志村 昌美

家事は完璧に不平不満を言わない…約70年前の「良き妻の鉄則7か条」に驚愕

2021.5.27
近年のさまざまなムーブメントにより、社会における女性の立場は大きく変化しているものの、それでも職場や家庭で何かと問題に直面しているという人もいるのでは? そこで、そんな思いや悩みを抱えている女性にピッタリの1本を最新作のなかからご紹介します。

『5月の花嫁学校』

【映画、ときどき私】 vol. 382

1967年、フランスの田舎アルザスにある家政学校に、18人の少女たちが入学。ピンクのスーツを着こなす校長のポーレットは、迷信を信じる修道女と少女のまま中年になったような無垢な義理の妹とともに理想の良妻賢母を育成するために力を注いでいた。

ところがある日、経営者であるポーレットの夫が莫大な隠れ借金を残して急死。ポーレットは夫の事業を支え、夜のお勤めにも渋々付き合っていたのにひどい仕打ちが待ち受けていたことに呆然としてしまう。そんななか、死に別れたはずの恋人と再会し、心の奥にしまっていた情熱に火がつくポーレット。生徒たちとともに、自分らしい生き方に目覚めていくことに……。

本国フランスでは初登場1位に輝き、大ヒットとなった本作。今回は、多くの女性たちの共感を呼んだ物語がどのように誕生したのかについて、こちらの方にお話をうかがってきました。

マルタン・プロヴォ監督

ananwebには前作『ルージュの手紙』以来、4年振り2度目の登場となるプロヴォ監督。今回は、初タッグを組んだフランスの大女優ジュリエット・ビノシュとの現場で感じたことや女性が生きやすい社会に必要なことなどについて語っていただきました。

―監督が子どもの頃に家政学校の生徒たちがベビーシッターのアルバイトに来ていたことがあったそうですが、それがこの物語が誕生したきっかけでしょうか? だとしたら、いまの時代に作ろうと思った理由を教えてください。

監督 実は僕の子ども時代の思い出が始まりではなく、きっかけは3年前。バカンスに行った先で出会ったおばあさんが、自分が15歳くらいのときに家政学校に通っていた話をしてくれたんです。彼女が「家政学校」と言った瞬間、僕のなかで何かがひらめき、そして子どもの頃に若い女の子たちが家に来ていたことを思い出しました。

そのあとすぐ、まずはインターネットで家政学校のことを調べてみることに。そうしたらフランスでさまざまなアーカイブ映像を保管している機関に、1950~60年代の家政学校に関するドキュメンタリーがあることがわかりました。おばあさんからも、学校を卒業するためにはウサギを自分で殺してさばかないといけないとか、「そんなことありえるの?」と思うような話をいくつか聞いてはいましたが、実際に映像を見てみるとほかにもおもしろいエピソードが盛りだくさん。そういったこともあり、これは映画になると思いました。

脚本と世の中がリンクし始めておもしろかった

―家政学校に通っていた女の子たちは、どのような子が多かったのでしょうか? 彼女たちにとって、家政学校はどのような場所だったのかについても教えてください。

監督 60年代のフランスというのはどこも田舎で、いまのように都会とされるような地域はごくわずかでした。そういうなかで各地に多くの家政学校があったんですが、当時は貧しい家庭で生まれ育った女の子たちが数多く在籍していたようです。

ただ、彼女たちにとって家政学校に通うことは「いい夫を見つけられるかもしれない」とか「何か資格を得られるかもしれない」という可能性にもつながっていたので、ある意味では“夢のある場所”でもあったかもしれません。そういった背景もあったからか、当時のドキュメンタリーに出てくる彼女たちはみんなとても幸せでいっぱいの表情を浮かべていました。

―劇中では50年以上前の女性たちを描いているものの、現代に通じるところも多く感じられました。何か意識されたこともあったのでしょうか?

監督 僕が脚本家のセヴリーヌ・ヴェルバと一緒にシナリオを書き始めたときは、まだMe Too運動も始まっていませんでしたし、特に現代の女性の在り方から影響を受けた部分はありませんでした。ただ、ストーリーを書き進めていくなかで、女性に関するいろいろなムーブメントが起きるようになり、自分たちが書いているような内容に世の中の女性たちがリンクし始めたので、非常におもしろい体験ではありました。

ジュリエットは監督にとって理想的な女優

―なるほど。では、主演のジュリエット・ビノシュさんについてもおうかがいします。監督がこの作品で彼女をキャスティングから理由を教えてください。

監督 実は、以前ほかの作品で彼女と組もうという話があったのですが、その企画がなくなってっしまったことがありました。そんななか、今回の物語を思いついたときに、「この役はジュリエットしかいない」と感じたので、脚本自体も彼女をあてがきしているんです。とはいえ、彼女にはいままでとは違うところにいってほしいという気持ちもあったので、そこは意識したところでもあります。

―ananwebでは2年前に来日された際に、直接取材をさせていただいたことがあり、とても聡明で美しいジュリエットさんに魅了されました。実際ご一緒されてみて監督から見たジュリエットさんの魅力について教えてください。

監督 ジュリエットは、出し惜しみをしない気前のいい女優だと感じました。役に入り込むなかで、ときには僕と意見が異なることもありましたが、だからこそとても美しい関係を築けたのではないかなと。それは撮影が終わったいまでも続いていて、時々電話をしてお互いのことを話したりすることもあるほどです。監督にとっては、本当に素晴らしい理想的な女優だと思います。

現場では彼女をはじめ、みんなでとても楽しい雰囲気で進めることができましたが、実は撮影していたときはジュリエットのお父さんが危篤状態で、彼女にとっては非常につらい時期でもありました。その後、撮影中に訃報が届いたときは、何度もやり直しをしなければいけないほど難しいシーンを撮っていたときで、僕自身もいろんな葛藤がありましたが、彼女のほうから「大丈夫です」と。

そうやって毅然とした態度で撮影に専念する姿勢をみんなに見せてくれて、本当に勇気と度胸のある器の大きな女性だと強く感じました。また別の作品でも、ぜひ一緒に仕事をしたいと考えているところです。

自由への道を勇ましく歩く女性たちをイメージした

―女優としての覚悟を感じさせるエピソードですね。劇中で非常に興味深かったのは、「何よりもまず夫に付き従うこと」「家事を完璧にこなし不平不満を言わない」から始まる“良き妻の鉄則の7か条”。新旧と2パターンが登場しますが、何かを参考にされて作ったのでしょうか?

監督 まず古いほうは、1950年代に出版された本のなかで「女性はこうあるべき」といった考えを項目別に説明されているものを読み、そこから良き妻の鉄則としてそのまま7つもらうことにしました。まるで迷信のような内容でしたが、実際に本に書かれていたものというのが驚きですよね。

―そんな本があったんですね。では、新しいものはどのようにして作成しましたか?

監督 それは先ほどの古い7つの鉄則をそのまま裏返して作りました。女性たちが、自由になって解放されるためには、こういったことが必要なのではないかと考えたものばかりです。新しい鉄則を披露するラストシーンは、女性たちが心を開き、自由への道を勇ましく歩いていくイメージを出すために、あえてミュージカル風にしました。

そのなかで、ジュリエットのアイディアをもらって変更したところが1か所あります。それは、女性解放のために貢献した実在の女性たちの名前を挙げていくシーンです。当初はここも歌う予定でしたが、ジュリエットが女性たちの名前を毅然と言うほうがいいということだったので、その意見に賛同して取り入れることにしました。

男女の差や権力で対立しない未来を信じたい

―そのあたりも注目ですね。フランスでは1968年から女性解放運動が始まりましたが、いまなお女性たちはいろいろな問題を抱えています。女性を主人公にした作品を多く手掛けている監督から見て、この状況を改善するために必要なことは何だと思いますか?

監督 いまはとても才能豊かで優秀な女性たちがたくさん活躍している姿を目にするので、僕が子どもの頃に比べるとたいぶ変わったなと感じます。1970年から2021年までの50年の間だけでも、本当にいろんなことがありましたよね。

とはいえ、同じ仕事をしているのに女性のほうが男性よりも給与が少ないといった男女の不平等がまだ社会に残っているのも事実です。なので、まだ変化の途上だと僕は思っています。そう考えると、いま大事なことは教育。特に、育児を行っている人たちの意識を変えていかなければならないと感じています。

そのほかにも伝えたいのは、男性のなかにも女性性があり、女性のなかにも男性性があるので、みなが自分のなかにある“異性”というものをもっと活用していくべきだということ。そうすれば、男女の差や権力で対立することはなくなっていくのではないかと考えているからです。

もしかしたら、それは夢のような話かもしれませんが、そうなっていくことを信じたいですね。外面的な変化だけではなく、人間の内面的な意識改革が進んでいけば、50年後はもっといい方向へと変わっていけるのではないかと思っています。

女性たちの意識に革命を起こしてくれる!

フランスから届いたのは、爽やかな感動に包まれる人生賛歌。固定概念から解放され、自分の道を歩いていくことを決めた女性たちが変貌を遂げていく姿は、あなたの人生をよりカラフルでパワフルなものにしてくれるはず。社会が変化するのを待つのではなく、自分自身から変わっていきたいと前進する力をもらえる1本です。


取材、文・志村昌美

元気をもらえる予告編はこちら!

作品情報

『5月の花嫁学校』
5月28日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
配給:アルバトロス・フィルム
https://5gatsu-hanayome.com/

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