志村 昌美

「日本は素晴らしい! なぜなら…」注目の英国監督が語る日本への思い

2021.9.8
どこか重たい空気が漂う日常生活を送るなか、上質な笑いを求めているときはありませんか? そんな気分のときにオススメするのは、長年にわたって愛され続けてきた名作戯曲を映画化した一風変わったコメディです。

『ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!』

【映画、ときどき私】 vol. 412

ベストセラー作家として名を馳せるチャールズ。自作の小説を映画化するため、脚本を書こうとするが、重度のスランプに陥っていた。そこから抜け出すため、チャールズは霊媒師マダム・アルカティに頼んで、7年前に事故死した最初の妻エルヴィラを呼び戻そうとする。

なぜなら、実は彼の小説はすべてエルヴィラのアイディアを書き留めただけのもので、チャールズは彼女の力なしでは無理だと悟ったからだった。蘇ったエルヴィラは夫との再会を喜んだものの、自分が幽霊で、チャールズには新しい妻がいると知り、ショックを受ける。それでもチャールズに頼まれるままに“共同”制作するエルヴィラ。しかし、この世にいられる期限は刻一刻と迫っていた……。

原案は、俳優・作家・戯曲家・脚本家・演出家・作曲家・歌手・映画監督といくつもの顔を持つ天才ノエル・カワードが手掛けた戯曲「陽気な幽霊」。発表された1941年当時には、なんと2000回も上演されたほどの人気を博した作品です。そこで、80年の時を経て本作を現代に蘇らせたこちらの方にお話をうかがってきました。

エドワード・ホール監督

世界中で大ヒットを記録したテレビシリーズ『ダウントン・アビー』で、監督を務めたこともあるホール監督(写真・右)。今回はドラマや舞台演出まで幅広く手掛ける監督に、本作の見どころや自身のクリエイティブ活動の秘訣などについて、教えていただきました。

―「不朽の名作」と言われる原作を映画化するうえでプレッシャーもあったと思いますが、意識したことはありましたか?

監督 まず一番にあったのは、「オリジナルのスピリットに忠実でいたい」という思い。今回はノエル・カワード財団のサポートも非常に手厚かったので、写真や手紙を読んだりする時間をかなり取って準備しました。そうやっていくことで、ノエルがどんな意図を持って綴った戯曲なのか、ということを掘り下げていきたいと思ったからです。映画にするうえでストーリーやキャラクターを広げているところはあっても、作品のDNAは変わっていないと自負しています。

―監督が思うこの作品の魅力とは、どんなところでしょうか。

監督 これは死についてのコメディですが、普通だったら「死」と「コメディ」の両方を成立することはなかなかできません。しかし、それをダークに描くことなく、見事にやってのけたのがノエルの素晴らしさだと思います。

だからこそ、喪失を描いているにもかかわらず、「死が終わりではないんだ」ということが伝わる作品になっているのではないかなと。誰もが死に対して居心地の悪さを抱いているとは思いますが、あくまでも死によって私たちの“状態”が変わるだけなんだと感じていただけるはずです。

表現力とカリスマ性が備わっている俳優だと感じた

―そんななかで、この作品を体現しているのは、『ダウントン・アビー』でも知られているチャールズ役のダン・スティーヴンスさんです。彼を起用した決め手について教えてください。

監督 ダンを初めて見たのは、彼が演劇学校を卒業してすぐの頃。ノエルの別の戯曲で、ジュディ・デンチと共演している舞台を見たときでした。そのときから、コメディを自然に演じるのがうまくて、どんなに長いセリフでもきちんと表現できる俳優だなと感じていたんです。なので、舞台での彼の仕事ぶりに惹かれていたというのが大きかったと思います。

あと、彼は映画でコミカルな役をあまりやっていなかったので、ぜひそれを見てみたいというのもあったかもしれません。実は最初は、「ダンで大丈夫なの?」と言い出す人もいましたが、そのときは「ああ、まだ彼の良さをみんな知らないんだな」と思っていました。でも、撮影が始まったときに、彼がいかに役にはまっているかを誰もが感じたはずです。

―確かに、彼が演じることでよりキャラクターが魅力的になったと感じました。

監督 チャールズは決していいやつではないですが、だからこそ必要だったのはチャーミングさ。それがないと、みんなが彼の嘘に騙される説得力がなくなってしまいますし、観客も入り込めなくなってしまいますから。ダンにはそれを表現できる力と周りを惹きつけるカリスマ性が備わっているので、彼を起用して正解だったと思っています。

―そして、何と言っても霊媒師役の大女優ジュディ・デンチさんの存在感も素晴らしかったです。監督は昔から家族ぐるみでお付き合いがあったそうですが、旧知の仲だからこそ引き出せた部分もあったのではないでしょうか?

監督 それができていたかどうかは、僕よりもジュディに聞いてもらったほうがいいかもしれないですね(笑)。ただ、以前からお互いのことを知っていたので、必要以上に気を遣ったり、どう思われるかに緊張したりすることなく、仕事を進められたのはよかったなと思っています。実際、彼女とは馬が合うというか、通じ合っているような感覚を味わうことができましたから。

そして、今回の仕事を通して、ジュディは俳優のなかでも本当に傑出した存在だと改めて気づかされました。その彼女と現場で関係性を深められたのは、素晴らしいことだったと思います。

最悪なのは、スランプよりも諦めてしまうこと

―劇中では、スランプに陥るチャールズの姿が描かれていますが、監督自身はスランプを経験したことはありますか?

監督 僕はスランプにあまり気がつかないタイプかもしれません。なので、状況が険しくなってきたときでも、とにかく仕事をし続けるようにしています。それで乗り越えられるというわけではないのですが、僕はクリエイティブであるうえで必要だと考えているのは、99%の努力と1%のインスピレーション。仕事に対しては、何よりも努力が大切だと信じています。

僕にとってスランプよりも最悪なのは、壁にぶつかって諦めてしまうこと。そうならないために、問題が起きても、そこに向かって突き進んで行くしかないんですよね。なぜなら、クリエイティブな仕事において、“方程式”はありませんから。

難しい状況に陥ることがあっても、諦めない心の準備をして、仕事に真摯に向き合って行くのが一番だと思っています。最悪なことが起きても最終的に素敵な瞬間を味わえる可能性もたくさんあるので、僕のモットーは「最後まで気持ちを切らさずにいられた人が勝利できる」です。

―素晴らしいお言葉をありがとうございます! ちなみに、監督にはチャールズにとってのエルヴィラのようにインスピレーションを与えてくれる存在はいますか? それとも、降霊会で蘇らせたい人がいますか?

監督 個人的に会いたい人はたくさんいますが、この仕事をするうえで興味があるのはシェイクスピア。ぜひ、会って話をしてみたいですね。

―確かに、興味深いお話が聞けそうです。監督が創作活動をするうえで原動力となっているものがあれば、教えてください。

監督 僕は鳥がいろんなところを突くように、周りにあるさまざまなものから影響を受けていると思います。ただ、自分ではあまりそういったことを分析しないほうなので、できあがった作品を観て、あとでどこからインスピレーションを受けているかに気づかされることが多いですね。たとえば、僕は1990年代に日本に1年間住んでいたことがありますが、そのときにもたくさんのことを学びました。

日本人から教えられたのは、相手を思いやる気持ち

―日本からはどのような影響を受けているのでしょうか?

監督 当時、僕は日本の文楽や歌舞伎、能、狂言といったものを勉強していたので、日本の俳優さんたちとお芝居を作ったり、坂東玉三郎さんのお芝居を見たりして過ごしていました。そういったこともあり、イギリスに戻ってから作った自分の作品のなかに、日本で味わった感情や“シンボリズム”みたいなものから影響を受けている部分があると感じることはありますね。

―いま振り返ってみて、日本での忘れられない思い出などがあれば、教えてください。

監督 たくさんありすぎて選べないですが、日本での生活や文化には尽きないほどの興味があって、その思いは前よりも増している気がします。なかでも素晴らしいと思っているのは、日本語という言語。ひらがなとカタカナと漢字の3つを合わせて使っているだけでなく、漢字は使い方によって読み方や意味も変わってくるのが本当におもしろいですよね。

あと、日本で生活していたときに学んだのは謙虚な気持ち。日本のみなさんは他人のことをよく見ていて、自分よりも先に相手を思いやる心を持っていると感じました。僕は「プロペラ」という演劇集団を手掛けていますが、このカンパニーで大切にしていることは「ひとりひとりの仕事がすべての人の助けにならなければいけない」というもの。ほかの人のことも考えながら一緒に作っていこうという意識を持つようにしています。そうすれば、自分が何かを必要としたとき、必ず周りが助けてくれるはずですから。

そんなふうに内側だけではなく、外側にも目を向けるという考え方は、日本で生活しているときに教えられたものです。ほかにも、日本人の「本音と建前」はおもしろいなと思っていますし、とにかく語りつくせないほど、日本には興味を持っています。

―ありがとうございます。それでは最後に、観客へメッセージをお願いいたします。

監督 まさに現実逃避というか、あっという間にシャンパンを飲んだような感覚を味わえる作品だと思うので、みなさんにもそういう気分になってほしいです。たとえ自分の人生において暗い時期があったとしても、「そこには笑いがある」と感じ取っていただけたらと。それこそがこの物語の本質と言えるでしょう。

そして、登場人物をどん底に押しやりながらも、それをとってもおもしろく表現しているので、みなさんにも生きる希望を与えられるものになっているはずです。観終わったあと、観る前よりも幸せな気分になってもらえることを願っています。

時代を超えて届く名作で笑顔が蘇る!

キャストたちの軽快なやりとりと刺激的でユーモアあふれるストーリー展開に、一気に引き込まれる本作。現実世界を忘れて、いつまでもこの世界観に浸っていたいと思ういまにぴったりの1本です。1930年代の豪華な衣装やインテリアにも、心が躍ること間違いなし!


取材、文・志村昌美

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作品情報

『ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!』
9月10日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:ショウゲート
https://cinerack.jp/blithespirit/

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