高畑充希「男女にも親子にも正解はない」シングルマザー役で得た気づき
高畑充希さん
【映画、ときどき私】 vol. 381
劇中では、立場や住む場所は異なるものの「石橋ユウ」という同じ名前の息子を持つ母親が3名登場しますが、そのなかで大阪に住むシングルマザーの加奈を演じた高畑さん。今回は、現場の様子や自身の経験、そしてこれからのことについて語っていただきました。
―最初に脚本を読まれたとき、ご自分の役どころについてはどのように感じましたか?
高畑さん 私自身も東大阪の町工場が多い場所で育ったこともあり、自分が小さいときに味わった空気感や出会った人たちを思い出して、懐かしさを覚えたところがありました。なので、加奈というキャラクターも他人という気がしなかったですね。
役に関しては、子どもとの間で生まれる部分が大きいと感じていたので、どうなるんだろうとワクワクしながら現場に行きました。
―実際に演じてみて、いかがでしたか?
高畑さん 今回、私のパートは1週間くらいのタイトなスケジュールだったので、怒涛のように過ぎていき、気がついたら終わっていたという感じでしたね。私は3人の母親のなかでもトップバッターでしたが、スタッフのみなさんはこれをあと2回繰り返すのかと考えたら、本当に体に気をつけてほしいと思うくらいハードでした。
年齢を重ねて、周りに委ねられるようになった
―瀬々敬久監督の現場は今回が初となりますが、「1日の密度があまりにも濃すぎて、撮影中の記憶がほとんどない」というコメントを拝見しました。そのなかでも、何か驚いたことがありましたか?
高畑さん まずこれだけの内容をこの短期間で撮ることだけでもすごいんですが、それにスタッフのみなさんがガンガンついていっている姿を見て、めちゃくちゃタフだなと。瀬々監督の現場は、「全員猛ダッシュ!」みたいな雰囲気でした。それはやっぱり監督がとにかく映画が好きだからだと思いますが、キラキラした目でずっとモニターにかじりついていて、「モニター食べちゃうんじゃないかな?」と思ったくらいです(笑)。
そんな監督の映画愛とエネルギーについて行きたいと思う方々が、あのハードな現場に集まっていらっしゃるんだと思うと、改めてすごいなと感じました。私自身もずっとスイッチが入っているような感覚で、集中力が切れるタイミングもなかったので、撮影が終わった後は抜け殻のようになってしまったほどです。
―加奈はどんなにつらくてもまじめにがんばり続けている女性でしたが、ご自身と重なる部分はありましたか?
高畑さん 加奈は自分が一生懸命がんばって何とかしなきゃと考えているタイプなので、誰かに頼るのが下手な人だなと感じました。私は年齢を重ねてきたこともあるのか、いまでこそ周りに委ねることも増えましたが、20歳前後のときは私にも加奈のようなところはあったと思います。そんなふうに、自分で突破口を見つける以外に方法を知らない感じはすごくわかるなと思いながら演じていました。
子どもとの距離感は人それぞれでいい
―そういうふうに考え方を変えるきっかけがあったのでしょうか?
高畑さん 何か大きなきっかけがあったわけではありませんが、急に主演を任されることになったとき、主演は「どしっと立っていないといけない人」というイメージがあったので、そこに自分がついていけないことに悩んでいた時期がありました。そのときは自分で何とかしなきゃいけないと思っていたんですが、主演を務めさせていただく機会が増えていくとともに、周りの人にも頼りながら行ったほうが結果的にみんなで作品を作り上げていけるんだということに気がついたんです。
自分としても、そのほうが余裕を持ってできることに経験を重ねていくうえでわかったので、いい意味であまり考えなくなったのかなと。そういうことに気がついてからは、「自分ひとりだけでがんばらなきゃ」みたいなものがなくなったように感じています。
―なるほど。では、完成した作品をご覧になったときはどのような感想を持たれましたか?
高畑さん どうしても自分が出ている作品は冷静に見ることができないので、菅野美穂さんと尾野真千子さんのパートのほうにばかり目が行きましたね。実際に、おふたりとは現場ではご一緒していませんし、ほかの方の様子はまったく知らなかったので、「菅野さんのパートは子どもが2人いて大変だっただろうな」とか、「尾野さんのパートは息子が大変なことになってるな(笑)」とか、そんなことを考えながら見ていました。
―女優というお仕事では、いろいろな母親を疑似体験できるところがあると思いますが、そのうえで思う理想の母親像があれば、教えてください。
高畑さん 理想像というのはあまり考えたことはないですが、私の周りで母親になっているみなさんを見ていると、子どもとの距離感は本当に人それぞれなんだなとは感じています。でも、それは男女のパートナーシップと同じで、正解がないことなんじゃないかなと。
もし私が母親になったら、子どものやりたいことをやらせてあげたいなとか、ある程度距離を持って自由にさせてあげたいなとか、自分がしてもらったようにしたいとは思いますけど、実際に子どもが生まれてみたら全然違うかもしれないですからね。こればっかりは経験してみないとわからないことかなと感じています。
転んだらまたそこから立ち上がればいい
―ご自身のお母さんから受けている影響はありますか?
高畑さん 私の母は私とは性格がまったく違って、すごく心配症なので、私の前に何か障害物があるとそれを拾ってくれるタイプなんです。でも、私はどちらかというと転んで学べというタイプの父に似ているので、自分に対しても人に対しても「転んだらまたそこから立ち上がればいいんじゃない?」というスタンスですね。
実際、私は早くに地元を出て15歳からひとりで生活を始めたこともあり、10代の頃にたくさん転んで、いっぱい挫折を味わいました。母といたらもっと障害物のない道を歩いてしまっていたかもしれませんし、距離があったことでより両親と仲良くなれたところもあるので、いまとなっては若いうちに親元を離れてよかったなと感じています。
―本作では、母親が抱える苦悩を描くいっぽうで、父親や夫としての男性の在り方に関する問題も描かれていると感じました。高畑さんは、どのように受け止められましたか?
高畑さん 私も難しいことだなと思いました。おそらく、女性は家族や子どもに対してストレートに矢印が向いていますが、男性は女性よりも「社会のなかにいる自分」というものに矢印が向いてしまっているケースが多いのかな、って。もちろん全員ではありませんが、男性は女性よりも社会からの目線というものに重きを置いている方が多いような印象です。
育児に関しても、いまだに母親が子どもを育てるのを“手伝う”という感覚が根強いのかなと感じました。「イクメン」という言葉がありますが、そもそも父親と母親と両方の子どもなので、子育てをするのは当然のことなんじゃないかなと思うこともありますからね。この作品では男性の育児不参加という部分も描かれているので、子育てを経験されている方には共感するところが多いのではないかなと思いました。
もっと生活の質を上げていきたい
―最近は菊田一夫演劇賞を受賞するなど、女優としてますますやりがいを感じることもあると思いますが、コロナ禍で仕事に対する向き合い方などに変化はありましたか?
高畑さん 舞台では、お客さんの熱量を直接感じることができるので、改めてエンターテインメントのすごさを実感しています。それまでは当たり前にあったものだったので気がついていないところがありましたが、こういう状況になってはじめてどれほど自分にとって活力になっていたのかがわかりました。
私自身もワクワクできる空間がないと、生きている感じがしないので、見る側としても、出る側としてもエンターテインメントがいかに大切なものだったのかを知ると同時に、改めてこの仕事をしていてよかったなと感じているところです。
―そんな忙しい毎日で、癒しになっているものがあれば、教えてください。
高畑さん いままではあまり興味がなかったんですが、最近はお花や植物を部屋に置くようになりました。以前、母に「年を取るとお花をもらうのがうれしくなるよ」と言われたことがあって、そのときはわからなかったんですが、意味がわかるようになったので、私も大人になったんだなと(笑)。植物を飾るだけで気持ちが華やかになる感覚は、自分にとっても新鮮ですね。最近は、大きな木を買いました。
おそらくその背景には、生活の質を上げたいという思いもあるのかなと感じています。かつては仕事に一生懸命で家がぐちゃぐちゃみたいなときもありましたが、いまは生活がベースにあって、それにプラスして仕事があるという感覚です。まだまだこれからですが、生活の質はどんどん上げていきたいと思っています。
30代はおもしろくなりそうだとワクワクしている
―今年で30歳を迎えることもあり、この質問を聞かれることも多いと思いますが、30歳というのを意識されていますか?
高畑さん そうですね、最近めちゃくちゃ聞かれます(笑)。20代前半は求められる若々しさや明るさに自分が追いつけていないように感じて、そのギャップに悩むこともありましたが、最近はそういうことを求められることもなくなってきたので、いまはいい感じに気楽になってきました。なので、自分としては30代のほうがおもしろくなるんじゃないかなとワクワクしています。
―そのなかでも、今後ご自身が目指しているところや夢などがあれば、教えてください。
高畑さん 私はあまり計算できるほうではなく、行き当たりばったりでここまで来たところがあるので、実際にいまの自分がこうなっていることもまったく想定していませんでした。わりと波乱万丈なところもありますが、それはそれですごくおもしろいなと自分では思っています。
人生はいろいろなことがありますが、どれもよかったなと思っているので、この先も同じように感じられたらいいかなと。これからも、自分らしく楽しんでいけたらいいなと考えています。
インタビューを終えてみて……。
ひとつの質問に対してしっかりと言葉を選びながら、真摯に答えてくれる高畑さん。そこには女優としてだけでなく、エンターテインメントに対する強い思いもひしひしと感じました。本作での観る者を惹きつける熱演も必見です。
感情を揺さぶるミステリアスな群像劇
多くの女性たちが抱えているであろう葛藤をリアルに描き、心をえぐるような展開を見せる本作。3人の女性たちが下す決断と彼女たちが迎える結末から、さまざまな気づきと希望を得られるはずです。
写真・北尾渉(高畑充希) 取材、文・志村昌美 スタイリスト:Shohei Kashima(W) ヘアメイク:根本亜沙美
ビスチェ¥11,000、スカート¥15,400/すべてパブリック トウキョウ(パブリック トウキョウ 渋谷店 03-6450-6559)、ピアス¥13,200/ユーカリプト(ユーカリプト https://u-calypt.com)、リング(人差し指)¥19,000/ガガン(ガガン 070-3321-1424)、リング(中指)¥9,900/ソワリー(ソワリー 06-6377-6711)、その他スタイリスト私物
ストーリー
神奈川在住・フリーライターの石橋留美子43歳、大阪在住・シングルマザーの石橋加奈30歳、静岡在住・専業主婦の石橋あすみ36歳。3人の母親たちは、いずれも「石橋ユウ」という同じ名前の小学 5 年生の息子を育てていた。
それぞれが忙しくも幸せな日々を送っていたはずだったが、些細なことがきっかけで歯車が狂い始め、生活が崩れていくことに。はたして、ユウの命を奪ってしまった犯人は一体誰なのか。3つの石橋家がたどりつく運命とは……。
胸に刺さる予告編はこちら!
作品情報
『明日の食卓』
5 月 28 日(金)より、角川シネマ有楽町ほか全国公開
配給:KADOKAWA/WOWOW
https://movies.kadokawa.co.jp/ashitanoshokutaku
©2021「明日の食卓」製作委員会