志村 昌美

697名から園子温監督が抜擢「とんでもない人が出てきた」衝撃の瞬間

2021.12.24
日本が誇る鬼才・園子温監督の最新作にして、自身初となる本格ワークショップから誕生した話題作『エッシャー通りの赤いポスト』がいよいよ公開を迎えます。そこで、すでに海外の映画祭でも熱い支持を得ている本作について、こちらの方々にお話をうかがってきました。

藤丸千さん、黒河内りくさん、モーガン茉愛羅さん、山岡竜弘さん、小西貴大さん

【映画、ときどき私】 vol. 440

697名もの応募があったなかで、ワークショップの参加者に選ばれたのは51名ですが、そのなかでもメインキャストに抜擢された5名。

ある新作映画のオーディションを舞台に繰り広げられる本作で、訳ありの女・安子役の藤丸さん(写真・中央)、若き未亡人・切子役の黒河内さん(左から2番目)、カリスマ映画監督・小林役の山岡さん(右)、小林を支える恋人・方子役のモーガンさん(右から2番目)、小林を尊敬する助監督・ジョー役の小西さん(左)がそれぞれの役を熱演しています。今回は、撮影の裏側や園監督の現場ならではの経験などについて語っていただきました。

―まずは大勢のなかから選ばれたと知ったとき、どんなお気持ちでしたか?

小西さん 園子温監督の作品に出られるというのは、すごいチャンスだなと思いました。でも、そのぶん不安も大きかったですね。

モーガンさん 私は楽しみが100だったかな。初めての映画を園監督のもとでできることがうれしかったので。出演が決まった聞いたときはあまりにうれしくて、一回電車を降りてホームでガッツポーズしてしまいました(笑)。

藤丸さん 51名に選ばれた時点では、まだ役は決まっていなかったので、キャスティングに向けて気を引き締めていました。絶対に安子を演じたいと思っていたこともあり、かなり気合は入っていましたね。

―役の争奪戦もあったようですが、どのようにキャスティングが決まったのでしょうか。

小西さん 挙手制だったんですけど、女性たちはけっこう熾烈でしたよね。いい意味で。

モーガンさん 確かに、女性陣のほうがメラメラしていたかも。

藤丸さん そんなに熾烈だった? まあ、誰かが安子に手を挙げたら「迎撃するぞ!」とは思ってましたけど……。

山岡さん そういうところだよ!

一同 (笑)

モーガンさん でも、オーディションが本番というくらい、みんな本気でした。

藤丸さん しびれるような熱い3日間で楽しかったです。

園監督からは愛しか受け取っていない

―黒河内さんは、実は園監督の作品を1本も観たことがないまま応募されたとか。その後、監督の“霊感”が働いて、そのことがバレたそうですが……。

黒河内さん 応募してからは観ましたが、申し訳ないことにそれまでは園監督の作品を観たことがありませんでした。ただ、このことは誰にも言っていなかったのに、途中で「あなたの映画は実は⼀度も観たことがありません。オーディション会場では、『昔からのファンです』と嘘つきます」というセリフが追加されたんです。あとで、事実を監督に話したら「そうだったの?」と監督も驚いていましたが。

山岡さん 園監督ってそういうところあるよね。

藤丸さん “洞察の鬼”だからこその直感なんでしょうね、きっと。

黒河内さん 本当にドキッとしましたが、おかげでより役とリンクできました。

―園監督は「つい厳しくなることもあった」とおっしゃっていますが、現場できつかったこともあったのでしょうか。

藤丸さん 監督の話を聞いて、私たち5人はみんな「そんなことあった?」と思っていました(笑)。ピークに持っていくためのアシストはしてもらいましたが、怖い印象はないです。

小西さん 甘えさせない厳しさはあったし、決してゆるい現場ではなかったですけど、僕らは全部愛としてしか受け取ってないですから。理不尽に怒られることもなく、いい意味で追い込んでくださいました。

山岡さん あとは、納得いかないと思っていたときに、「もう1回だけだぞ」とチャンスをくれることも。

モーガンさん 特に方子と小林のシーンでは、なかなか思い通りにいかなくて、深夜1時を回っているのに、何テイクもしてくださって、すごく応援してくれました。

山岡さん 監督からは「お前の自由だから、好きなようにやれ」と言っていただきましたし、そういう思いも映り込むようにしてくださいました。なので、セミドキュメンタリーみたいな作品になっていると思います。

いまでも園監督の言葉は背中を押してくれる

―そのほかにも、園監督からかけられた言葉で印象に残っているものがあれば、教えてください。

小西さん 僕は撮影の中盤で「いまからお前は世界の反対側にいる人たちの心臓めがけて伝えろ!」と言われたんですが、そこで不思議とすべてのことが腑に落ちるのを感じました。まさに“園監督マジック”ですね。

藤丸さん 私はマスコミに向かって吠えるシーンを撮ったとき、セリフを言い終えたのに、カットがかからなかったので、とりあえず続けたんです。そしたら、撮影が終わったあと、「そのまま自由にいけ」と。その言葉は、いまでもふとしたときに私の背中を押してくれています。

―撮影中に大変だったことやハプニングはありましたか?

小西さん 声を張り上げるシーンが多かったので、まったく声が出なくなったことはありましたね。

黒河内さん 私も熱が出たり、のどが痛くなってしまったりしたので、小道具の裏にのどあめを隠しながらやっていました。

藤丸さん 暑さのせいもありましたが、頭にグッと力を入れたせいで、鼻血が出たことも。血のりまみれのシーンではありましたが、リアルな血も出てしまったのはハプニングでした(笑)。

山岡さん 僕は急遽川に飛び込むことになったシーンですね。しかも、小林監督の親衛隊である“小林監督心中クラブ”のみんなが僕をつかまえようと本気で乗っかってきたので、溺れかけました……。

小西さん さすがの園監督も「小林が死ぬから手を放してやれ!」って横で走りながら叫んでましたよね(笑)。

モーガンさん ハプニングではないですけど、ペンキをみんなにかけるシーンでは衣装の関係で、絶対に一発で成功させないといけなかったのはかなりプレッシャーでした。しかも、そのあとに半ページ分はある長ゼリフ。やり遂げたときは思わず笑みがこぼれました。

藤丸さん その撮影のあとみんなで銭湯に行ったのも、思い出深いよね。

芝居ではなく、真実が映っている

―渋谷でのゲリラ撮影もあり、大変だったのではないかなと。

黒河内さん 確かに、渋谷のスクランブル交差点だったので、かなり周りからは注目されましたね。

モーガンさん 私が撮影を見に行ったとき、園監督が「Sono Sion Films」と書いたTシャツを着てかなり目立っていたので、それに周りがざわついていておもしろかったです。

一同 (笑)

藤丸さん 本編でも本気で生きている人に感化されていく様子が描かれていますが、それが現実とリンクしているようなところがあったので、私たちが雑踏のなかで発した「立ち上がれ!」という言葉を一人でも覚えてくれていたらうれしいですね。

黒河内さん あのシーンは、芝居ではなく真実だったと思っています。

―そのほかにも、忘れられない出来事はありましたか?

モーガンさん ワークショップの初日のことで鮮明に覚えているのは、初めての顔合わせのときのこと。藤丸さんの第一声を聞いた瞬間に「この人は絶対に安子だ」と強く思いました。

山岡さん 僕も「こんなお芝居をする人がいるのか」と衝撃でした。演技と言うよりも、とんでもない人がいるなと事件を目撃しているような感覚に陥ったのを覚えていす。

藤丸さん 実際のパーソナリティは、まったく違いますけどね。うれしすぎて、いまマスクの下で口角がめっちゃ上がってます(笑)。

初めての現場でありがたいスタートを切れた

―今回、山岡さんは応募を相談した先輩の1人から「もしかしたら⼈⽣変わるかもしれないね」と言われて応募したそうですが、実際にこの作品に関わったことで、人生が変わったと感じている方はいますか?

藤丸さん もし、本当に変わるとしたら、それは公開のあとの話になるのかなと。ただ、すでに海外の映画祭で観てくださった方から感想をたくさんいただいていて、それはすごく支えになっています。

小西さん 僕は色んなチャンスに声をかけてもらいやすくなりましたね。それだけ園監督の作品に出たということに対する期待値が業界のなかで高いんだなと。改めて、園監督の偉大さを感じています。

山岡さん 僕は世界の見つめ方が変わりました。園監督がいろいろなことを楽しんでいる姿を見たことによって、日々が瑞々しくなったと言いますか。撮影から2年半、ずっと夢のなかにいるような気分です。その眼差しを持ち続けていれば、これからももっと変えていけると思うので、いまは期待でいっぱいですね。

モーガンさん 私はこの映画が初めてだったので、まだ変化はわからないですけど、いろいろなことを試せた現場で、ありがたいスタートを切ることができたと感じています。

小西さん 園監督には、「地球にナイフを突き立てろ」とよく言われましたが、この映画ではみんなが爪痕を残し合っているので、そういう生き方をしたいですし、自分を出すことを臆さないという姿勢に変われたと思います。

園監督の映画の素晴らしさを見てほしい

―劇中では、みなさんそれぞれに見どころがありますので、「自分のここを見てほしい」と思うシーンやポイントについて教えてください。

小西さん 僕は川原で小林監督と走ったあとにお別れするシーンです。

藤丸さん 私は安子が中盤に再登場するアパートのシーンに注目してほしいですね。でも、ラストも好きなので、正直言うと全部です(笑)。あと、実はスタートと言われる前から撮られていた部分も使われていたりするので、そのあたりも見ていただけたらと。

モーガンさん 確かに、本番前の映像もけっこう使われていたりするよね。そういった部分も楽しんでほしいですが、劇中で使っている方子のカメラは実際に私が仕事で愛用していたカメラを使いました。カメラ好きの方には、喜んでもらえるかなと思います。

黒河内さん 切子に関しては、抑圧されている人の象徴のようなところがあるので、心情的にリンクする方は多いのかなと。なので、特定のシーンを挙げるというよりも、周りの人に支えながら花開いていく様子や切子の心情に思いを馳せながら観ていただくとおもしろいと思います。

山岡さん 何度か観ているなかで気がついたのは、仮面を外したような純粋な顔をする小林の顔が随所に差し込まれていること。見逃しがちなところではありますが、そういう部分にも園監督の映画の素晴らしさが表れていると思うので、ぜひ見ていただけるとうれしいです。

―この経験を経て、今後はどんな役者になりたいと思っていますか? 

藤丸さん 今回はちょっとエキセントリックな役でしたが、どんな役でも演じられる役者になるべくがんばりたいです。

モーガンさん この作品がきっかけで藤丸さんと一緒にアクションのレッスンを受けているので、いつかアクション映画に出たいと思っています。強い敵をどんどん倒すような“最強の女”をやってみたいですね。

黒河内さん まずは、黒河内りくとして実生活でいろんな経験をしながらそれを役に生かしていけたらと思っているので、幅広くいろいろなことに視野を広げていきたいです。

小西さん わかりやすく言うと、「売れたい」です。今回の作品では無名でも実力があって、役に合っていればキャスティングされるということを実現しているので、風穴を開けたこの映画の意味をつなげるためにも、1人でも社会に認められる人が出てほしいし、僕自身もそうなりたいです。

山岡さん 僕はお芝居が大好きなので、自分がまだ触れたことのないような表現で作家さんの思いを伝えられたら最高ですね。それを一生続けていきたいですし、個人それぞれの芸術が尊ばれる世界になったらいいなと思っています。

この映画で、世界中を元気にしていきたい

―それでは最後に、どなたか代表して作品の見どころをメッセージとしていただきたいのですが……。

藤丸さん 監督役ということで、ここはやっぱり山岡さんを推薦します!

モーガンさん・黒河内さん・小西さん これは全員一致ですね。

山岡さん いやいや、無理だって。

―では、みなさんの期待を背負って山岡さんお願いします!

山岡さん わかりました。この映画では、51名それぞれの人生が、虹色どころか、51色の繊維の束のようになり、それが映画のなかでうねるように……。

一同 (笑いがもれる)

モーガンさん 繊維の束?

小西さん 言い方が芸術的過ぎるから(笑)。もう少しわかりやすくお願いします。

山岡さん すみません、気を取り直して。キャストみんなの人生が映画に乗っかり、それが面白さにもつながっているので、いままでの映画にはないものに仕上がっています。公開の延期もありましたが、コロナ禍でふさぎこんでいるいまこそもっとも届けたい映画になったので、一人でも多くの方にご覧いただきたいです。この映画で、日本中、そして世界中が元気になることを願っています。

小西さん 観た方の何かが変わるような映画なので、それを確かめてほしいです。キャストみんなが命がけで前に進もうとしている姿も見ていただけたらと。

藤丸さん 51名の登場人物全員が主役なので、みなさんには自分に一番響く主人公を見つけていただきたいです。

インタビューを終えてみて……。

濃密な時間と経験を一緒に過ごした仲間だからこそ生まれた絆に触れることができた今回の取材。みなさんが目を輝かせながら話す姿を見ているだけで、この作品に対する思いと園監督への愛をひしひしと感じました。みなさんが今後どのような役者になるのか、ますます楽しみです。

人生には立ち向かうべきときがある!

ほとばしる熱量がスクリーン全体から溢れ出し、圧倒的な演技で観る者を魅了する本作。「人生のエキストラでは終われない!」と、誰もが胸のなかに湧き上がるものを感じずにはいられないはず。新たな年を迎える前のいまこそ、観ておきたい1本です。


写真・北尾渉(藤丸千、黒河内りく、モーガン茉愛羅、山岡竜弘、小西貴大) 取材、文・志村昌美 

ストーリー

鬼才のカリスマ映画監督・小林正は、新作映画のために演技経験の有無を問わず出演者を募集する。参加者は、浴衣姿の劇団員、小林監督の親衛隊“小林監督心中クラブ”、俳優志望の夫を亡くした若き未亡人・切子、殺気立った訳ありの女・安子など。オーディションではそれぞれの事情を語り、演じて見せる。

助監督のジョーたちに心配されながら、脚本作りに難航する小林の前に現れたのは、元恋人の方子。脚本の続きを書いてくれるという彼女に励まされながら、制作に打ち込んでいたが、エグゼクティブプロデューサーからの無理な要望で、自暴自棄に陥ってしまうことに……。

衝撃が走る予告編はこちら!

作品情報

『エッシャー通りの赤いポスト』
12月25日(土)より全国ロードショー
配給:ガイエ
https://escherst-akaipost.jp/
©2021「エッシャー通りの赤いポスト」製作委員会