「日本の浮世絵には自然の力を感じる」フランスの大女優に与えた影響
カトリーヌ・フロさん
【映画、ときどき私】 vol. 385
大ヒット作『大統領の料理人』や『偉大なるマルグリット』などで知られ、フランスを代表する大女優のひとりでもあるカトリーヌさん。劇中では、究極のバラを生み出す天才バラ育種家でありながら、倒産寸前に追い込まれ、自分を見失いかけていた主人公のエヴを演じています。
本作は、そんなエヴが世間から見放されたはみだし者3人組と出会うことによって、人との絆や人生の大切なことに気がついていく様を描いた逆転のサクセス・ストーリー。そこで、カトリーヌさんに役を通して感じたことや輝き続ける秘訣について、語っていただきました。
―今回、ピエール・ピノー監督は、洗練された上品さからコミカルまでのすべてを表現できるのは、カトリーヌさんしかいないということでオファーしたそうですが、実際に演じられてみていかがでしたか?
カトリーヌさん 私にとっては特別難しい役どころだったわけではありませんでしたが、エヴは葛藤を抱えているキャラクターだと感じました。なぜなら、彼女はカリスマ的なところがある女性ではあるものの、自分でそうなりたいと思ってなったわけではありませんからね。映画の冒頭では、何もかもうまくいっていないので幸せでもないですし、どちらかという感じが悪いと思う人もいるようなそういう人物として描かれています。
ただ、そんな彼女が社会からの“はみだし者”と出会い、さまざまな経験をすることによって、オープンマインドになるわけですよね。そうやって変わっていく様が非常に興味深いし、珍しいタイプのキャラクターでもあるので、それはおもしろいところだと思いました。
自分をオープンにすることを怖がってはいけない
―本作では、それぞれのキャラクターが人生で自分の“花”を咲かせていきますが、カトリーヌさんにとってもそういった転機はありましたか? 変わっていく彼らの姿を見て、どのように感じたのかについても教えてください。
カトリーヌさん もちろん私の人生でも、人との出会いによって変わったことはありましたが、ずっと女優という仕事を続けていますし、変化という意味では、そこまで大きなものはないかもしれません。
私から見ると、この作品のキーワードは変化というよりも、再生や回復という言葉のほうが近いように感じています。これはフランスでも最近ブームになっているもので、有名な精神科医でボリス・シリュルニックという人が唱えている「レジリエンス」という言葉から来ているものです。
強制収容所で受けたトラウマから再生していく人を描いている彼の著書に比べるとこの作品はそこまで深刻ではありませんが、エヴは父親の死によって自分の世界に閉じこもっている人物。そこからどうやって再生し、人間関係をどう再構築していくかというのがバラの成長と並行して語られているので、そこが見どころでもあると思います。
―実際、エヴのように仕事やプライベートで思うようにいかずに悩んでいる女性は多いと思います。そういった女性に対してアドバイスをするとしたら、どんな言葉をかけますか?
カトリーヌさん まずは、「世界に向けて自分をオープンにすることを怖がってはいけません」ということですね。あとは、ありのままの自分を見せることをおろそかにしないこと、そして「こうしなければいけない!」といった決まりや主義を持ち過ぎないことも大事です。
そのうえで忘れてはいけないのは、外の世界や自然、動物といった多くのことに好奇心を持つこと。決して優位な立場に立つ必要はありませんが、自分の内面が強くなるためにいろいろなことに興味を持ったほうがいいですよ、というのは伝えたいです。
美のない人生なんて意味はない
―素敵なお言葉をありがとうございます。女優として第一線で活躍し続けているカトリーヌさんが人生で大切にしている言葉や信念があれば、教えてください。
カトリーヌさん 私が選んだアーティスティックな世界は、すごく不確かでそこにどんな意味があるのかさえわからないところもありますが、私は導かれてここまで来たように感じています。映画の最後にエヴが「美のない人生なんて意味はない」といいますが、私もその感覚に近いものがあるのかなと。物理的に利益を生み出すわけではないにしても、美は人生に大事だと考えています。
―今回は、舞台のバラ園がもうひとつの主人公でもあると感じましたが、バラ園での撮影で思い出に残っていることはありますか?
カトリーヌさん 具体的におもしろいエピソードがあるわけではないのですが、やはりあれだけの景色なのでそれだけで強烈な印象は受けました。広大なバラ園の真ん中で、自然が支配している世界のなかに身を置くと、まるで絵のなかに入ってしまったような感覚に陥ったほど。それくらい自然の力を感じました。
―ご自身がお好きな花と花言葉があれば、教えてください。
カトリーヌさん 私が好きな花は、すずらんです。なぜかというと、フランスでは私の誕生日でもある5月1日に、愛する人にすずらんを贈る習慣があるからです。ただし、花言葉は、知らないんですよね(笑)。
―すずらんの花言葉は、「再び幸せが訪れる」「純粋」のようです。この映画にもぴったりですね。
カトリーヌさん 素敵ね。ありがとう!
芸術は人間にとって基盤になる大事なもの
―ピエール・ピノー監督は日本の文化から非常に影響を受けていて、本作でもひょうが降ったあとの最初のショットは16から17世紀の日本の屏風からインスパイアされているとか。カトリーヌさんは、日本の文化で興味があるものはありますか?
カトリーヌさん 私が好きなのは、浮世絵と小津安二郎監督の映画です。いま言われて思い出しましたが、私がこの映画に出演すると決めたとき、バラや自然の力に関する物語と聞いて最初に思い浮かべたイメージは、まさに日本の浮世絵でした。浮世絵にはそういったものが込められていると感じています。あと、日本は旅行先として行きたい国のひとつですね。
―お待ちしております。いまのコロナ禍で、映画業界は苦境に立たされていますが、今回のことで“映画の力”を改めて感じたことはありますか?
カトリーヌさん 映画というのは、人を結びつけることができますし、人の態度や行動について考える機会を与えてくれるものなので、すごく重要な芸術だと思っています。演劇などもふくめて芸術は、人間にとって基盤となるようなものだと感じているところです。
―おっしゃる通りです。それでは最後に、日本の観客に向けてメッセージをお願いします。
カトリーヌさん 劇中では予想外のことがいろいろと巻き起こりますが、オープンマインドになることで素敵なこともたくさん起こるので、人間関係の美しさと希望を描いた作品になったと思います。あとは、お花の美しさも楽しんでもらえるので、そのあたりも堪能していただきたいです。
インタビューを終えてみて……。
オンラインの画面越しでも、圧倒的なオーラを感じられたカトリーヌさん。私にとっては憧れの女優さんのひとりでもある方なので、興奮と緊張を抑えながらの取材となりましたが、凛とした美しさと知的なお言葉に触れることができ、とても貴重な時間を過ごすことができました。カトリーヌさんの魅力を存分に味わうことができる本作も、必見です。
満開の笑顔を届けてくれる!
人生はつまずきの連続ではあるけれど、自分が求めているものの重みや人が差し伸べてくれる手の温かさは、転んだからこそわかるもの。誰のなかにもある“種”にしっかりと愛を注げば、きっと自分だけの“花”を咲かせることができるはずです。はみだし者たちのあとに続いて、あなたも華麗に一歩を踏み出してみては?
取材、文・志村昌美
ストーリー
あふれる才能と魔法のような指で新種のバラを開発し、“天才ローズメイカー”と呼ばれたエヴ。数々の賞に輝いていたこともあったが、数年前から巨大企業のラマルゼル社に賞も顧客も奪われしまい、亡き父が遺してくれたバラ園は倒産寸前に追い込まれていた。
その状況を見ていた助手のヴェラは何とか立て直そうと、職業訓練所から格安で前科者のフレッド、定職に就けないサミール、異様に内気なナデージュという3人を雇うことに。しかし、ド素人の彼らは、手助けどころかひと晩で200株のバラをダメにしてしまうのだった。そんななか、エヴに新種のアイディアが閃き、はみだし者たちは力を合わせてコンクールに挑むのだが……。
美しさに満ちた予告編はこちら!
作品情報
『ローズメイカー 奇跡のバラ』
新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開中
配給:松竹
https://movies.shochiku.co.jp/rosemaker/
THE ROSE MAKER © 2020 ESTRELLA PRODUCTIONS – FRANCE 3 CINÉMA – AUVERGNE-RHÔNE-ALPES CINÉMA
© Philippe Quaisse UniFrance