志村 昌美

「セーラームーンは偉大なアニメ」ドイツの気鋭監督が語る意外な理由

2021.11.16
まだまだ海外旅行が気軽にできないなか、せめて異国の風を感じたい人にオススメのイベントと言えば、11月18日から21日まで開催される「ドイツ映画祭 HORIZONTE 2021」。厳選された注目のラインナップから、オープニングを飾る話題作をご紹介します。

『未来は私たちのもの』

【映画、ときどき私】 vol. 430

イラン系移民の両親を持つミレニアル世代の青年パーヴィスは、両親がドイツで築いた安定した環境のもとで暮らしていた。しかし、地方での生活に退屈さを感じ、出会い系アプリのデート、レイヴやパーティで暇つぶしをする日々を送ることに。

ある日、万引きがバレて、社会奉仕活動を命じられたパーヴィス。難民施設で通訳として働くなかで、イランからやってきた兄妹バナフシェとアモンに出会う。微妙なバランスを取りながら絆を深める3人は、ドイツにおけるそれぞれの未来が平等でないことに気づき始めるのだった……。

昨年のベルリン国際映画祭では2部門で受賞に輝くなど、高い評価を得ている本作。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。

ファラズ・シャリアット監督

本作で長編デビューを飾ったシャリアット監督。映画の主人公同様に、性的マイノリティであることを公表しており、挑戦的で過激な描写でも話題となっています。今回は、自伝的要素の強い物語を描いた理由や日本のアニメから受けた影響などについて、語っていただきました。

―まずは、映画祭のオープニング作品に選ばれたお気持ちからお聞かせください。

監督 本当にうれしく思っています。ただ、以前からずっと行きたかった日本に行けないことは、非常に残念ですね。とはいえ、私の作品が実際に映画館で上映されるのは喜ばしいことなので、そのことからはパワーをもらっています。いまはとにかくドキドキな気持ちでいっぱいです。

―監督デビュー作にして、ここまで注目を集めることは想像していましたか?

監督 この作品はアートマネジメントや文化論を学んでいる仲間たちとDIYのような感じで作ったので、私たちにとっては本当に大きなサプライズでした。誰ひとりとして映画を勉強した者はいませんでしたし、お金もないなかで「とにかく作ってみよう!」という感じで始めたので。完成させられるか最後までわからないほどの状況だったにもかかわらず、国内外で大きな注目を集めたことはうれしいです。

―ご自身のキャリアにとっては、非常に意味のある作品になったのではないかなと。

監督 確かに、私たちに新たな可能性をもたらしてくれたので、この映画が与えてくれたものは大きかったですね。しかも、上映を続けるなかで、観た方から「自分にとって非常に重要な意味を持つ作品になった」という声もたくさん上がったので、この映画自体がみんなの“扉”を開いてくれるものになったと思います。

この作品では、家族の歴史の一部が語られている

―監督はこれまでにいろいろな芸術を学んできたそうですが、今回映画を作ろうと思ったのはなぜでしょうか?

監督 もともと私はメディアと演劇と美術にまたがった勉強を大学でしていたので、映画に特化して勉強していたわけではありませんが、この題材に関しては映画という手法を使いたいと考えて、作ることにしました。

ただ、昔から演劇にはずっと関心があったので、劇中でも演劇的な構成は意識しています。映画に関して言えば、今回の制作過程のなかでいろいろな技術を身に着けることができたのは、とてもラッキーだったなと。今後も映画作りは続けていくつもりですが、それだけにとどまらずアクティビスト的なアプローチを含めて幅広く活動していきたいと思っています。

―本作では移民や性的マイノリティの描写に関して、自伝的な要素が含まれているということですが、ご自身のことを赤裸々に語ることに対する抵抗はなかったのでしょうか。

監督 実は、これまで何年にもわたって私は自分の家族と一緒に短編のドキュメンタリーやミュージックビデオなどの作品を制作してきました。そういった経験があったので、今回の映画を作るためのベースはすでにできていたと言っても過言ではありません。

劇中で、主人公の両親役は実際に私の両親が演じてくれましたし、この作品に対してもポジティブにとらえて、サポートしてくれました。なぜなら、これは私たち家族の歴史の一部が語られている作品でもあるからです。

ドイツでは移民の経験がきちんと語られてこなかった

―そういった背景があったのですね。

監督 私の両親は第一世代としてイランからドイツに移住し、私が第二世代になりますが、これまでドイツでは私たちのような移民の経験がきちんと語られることはありませんでした。そういう意味でも、両親はこの映画を作ることの重要性を理解してくれたんだと思います。だからこそ、映画のなかに自伝的なことを取り入れることにもあまり抵抗がなかったのかもしれませんね。

それよりも、重要だったのは、ただ自伝を映画化するのではなく、フィクションを入れるうえで、社会を変えるようなポテンシャルを持った作品にすること。そのあたりは、意識していた部分です。

―劇中では、日本のキャラクターである「美少女戦士セーラームーン」のコスプレシーンが印象的でした。監督は日本のアニメファンでもあるそうですが、セーラームーンとの出会いについて教えてください。

監督 私が初めてセーラームーンを見たのは、幼稚園の頃。ドイツのテレビで放映されていたのですが、それ以来、私の青少年時代において、もっとも偉大な番組と位置づけています。なぜなら、セーラームーンは私にとって自分のアイデンティティを作っていく過程で、大きな助けとなったものだから。

セーラームーンは金髪で青い目をしているので、見た目は私と全然違いますが、ほかの番組で私のアイデンティティに訴えかけてくるものはひとつもなかったので、非常に衝撃的な出会いでした。

セーラームーンは、ミレニアル世代にとって“事件”

―どのあたりが、そう感じさせたのでしょうか?

監督 もちろんスーパーパワーの持ち主であることも惹かれた理由でしたが、セーラームーンが変身したり、何か秘めたところを持っていたりする姿は、ゲイである私や性的指向が定まっていないクィアの人たちには、ピンとくるものがあるんです。これはドイツ国内だけでなく、国外でも特にクィアの間でセーラームーンの人気は高く、共感する部分があると言われています。

あとは、ビジュアル面においても美的感覚を豊かにさせてくれますし、変身のプロセスも興味深いですよね。そういったところも、クィアの文化とつながるところがあるのかなと。セーラームーンは、ミレニアル世代のポップカルチャーにおいて、ある種の“事件”でもあったので、この作品でセーラームーンを使うことによって、自分たちの一部が映画のなかにあると感じてくれる人がいるのではないかと考えて入れました。

―興味深いですね。冒頭では実際に監督が子どものころにセーラームーンの衣装を着て踊っている映像が流れ、とてもかわいかったです。ただ、イランでは性的マイノリティに厳しいと言われているそうですが、そのあたりについてはいかがでしょうか。

監督 確かに、イランではホモセクシュアルやクィアに対して、非常に厳しく、いまだに弾圧されることもあります。ただ、私の両親はドイツに住んですでに30年。「どんな人も排除せずに、みんなで一緒のコミュニティに暮らしていきましょう」という考えを持っています。だから、あのセーラームーンの衣装も、両親が買ってプレゼントしてくれたんですよ。

そんなふうに、クィアの私と両親がとてもオープンで親しい関係であるということを最初に示すためにも、父が撮ってくれた映像を使うことは、私にとってすごく重要なことでした。フィクションの世界だけで起きていること、という思い込みを観客にさせないためにも、必要なシーンだったと思っています。

世界は思ったよりも、早く変えられると気がついた

―なるほど。ちなみに、そのほかにも日本の文化で好きなものはありますか?

監督 劇中でもお寿司を食べるシーンがいくつかありますが、私だけでなく、ドイツに住む多くの人たちが日本のファンだと言えるでしょう。ジブリをはじめ、多くのアニメ作品が人気ですし、料理や音楽、ゲームといった幅広い分野に渡って、影響を受けているはずです。

そういったものに子どもの頃から触れているだけに、私たちにとって日本は重要な文化的経験を与えてくれる国と言えるのではないかなと。私は幼少期からのいろんな経験を通して、芸術の道を選ぶことにしましたが、日本の文化もたくさん蓄積されているインスピレーションのひとつとなっています。

―それでは最後に、この映画を通して観客に伝えたいことがあれば、メッセージをお願いします!

監督 この映画では、3人の主人公とともに、3つの世代も出てきますが、出身や年齢や過去に関係なく、ともに共通の未来を構築しよう、という強い願いを込めています。私がコロナ禍で気がついたのは、「世界というのは、実は思ったよりも早く変わることができるんだ」ということ。

以前は人種やジェンダー、LGBTQに対する差別は、どんなに努力してもすぐに変えることはできないだろうと諦めていたこともありましたが、パンデミックを経験したことによって、みんなで世界を変えることが可能であるとわかりました。そういう意味で、いま私は未来に対して希望を抱けるようになったので、みなさんにも同じように希望を感じてほしいです。

ポップでスタイリッシュな移民映画が新たに誕生!

観る者の心を動かすのは、過酷な状況のなかでも、自らの手で未来をつかもうともがき続ける若者たちの姿。ときには先が見えずに苦しむことがあっても、長いトンネルを抜ければ、誰もが「未来は自分たちのもの」と感じられる瞬間に出会えるはずだと背中を押してくれる1本です。


取材、文・志村昌美

作品情報

「ドイツ映画祭 HORIZONTE 2021」
11月18日(木)~21日(日)渋谷ユーロライブにて開催
https://www.goethe.de/doitsueigasai2021

© Juenglinge Film