志村 昌美

自閉症の息子と父親が命令無視で逃避行…金もあてもない旅で見つけた答え

2021.3.24
卒業シーズンでもある3月は、別れと旅立ちの季節。過去を振り返り、いろんな思い出に浸っている人も多いのでは? そこで、そんな心境のときにぴったりの注目作がまもなく公開を迎えます。今回オススメしたい珠玉の1本とは……。

『旅立つ息子へ』

【映画、ときどき私】 vol. 367

ひとり息子のウリと 2 人で、田舎町にのんびりと暮らしていたアハロン。自閉症スペクトラムを抱えているウリのために、グラフィックデザイナーとしてのキャリアを捨てて、子育てに全人生を捧げてきた。体は大人でも中身は子どものウリ。こだわりが強く世話は焼けるが、息子と過ごす時間は、アハロンにとってかけがえのない幸せな時間だった。

しかし、別居中の妻は、過保護なアハロンの方針に大反対。ウリの自立をサポートするために、全寮制の特別支援施設への入居手続きを進めていた。裁判所の決定に逆らえないアハロンは、喪失感を飲み込んで、息子を施設へと連れていくことになる。しかし、予想外の出来事が起き、2人はあてもない逃避行の旅へと出ることに……。

本国イスラエルのアカデミー賞では主要賞を総ナメにし、世界各国のさまざまな映画祭でも喝采を浴びている本作。ある父親と息子の実話を基に描かれた感動のストーリーとなっています。そこで、今回はこちらの方にお話をうかがってきました。

ニル・ベルグマン監督

イスラエルを代表する映像作家のひとりとして知られているベルグマン監督。東京国際映画祭では、史上初にして唯一となる 2 度のグランプリ受賞の快挙を成し遂げており、注目を集めています。そこで本作を通じて監督自身がたどりついた思いや日本での思い出などについて語っていただきました。

―映画にはモデルがいるそうですが、どのようなきっかけでこの作品が生まれたのでしょうか?

監督 自閉症の弟を持つ脚本家のダナ・イディシスが、あるとき「弟と父親が別れることになったらどうなるだろう」と思いを巡らせたことが最初。その疑問を核にして、彼女と 2 人で脚本を書き始めました。感情豊かな登場人物の関係は、実際にダナの弟と父親をモデルにしています。

本作で描かれているのは、自閉症スペクトラムの息子とウリを育てる父親のアハロンとの関係。でも、僕はシンプルに“父親”を描いた作品と考えています。僕自身、初めて父親になった日に息子を見て、心が震えた経験があるからです。この子は世界で一番おだやかで優しく、壊れやすい存在なんだと。アハロンも僕と同じように、危険な世界からこの子を守れるだろうかと考えたはずです。ただ、アハロンの場合は、息子を守ることだけに目が向いていてしまい、息子の成長に気づいていないところがありますよね。

―ウリとアハロンを演じたおふたりの演技も、非常に素晴らしかったです。どのようにしてキャスティングしたのでしょうか?

監督 ウリ役には無名の俳優を、と決めていましたが、ノアム・インベルは一次オーディションから光っていましたね。彼本来の魅力はもちろん、素晴らしい演技力に感動しました。あとで知ったのは、ノアムの父が自閉症スペクトラムを抱える若者の施設のマネージャーで、彼自身も施設の友達に囲まれた環境で育ったこと。彼のバックグラウンドがウリを演じることにも、大いに役立っていたと思います。

父親のアハロン役に関してはいろいろな候補がいましたが、親子役のマッチングを試していたら、シャイ・アヴィヴィとノアムの間に美しい絆が生まれた瞬間が見えたのです。すぐに父役はシャイに演じてもらうことに決めました。

自閉症の施設を訪れるなかで、特別な時間を過ごせた

―今回、構想から完成までは6 年ほどかかり、特に資金調達に時間がかかったそうですが、テーマとして難しいと思われていたのか、何か理由があったのでしょうか?

監督 おそらくそういう部分もあったかもしれないですが、おもな理由としては2つありました。まずは、たまたまこの作品以外にも、映画基金の助成金を受けている特別支援の作品が2本あったこと。それによって、僕たちの作品が待たなければいけないという状況にあったからです。

2つ目は、イスラエルの場合、国の助成金に頼った映画作りをしていることも大きく影響しています。なぜなら援助が受けられるのは、1年に8本だけにもかかわらず、その枠を狙って応募する脚本や企画は100本以上。非常にハードルが高いんです。しかも、審査を担当してる3名が満場一致でないと支援を受けることができないというのも大きいですね。そういったこともあり、いい脚本にするために、かなり時間をかけました。

―なるほど。背景には、イスラエル映画業界の厳しい事情もあるのですね。

監督 そうなんですよ。審査に通るのは本当に難しいことなので、申請をする人たちはみんな「これが決まればバラ色の人生が始まるよ」なんて冗談を言い合っているくらいです(笑)。

―制作の前には自閉症の若者たちの施設を訪問したということですが、そのときの様子を教えてください。

監督 今回は、事前にウリ役のノアムと一緒にいくつかの施設を訪れ、自閉症の方々と一緒に遊んだり、仕事をしたりして時間を過ごしました。そのなかでも特に印象的だったのは、村のようになっている施設。そこは本当に特別でしたね。

―ほかとは何が違ったのでしょうか?

監督 施設のなかにはいろいろな工場があるので、ワインを作ったり、農業をしたり、といった具合にみんなが仕事をできる場所にもなっていたのです。社会のなかにこういう場所を作ることはすごくいいことだなと思いました。

そのほかに感じたことは、そういった施設に従事している先生方が本当に素晴らしいということでした。すごく忍耐がいる仕事なので、誰もができることではないですし、決して簡単なことではありませんよね。ちなみに、いまノアムは自閉症の施設でボランティアをしているようですが、彼もまたそういった寛大な心を持っている青年なんですよ。

自閉症のいろいろな側面をこの映画で描いている

―実際に彼らと向き合ってみて、新たな発見などもありましたか?

監督 今回のことで僕が理解したのは、ひと言で「自閉症」といっても、みなさん本当にそれぞれ違うということ。つまり、それぞれ違う人間であり、それぞれの形でユニークなんですよね。だから、人に合った接し方や治療法があるんだと知りました。そして、彼らは親やガイドの人たちから、いかに愛されているかということも感じたので、そういった部分もこの映画では表現しています。

もしこの映画を観たあとに、街のなかや電車で自閉症のお子さんと親御さんを見かけることがあったら、そういうことをみなさんにも考えていただけたらいいなと。彼らと交流する際に、怖がることなくコンタクトを取ってもらえたらと思います。

―監督はご自身で、「この映画には日本的なものを感じてもらえるはず」とコメントされているようですが、日本の映画などから影響を受けていることもありますか?

監督 僕は日本映画が大好きで、小津安二郎や黒澤明といった名匠はもちろん、近年も尊敬する素晴らしい監督の作品をいつも追いかけています。たとえば、滝田洋二郎、北野武、そして是枝裕和などですね。

イスラエルで作品が配給されている日本人監督はほんの一部に過ぎませんが、みなさんを尊敬しています。実は、イスラエルで最も有名な映画評論家の ひとりから、本作と是枝監督の作品とを比較され、とても誇りに思ったこともありました。私は現在、エルサレムのサム・スピーゲル学校で教壇に立っていますが、伊丹十三監督の『タンポポ』の1シーンを学生たちに見せるのが大好きなんですよ。

―監督は何度か日本にいらっしゃったこともあるということですが、そのなかで忘れられないエピソードがあれば、教えてください。

監督 東京国際映画祭では 2 度もグランプリをいただいたことがありますし、日本には本当に素晴らしい記憶がいっぱいありますよ。たとえば、2010年に来日したときは3人目の子どもがまだ1歳半くらいで、ベビーカーで美しい日本の街並みを歩いたことが印象的でした。

さらに前にさかのぼると、2002年にも行ったこともありますが、当時は妻が双子を妊娠していたことも思い出されます。あと、そのときのおもしろかったエピソードがひとつありますよ。

日本には忘れられない思い出がたくさんある

―何があったんでしょうか?

監督 ちょうど同じ時期に、トム・クルーズとスティーヴン・スピルバーグ監督が来日していたんです。それで、僕が街を歩いていたら、日本の方から「トム・クルーズですか?」と。なんと、トム・クルーズに間違えられてしまったんですよ(笑)! (当時の写真を見せながら)そのときは、こんなふうに髪の毛が長かったこともありますが、忘れられない思い出ですね。

―大スターに間違えられるとはすごいです(笑)

監督 あと、実は20代の前半には、日本で油絵を売る仕事もしていたので、セールスのための日本語を少し話せますし、数を数えたりもできるんですよ!

―監督にとって、日本は本当に縁のある国なんですね。それでは最後に、本作で描かれている親子関係についておうかがいします。監督自身も、息子と父親という両方の立場を経験されていますが、いい親子関係を築くために意識していることはありますか?

監督 それは大きな質問ですね。まず大切なのは、自分の親よりもいい親になろうとする努力じゃないかなと思います。それから、これは脚本を書いているときに僕自身も気がついたことですが、親というのは子どもに感情移入しすぎてしまって、自分が欲しているものと子どもが欲しているものを一緒にして混乱してしまうことがあるんです。でも、子どもにも自分の意思があるので、それを知ること、そして距離を持って子どもを見ることも大事だと思います。

2人の選んだ結末に、静かに心が震える!

誰にも切ることのできない親子の強い絆と、海のように深い愛情が共感を呼ぶ本作。そのいっぽうで、必ずやってくる“卒業”の瞬間に切なさを感じると同時に、どこか晴れやかさも感じられるはず。逃避行の先に見つけた新たな人生の旅路を歩み始める親子の姿に、込み上げる感動と豊かな気持ちを味わってみては?


取材、文・志村昌美

愛が詰まった予告編はこちら!

作品情報

『旅立つ息子へ』
3月26日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
配給:ロングライド
https://longride.jp/musukoe/

© 2020 Spiro Films LTD.