志村 昌美

永瀬正敏「日本の引きの美学は通用しない」海外で活躍し続ける理由

2022.2.17
「禁断の小説がついに映像化」として注目を集めている話題の1本といえば、まもなく公開を迎える日・台合作映画『ホテルアイリス』。そこで、主演を務めたこちらの方にお話をうかがってきました。

永瀬正敏さん

【映画、ときどき私】 vol. 457

小川洋子さんによるエロスが描かれた同名小説をもとにした本作で、ロシア文学の翻訳家として孤島に暮らす謎めいた男を演じる永瀬さん。劇中では、ホテル・アイリスを手伝う若い娘マリと繰り広げる倒錯した愛とゆがんだ欲望に堕ちていくさまを見事に演じ切っています。今回は、台湾での現場の様子や海外で活躍し続ける秘訣、そして自身にとって欠かせない存在について語っていただきました。

―まずは、出演の決め手となったものから教えてください。

永瀬さん 僕が若いころはこういうタイプの映画がけっこうあったので、自分もいつか出られるといいなと以前から考えてはいました。それがこのタイミングできたこと、そして役者として幅が広がることがすごくうれしいなと感じたのが最初です。

ただ、原作の翻訳家は僕よりもさらに年上の設定。特殊メイクをしたり、白髪を増やしたりするような作り込みをしてやるべき役ではないなと考えていたところ、映画では原作よりも年齢を引き下げたいと。さらにマリの年齢を上げ、2人の年齢差を縮めることで生まれる“化学反応”を見たいということだったので、それならぜひということでお受けしました。

意識していたのは、答えを出さない芝居

―以前、作品選びにおいては脚本を重視されているとお話をされていましたが、今回の脚本を読まれたときの印象は?

永瀬さん 原作にも言えることですが、自分のなかで「これだ!」という結末が見えませんでした。マリの妄想の世界だったのか、夢なのか、それとも現実だったのか……。人によっても、そのときの気分によっても、まったく違って感じられる作品だなと。どんなふうにでも受け取れるので、おもしろい脚本だと思いました。

だからこそ考えていたのは、「いろんな解釈してもらうためにはどうすればいいのだろうか」ということ。芝居もはっきり答えを出さないように意識していたので、どこまでやるかの線引きは監督に厳しくジャッジしてもらっています。原作を大切にしつつ、あの場所でこの俳優たちと監督が作り出す『ホテルアイリス』のリアリティや寓話性をどう見せるか?という思いはありました。

―なるほど。翻訳家はかなり謎の多い男性でしたが、演じてみていかがでしたか?

永瀬さん ぜひ、また演じてみたい役どころのひとつですね。似たようなキャラクターはいると思いますが、アプローチ方法や演出によって表現の仕方も変わっていくおもしろさがある役ですから。そういう出会いがまたあればうれしいです。

―撮影は約3年前ということなので、昨今の現場とは違うところもあったのではないかなと。あのときだからできたこともあるのでしょうか。

永瀬さん おそらくそれはあると思います。いまはコロナ禍で生まれた新しいスタンダードができていますが、僕にとってはそれまで当たり前だと思っていたやり方で撮ることができた最後のほうの現場ですから。

あと、マリを演じたルシアさんは映画初出演でしたが、初めてだったからこそ彼女の「ドンときやがれ」みたいな感じが出せたのかなと。経験や勉強を積み重ねると違う表現の出し方が身についてくるので、そうではないものが見られたのはよかったです。

台湾の人たちは、切り替えるのがうまい

―ルシアさんとのシーンでは息を飲むような過激な場面も多かったですが、意識されていたことは? 

永瀬さん 彼女は現場に入った時点ですでにマリとして存在してくれていたので、僕が余計なことをする必要はありませんでした。彼女自身の真ん中にある“骨”の部分がブレることは一切なかったので、それは大したもんだなと。きっとこれから幅広い作品で、いろいろな表現をしていかれると思いますが、この現場で彼女と一緒にお芝居できたのは、本当に刺激的でした。

―日本からは、マリの母親役である菜葉菜さんと翻訳家の甥を演じた寛一郎さんも参加されています。現場でのやりとりで印象に残っていることはありますか?

永瀬さん 菜葉菜さんは髪型が気になっていたようで「私、ヅラっぽくないですか?」とずっと言ってましたね(笑)。でも、その違和感があの母親っぽいなと思いましたし、ストレートヘアのマリの髪をとかすシーンにも意味合いが出てくるので、それがいいんじゃないかなとは伝えました。

寛一郎くんはある理由でしゃべれない役どころなので、それゆえに表情の足し引きは難しかったでしょうし、彼のなかでもいろいろなチャレンジがあったと思います。あと、メイクをしているシーンがありましたが、あのときはめちゃくちゃキレイでしたね(笑)。

―永瀬さんはこれまでも台湾での撮影を経験されていますが、台湾の現場といえばどんな特徴が挙げられますか?

永瀬さん 台湾の人たちは、とにかく切り替え上手。撮影中はすごく集中力がありますが、一旦撮影が終わったら、友達みたいになるんですよ。

特に今回は若いスタッフが多かったというのもありますが、シビアな撮影の合間にルシアさんとスタッフが近くにあった小道具を僕にいっぱいつけてキャッキャ言いながら写真撮って遊んだりしていたことも(笑)。集中するところと気を抜くところのメリハリのつけ方がうまいなと感じました。

海外の現場で大事なのは、積極的に関わること

―年齢に関係なく、フレンドリーでフラットな方が多いんですね。

永瀬さん 本当にそうですね。なので、打ち上げも最高におもしろかったですよ。現地の女性プロデューサーさんが嗚咽をもらしながら号泣していたりとか。

―台湾流の打ち上げはどんな感じですか?

永瀬さん ガンガン飲んで、ガンガン食べるだけ(笑)。とにかくみんな元気ですよ。

―現地の方々と打ち解ける永瀬さんのお力もあると思いますが、これまで数多くの海外作品にも出演をされています。海外でも活躍し続けられる秘訣についてお聞かせください。

永瀬さん 特に、英語圏の方々とお仕事をするときですが、僕の英語は中学生レベルよりもひどいボキャブラリーなので、そこに関しては開き直りですね(笑)。「だって日本人なんだもん。もうちょっと簡単な単語でゆっくりしゃべってよ」と。ただ、わからなかったときに「エクスキューズミー」をちゃんと言えるかどうかは大きいかなと思います。

―恥ずかしがらずに「わからない」と言えるのはできそうで、なかなかできないことかもしれません。

永瀬さん そのほかに大事なのは、積極的に関わること。海外だと日本の現場よりも、役者の意見を聞きたがるので、そこでアイディアを出せないとダメな場合も。気に入ってもらえるかもらえないかよりも、自分のなかでアイディアをたくさん持っていたほうが相手とコミュニケーションを取れる気がします。

日本には“引きの美学”がありますが、国によってはそれが通用しないこともありますからね。ただ、「一緒にものを作りたい!」という気持ちがあればどの国でも受け入れてもらえるとは思います。

これまで味わったことのないジレンマを感じている

―2年前にananwebにご登場いただいた際、「まだ内緒だけど、国籍に関係ないプロジェクトが3つくらいある」とおっしゃっていました。今回教えていただける最新情報があれば、お聞かせください。

永瀬さん 1つのものを形にするというのはこんなにも大変なんだなと思いつつ、まだいろいろとがんばっている最中です。特にいまは海外の方々とコラボレーションするのは本当にむずかしい時期ですからね。さまざまなジレンマを感じてはいます。

―このような葛藤は、長いキャリアでも味わったことがなかったのでは?

永瀬さん そうですね。でも、そこを乗り越えていかないといけないですし、それを言い訳にもしたくないので、逆にもっといい作品を作ろうとしなきゃダメだなと思っています。

いまは頼れる仲間たちと肩を組んで、表現できる場を作っていけたらいいなと考えているので、小さな一歩ではありますが、ちょっとずつ前に向かっている感じかなと。いつか完成したら、「この作品のことでした」とお知らせするので、そのときにまたananwebでインタビューしてください(笑)。

女性のみなさんがどう感じるかがこの作品の“肝”

―楽しみにしておりますので、ぜひよろしくお願いいたします。つねに映画のことを考えていらっしゃると思いますが、仕事を忘れて素に戻れる瞬間はありますか?

永瀬さん これを言うとすぐ家に帰りたくなってしまうんですが、それはうちの息子といるときです。……といっても、猫なんですけど(笑)。あの無垢な存在のおかげで、オフにパーンと切り替われるので、いまは彼の存在感が大きすぎるくらいで。本当に、天使ですね。

今年15歳になったばかりですが、最近少し体調を崩したので、極力一緒にいるようにしています。いまも話ながら「何をしてるかな?」と考えてしまうので、もう家に帰りたくなってきました(笑)。僕は彼に助けられている部分がすごくあると感じています。

―永瀬さんに愛されていて幸せですね。それでは最後に、公開を楽しみにしているananweb読者へメッセージをお願いします。

永瀬さん 最初にお話したように、観る方やそのときの状況によっていろんな解釈ができる映画なので、観終わったあとにぜひ話し合っていただきたいです。特に、女性のみなさんがどういうふうに感じられるのかに興味がありますし、そこがこの作品の“肝”ではないかなと。

できれば、観ていただいた方全員の感想をうかがいたいくらいです。友達でも彼氏でも家族でも近所の方でもいいので、一緒に劇場へ行って観終わったあと話をしていただき、みなさんの間で何かが生まれればいいなと思っています。

インタビューを終えてみて……。

劇中では、冒頭から圧倒的な存在感を放っている永瀬さん。匂い立つ色気と底知れぬミステリアスさには、誰もが釘付けになってしまうはずです。そのいっぽうで、取材では目を細めて愛猫のことを語る姿もとても素敵でした。進行中のプロジェクトではいったいどんな永瀬さんを見ることができるのか、次の取材が楽しみです。

欲望の果てまで溺れてしまう

一度足を踏み入れたら最後、抜け出すことのできない官能的な“禁断の世界”へと堕ちていく感覚を味わえる本作。異国情緒あふれる美しい景色とともに、濃密で刺激的な時間を堪能してみては?


写真・北尾渉(永瀬正敏) 取材、文・志村昌美 
スタイリスト・渡辺康裕 (W) ヘアメイク・勇見勝彦(THYMON Inc.)
コート、シャツ、パンツ/ともにYOHJI YAMAMOTO(ヨウジヤマモト プレスルーム03-5463-1500)

ストーリー

寂れた海沿いのリゾート地にあるホテル・アイリスで母親を手伝っているマリ。ある日、階上から響き渡る男の罵声と暴力から逃れようと取り乱している女の悲鳴を聞く。マリは茫然自失で静観していたが、男の振る舞いに激しく惹かれているもう一人の自分と無意識に何かが覚醒していくことに気づき始めていた。

男はロシア文学の翻訳家で、小舟で少し渡った孤島に独りで暮らしているという。住人たちは、彼が過去に起きた殺人事件の真犯人ではないかと噂していた。男とマリの奇妙な巡り合わせは、二人の人生を大きく揺さぶり始めることに……。

胸がざわめく予告編はこちら!

作品情報

『ホテルアイリス』
2月18日(金)より、全国ロードショー
配給:リアリーライクフィルムズ + 長谷工作室
http://hoteliris.reallylikefilms.com/
©長谷工作室