じずにはいられなかったので、ティエッサさんが提唱するようにもっと議論と理解を進めていくことの重要性を多くの人にも感じてほしいです。

偽りの自分を捨てて、新しい自分と出会う!

いくつもの壁と危険が立ちはだかる理不尽な社会のなかでも、毅然と立ち向かうヴァレンティナの姿に心が動かされる本作。暗闇のなかでも希望を感じさせる生き方は、ありのままで生きることの大切さだけでなく、思い通りに行かない人生のなかでも自由を手にするために闘う意味を教えてくれるはずです。


取材、文・志村昌美 

ストーリー

母親とともに、ブラジルの小さな街に引っ越してきた17歳のヴァレンティナ。出生届の名前ではなく、通称名で学校に通う手続きのため、蒸発した父を探している。未だ恋を知らないゲイのジュリオ、未婚の母のアマンダなど、新しい友人や新生活にも慣れてきたが、自身がトランスジェンダーであることを伏せて暮らしていた。

そんななか、年越しパーティに参加した際、見知らぬ男性に襲われる事件が起きる。それをきっかけに、トランスジェンダーであることが広まり、SNSでのネットいじめや匿名の脅迫、暴力沙汰などヴァレンティナの身に危険が襲い掛かるのだった……。

胸を締めつける予告編はこちら!

作品情報

『私はヴァレンティナ』
4月1日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
配給:ハーク
https://hark3.com/valentina/
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