志村 昌美

「坂本龍一さんとの仕事は幸せでした」フランス人女性監督が語る舞台裏

2021.4.15
仕事でも家庭でも忙しい日々を送るなかで、ときには心が折れそうになるときもありますよね? そこで、そんな働く女性たちに共感と感動を与えてくれるオススメの話題作をご紹介します。

『約束の宇宙(そら)』

【映画、ときどき私】 vol. 374

長年の夢である宇宙へ行くことを目指して、欧州宇宙機関で訓練に励んでいるフランス人宇宙飛行士のサラ。物理学者の夫とは離婚し、 7 歳の娘ステラと2人で暮らしていた。そんなか、彼女は“Proxima(プロキシマ)”と名付けられたミッションのクルーに選ばれる。

夢が叶い大喜びのサラだったが、このミッションに旅立つことは、約1年もの間、娘と離れ離れになることを意味していた。そして、過酷な訓練の合間に、娘は母と「打ち上げ前に、2人でロケットを見たい」という約束をする。サラは娘との約束を果たし、無事に宇宙へ飛び立つことができるのか……。

主人公のサラを演じたエヴァ・グリーンがセザール賞で主演女優賞にノミネートされたのをはじめ、サン・セバスティアン国際映画祭では審査員特別賞を受賞するなど、各国で高い評価を得ている本作。そこで、見どころについてこちらの方にお話をうかがってきました。

アリス・ウィンクール監督

2015年には、トルコの5人姉妹が経験する青春を描いた『裸足の季節』の脚本で絶賛されたウィンクール監督。脚本と監督を務めた本作では、幼い頃から興味を持っていた宇宙と自身の親子関係を投影した物語を描いています。今回は、作品の背景や働く女性たちに伝えたい思いについて、語っていただきました。

―劇中では、男性主導である宇宙飛行士の世界で生きる女性の難しさを映し出していますが、監督自身もいまなお男性社会と言われる映画業界で女性監督として活動されています。そのなかで経験された思いが反映されている部分もありますか?

監督 そうですね。たとえば、劇中で男性飛行士たちがサラに向かってセクハラとも取れるような発言をすることもありますが、現実でもよくあるようなことじゃないかなと。もしかしたら多くの女性たちはそういうことに慣れてしまって、それぐらいでは傷つかなくなっている部分もあるのかなと感じています。

それも問題ではありますが、私がもっと危険だと考えているのは、社会が女性に対していろいろな条件付けをすることによって女性が自己規制をしてしまうこと。たとえば、仕事に就くことで子どもに対して申し訳ないと思ったり、自分を責めたり、あるいは育児かキャリアかのどちらかを選ばなければいけないと決めつけたり。こういうことは、本当に問題だと思っています。だから、私は“女性の解放”をこの映画では描いているのです。

女性の生活は難しいものになっていると感じる

―だからこそ、こういったストーリーが生み出されたのですね。

監督 あと、もうひとつ私がこの映画を作りたかった理由は、母と娘の関係を描きたかったから。というのも、私にもステラと同じくらいの年齢の娘がいるので、その様子を“愛の物語”のように見せたかったのです。それくらい母と娘の関係というのは、特別なものなんじゃないかなと思っています。

映画の構成としても、ロケットが地球を離れていく様子と母と娘に別れがやってくる様子を別々に描きながら、それぞれが同時に発展していくような作りにしました。ヒーローであり母親であるという2つの要素を持ち合わせた女性主人公があまりいないことに対する疑念がサラというキャラクターを生み出しましたが、それらを両立させること自体がまさにこの映画の中心だったと思います。

―監督自身が仕事と家庭を両立するうえで、難しさを感じているのはどのようなことですか?

監督 女性にとって大変なのは、男性が男性のために作った世界で、女性が能力を発揮して適応していかなければいけないこと。女性が働くことを正当化するためには、男性よりもさらに働かなければいけないですし、家庭では無意識のうちに“完璧な母親”でいることを求められているので、女性たちの生活というのは難しいものなっていますよね。

でも、劇中で同じミッションに参加する宇宙飛行士を演じたマット・ディロンが言うセリフのなかに、「完璧な宇宙飛行士も、完璧な母親もいないんだよ」というのがありますが、まさにその通りだと思います。

ちなみに、私はこの映画を娘のために作りましたが、映画制作のためにすごく長い間家を不在にしてしまったので、娘からは「宇宙に行っているほうがまだましだった」と言われてしまいました(笑)。

世界中の女性たちが同じ立場に置かれている

―サラはキャリアを追求しつつも、母親であり、そして女性らしさも持っている人物ですが、多くの女性がそうありたいと願いつつも、うまくいかずに悩んでいるのが現実です。フランスの女性たちも、同じような思いを抱えていますか?

監督 フランスに限らず、世界中の多くの女性たちが同じ立場に置かれていると思います。実際、この映画が公開されてから、いろいろな国の女性たちと会いましたが、話をするなかでたくさんの共通点があることに気がつきました。

たとえば、ドイツでは子どもを置いて仕事に行く女性のことを“カラスのお母さん”と呼んでいると聞きましたが、そこには早くに子どもを巣から追い出してあまり世話をしないカラスの習性になぞらえて、非難する意味が込められているそうです。女性宇宙飛行士は全体の10%くらいしかいませんが、あくまでもこれもひとつの象徴であって、ほかの職業でも同じような状況がまだまだあると感じています。

―この作品に取り組み始めたとき、「サラのキャラクターならレズビアンしかいない」と言われたこともあったそうですね。制作過程で、そういった社会の偏見を感じることもありましたか?

監督 そういうことを感じていたからこそ、映画の最後に女性宇宙飛行士たちの写真をたくさん載せることにしました。それらはいままでの公式写真では出ていないものばかりなので、見たことがない人が多いと思いますが、これが彼女たちの本来の姿なんですよ。

また、劇中では生理に関する話も出てきますが、女性には毎月あって生活の一部なのに、どこか話してはいけない話題のようになっていますよね。でも、そろそろ女性の“普通の生活”を映画でも描いていいのではないかと思って入れました。

坂本龍一さんが引き受けてくれたのは名誉なこと

―音楽についてもおうかがいしますが、今回は坂本龍一さんにお願いされています。そのいきさつについて教えてください。

監督 宇宙といえばスタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』のようなクラシック音楽のイメージが強いですが、坂本さんが『Ryuichi Sakamoto: CODA』というドキュメンタリーで地球が奏でる自然の音を捉えている姿を見て、すごく繊細な音を駆使して音楽を作る方だと思いました。この映画には、力強いけど絶妙な調子がある音楽がいいと感じていたので、坂本さんにお願いできたらいいなと。

まずは、坂本さんにシナリオを送りましたが、それはまるでボトルに入れたメッセージを海に流すような気分でしたね。でも、シナリオを気に入って受けてくださって、本当に名誉なことだと感じています。実際、非常にすばらしい音楽を作っていただきました。

―坂本さんは、監督も主演も物語も女性が主体の作品ということもサポートしたい理由だったとお話されています。実際に、坂本さんとお仕事されてみていかがでしたか?

監督 作業をしていたのはコロナ禍の前でしたが、坂本さんは日本にいたり、ニューヨークにいたりと忙しくされていたので、直接会うことはできず、まるでコロナ禍のようなオンラインだけでのやりとりが続きました。

坂本さんほど有名な方だったら、造作なく作り上げてしまうと思う方もいるかもしれませんが、映像もしっかりと見たうえで、とても熱心に一生懸命考えてくださいました。メールにいたっては、100通以上になっていたくらいですから。ご一緒できて、本当に幸せでした。今後、ほかの日本人アーティストの方々とも仕事ができればいいなと思っています。

完璧を目指すよりも、夢を叶えてほしい

―日本にもサラのような葛藤を抱えている女性は多いので、監督からアドバイスをお願いします。

監督 いまは、「完璧でなければいけない」という理想が多くの女性に重くのしかかっていると思いますが、先ほども言ったように完璧な母親も完璧な宇宙飛行士いないので、完璧を目指す必要はありません。

この作品の原題である「Proxima(プロキシマ)」にはスペイン語で「次」という意味がありますが、私は次の世代のためにもこの作品を作りました。私たちの世代は、親から「完璧な母親になれ」と教えられてきたかもしれません。でも、私はそれよりも「自分がやりたいことや夢を叶えるために生きなさい」と伝えたいですし、みなさんにもそのことについて考えてほしいと思っています。

仕事も家庭も持っている女性は忙しくて、この作品を観に劇場に行く時間がないのではないかと心配ですが、ぜひ家族やお子さんと一緒に観ていただけたらうれしいです。

女性の可能性は宇宙のように無限に広がっている!

さまざまなプレッシャーと戦いながら日々を暮らす女性たちの背中を押しつつ、追い詰められた心を解放してくれる本作。自分の夢を追い求めることの大切さとともに、そばで支えてくれる人との絆の強さを改めて実感するはずです。


取材、文・志村昌美

心を動かす予告編はこちら!

作品情報

『約束の宇宙(そら)』
4 月 16 日(金)、TOHO シネマズ シャンテほか全国ロードショー!
配給:ツイン
http://yakusokunosora.com/

©Carole BETHUEL ⒸDHARAMSALA & DARIUS FILMS