志村 昌美

団地解体で立てこもる青年…タイムリミットが迫るなかで見つけた最後の希望【映画】

2022.2.23
誰もが孤独を感じることがありますが、そんな心に光を与えてくれるもののひとつといえば映画。そこで、今回ご紹介するオススメの話題作は、フランスを舞台に描かれる唯一無二の青春映画です。

『GAGARINE/ガガーリン』

【映画、ときどき私】 vol. 459

パリ郊外にある赤レンガの大規模公営住宅“ガガーリン”で育ったのは、宇宙飛行士になることを夢見る16歳の青年ユーリ。ところが、老朽化と2024年のパリ五輪のために、団地の解体計画が持ち上がり、住民たちは次々と退去していった。

そんななか、恋人のもとへと去った母との思い出が詰まった大切な場所を守るため、ユーリは親友のフサームと恋心を抱いていたディアナとともに、取り壊しを阻止しようと動き出す。団地の解体が迫るなか、立てこもったユーリは無人になった住宅を大好きな宇宙船に改造して守ろうとするのだが……。

第73回カンヌ国際映画祭でオフィシャルセレクションに選出され、高い評価を得た本作。そこで、鮮烈な長編デビューを飾ったこちらの方々にお話をうかがってきました。

ファニー・リアタール監督 & ジェレミー・トルイユ監督

「カンヌに彗星のごとく現れた2つの若き才能」と注目を集めているのは、フランスを中心に活動をしているリアタール監督(写真・左)とトルイユ監督(右)のユニット。今後さらなる活躍が期待されるおふたりに、初長編作品へ込めた思いや撮影秘話などについて語っていただきました。

―まずは、本作が誕生したいきさつから教えてください。

トルイユ監督 きっかけは2015年に建築士である友人からガガーリン団地のドキュメンタリーを撮ってほしいと頼まれたことですが、宇宙船のような建物を見たときにフィクションの物語が作れると感じました。そこで、5日後に締め切りが迫っていた短編のシナリオコンテストにガガーリン団地を舞台にした作品を書き上げて提出。そのコンペで勝った僕たちは15分の短編を完成させましたが、それを長編にするまでには6年もの時間がかかりました。

―おふたりで創作活動をする際、それぞれに役割があるのでしょうか。

リアタール監督 すべてを一緒に行っているので、特に役割分担というのはありません。私たちは政治学の勉強をしていたときに出会い、共同で短編を作ることになったわけですが、2人が同じ意見を持って作品づくりに臨めるように、準備にたくさんの時間を割いています。

準備を重ねたからこそ、2人の思いは完全に一緒

―ということは、今回の制作過程でも、意見が分かれたりすることもなかったと。

トルイユ監督 そういうことはなかったですね。なぜなら、何年にもわたって準備を重ねてきたので、撮影に入ったときはすべてにおいて2人が完全に同じ思いでしたから。スタッフに正確なヴィジョンを効率的に伝えるためにも準備段階で意見の相違をなくすようにしています。

―素晴らしい関係性ですね。そのうえで、この2人だからできたことをあげるとすれば?

リアタール監督 1人だと最後までやり遂げる力が出ないような気がするので、集団で作業をしているというのはモチベーションのひとつになっているのかなと。それは私たちだけでなく、以前から一緒に仕事をしているスタッフたちがいてくれることも含めて、非常に重要だと感じています。

―今回苦労した点や特にこだわった部分などがあれば、教えてください。

トルイユ監督 映像的な見せ方についてはかなり考えましたが、各成長段階におけるユーリの視点を映像で表したいというのが僕たちの意図です。ユーリの夢や空想が随所に差し込まれているシーンではカメラを円のように回したり、動きを遅くしたりすることで、いままで見てきたSFのような映像を意識しています。そういったことすべてが、僕たちにとっては技術的な挑戦でした。

団地で出会った人から多くのインスピレーションを受けた

―また、移民や親子の問題など、ガガーリン団地での出来事はフランスや世界の縮図のようにも感じました。実際に取材されてみて、いかがでしたか?

リアタール監督 団地で出会った人たちの話や彼らの持っている美しさから、私たちは多くのインスピレーションを受けました。そのなかでも映画に取り入れたいと思ったのは、団地の近くにあるスラム街に暮らすロマたち。そこからディアナという登場人物を思いつきました。ユーリとディアナの母国語は違いますが、それでもコミュニケーションが取れる姿を描きたいなと。そして、共に生きることを“最後の希望”として出したいと思いました。

―団地では何度も住民たちとワークショップをしたそうですが、ユーリのモデルになったような人もいたのでしょうか。

トルイユ監督 さすがに宇宙飛行士を夢見ているような若者には出会いませんでしたが、それと同じくらいクレイジーで独創的な夢を持っている住人はたくさんいましたよ。なので、そういう彼らから刺激をもらいながら、ユーリのイメージを作っていった部分はありました。

すべての登場人物に自分たちが反映されている

―ちなみに、監督たち自身を投影しているようなキャラクターもいますか? 

リアタール監督 そうですね。いつも私たちの一部がすべての登場人物に反映されていると言ってもいいのではないでしょうか。今回でいうと、特にユーリとディアナがそれにあたりますが、特殊な世界観を持っている2人は私たちがなりたいと思う人物でもあります。ユーリのように子どもの時代からの夢を大人になっても持っているようなところは素晴らしいですし、本当に大好きなキャラクターです。

―キャスティングが決まったあと、ユーリ役のアルセニさんのお父さんが実はガガーリン団地に住んでいたことが発覚するという不思議な偶然もあったようですね。ほかにも撮影中の印象的な出来事があれば教えてください。

トルイユ監督 アルセニの父親がセネガルからパリに出て、最初に住んでいたのがガガーリン団地であると気がついたときは感動しましたね。あと、団地にとっても僕たちの映画にとっても重要な人物として忘れたくないのは、イベット・テナールという女性との出会い。彼女は団地に暮らす人々の言葉を集め、それを演劇として表現するということを何十年にもわたって続けていた人でした。

住民の女性たちのなかでも中心的な存在だったので、劇中でも団地の周りで走ったり、踊ったりしている女性たちのシーンに出演してもらっています。残念ながら完成した映画を観ることなく亡くなってしまいましたが、彼女の名前はみなさんにもぜひ伝えたいです。それくらい大切な人でした。

映画を作る理由は、観客たちと対話をするため

―そういった方々の思いも込められているのですね。それでは、まもなく公開を迎える日本に対してどのようなイメージをお持ちかを教えてください。

リアタール監督 日本には行ってみたいと思いつつまだ行ったことがないので、あまり詳しくはないのですが、私たちは是枝裕和監督の大ファン。『誰も知らない』や『万引き家族』といった是枝作品を通して日本社会について知っているように感じています。

あと、興味があるのは日本の幽霊について。日本の幽霊にまつわる本を読んだことがあるのですが、日本の幽霊には美しさがあるように感じています。見えないものとの関係に興味があるので、もっと知りたいですね。

―それでは最後に、日本の観客へ向けてメッセージをお願いします。

トルイユ監督 コロナ禍で難しいなか、50か国以上に配給され、多くの観客たちと作品をわかち合うことができたのはとても幸運だと思っています。ただ、日本のみなさんと直接お話ができないことはとても残念です。というのも、僕たちが映画を作っている理由のひとつは、観客の方々と対話をしたいからなので。日本の素晴らしさも自分の目で発見したかったですね。とはいえ、映画を通してでも交流できると思うので、ぜひ本作をよろしくお願いします。

リアタール監督 実は以前ペルーに住んでいたときに日本人とルームシェアしていた経験があるので、個人的にはこの映画を日本のみなさんが気に入ってくれたらとてもうれしいなと思っています。もし映画を観て気に入ったら、私たちに手紙を書いてくださいね(笑)。

終わりは新たな人生の始まりでもある!

若手キャストたちの瑞々しい演技と、独創的な美しい映像で観る者を引き込んでいく本作。きらめくような青春と切実な現実との狭間で葛藤しながら成長していく若者たちの姿に、心を奪われるエモーショナルな1本です。


取材、文・志村昌美

感情を揺さぶる予告編はこちら!

作品情報

『GAGARINE/ガガーリン』
2月25日(金)新宿ピカデリー、HTC有楽町ほか全国ロードショー!
配給:ツイン
http://gagarine-japan.com/
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