志村 昌美

「是枝裕和監督は素晴らしい」中国の若き才能が称賛する日本映画の底力

2021.2.9
毎日緊張感のある生活を強いられていると、映画館でゆっくりと作品の世界観に浸ってぜいたくな時間を過ごしたいと思う人も多いのでは? そこで、そんなときにオススメの映画をご紹介します。それは……。

話題作『春江水暖~しゅんこうすいだん』

【映画、ときどき私】 vol. 357

はるか昔から大河・富春江が流れる杭州市富陽区。ある日、グー家の家長である年老いた母の誕生日を祝うため、4人の兄弟や親戚が一同に顔を揃えていた。ところが、祝宴の最中に母が脳卒中で倒れてしまう。

母は介護が必要となるが、4人の息子と孫たちもさまざまな問題を抱えていた。再開発が進み、変わりゆく街のなかで、大家族はそれぞれの人生を歩み始めることに……。

2019年に行われた第72回カンヌ国際映画祭で批評家週間のクロージング作品に選出され、主要海外メディアでも高い評価を得ている本作。今回は、こちらの方にお話をうかがってきました。

グー・シャオガン監督

本作が長編デビューとなるシャオガン監督。国際的に話題となったこともあり、中国映画界の新たな才能として一躍注目を集める存在となっています。そこで、撮影の舞台裏や現代の中国における結婚観の違いなどについて語っていただきました。

―本作は2年もの時間をかけて撮影したそうですが、それが作品にどのような影響を与えていると感じていますか?

監督 この映画はこれだけ長い時間をかけたからこそ、いまの完成度に到達できたんだと思っています。僕にとって時間は、映画のなかでも重要なキャラクターのひとり。時間によって四季や街の様子、そしてキャラクターたちもどんどん変わっていきました。たとえば、劇中に妊娠している女性が登場しますが、それも撮影期間中に彼女が実際に妊娠したので、エピソードして盛り込むことにしたんです。

今回の映画は、僕にとっては初の劇映画であり、初めてクルーと一緒に作った映画なので、最初は何もわからないところから始まりました。でも、2年という時間をかけたおかげで監督としてのスキルが上がり、スタッフたちとの連携も研ぎ澄ませることができたと思います。長いマラソンを走っているようでしたが、区間をわけながら自分のペースで走りながら作っているような感覚でした。

出演者の親戚に怒られてばかりで、大変なこともあった

―もともと撮影は2年かけて行う予定だったのでしょうか?

監督 実は、最初は1年で撮ろうと思っていました。でも、いま考えれば、それも難しい目標だったかもしれません。というのも、この映画のテーマや出演者が素人であることなど、もろもろの要素が資金集めをするのには向いていない作品だからです。

なので、1年目はお金が足りなくなってしまって、知り合いに借金をしながらなんとかしましたが、撮影中はお金が使われるいっぽうですからね。撮りながらお金を集めるという自転車操業のような状況になってしまうこともありました。そこで仕方なく2年目に突入することになったんですが、時間をかけたおかげで台本を修正しながら撮影できたのはいま考えるとよかったことだと思います。

―キャストのみなさんは、ほとんどがご自身の親戚や友人だそうですね。見事な演技でしたが、俳優ではない彼らを演出するうえでの苦労もあったのでは?

監督 素人を演出するときに一番難しいことは、カメラに対する恐怖心を克服させること。僕の親戚も友人も撮影されるのは初めてだったので、最初は数十人に囲まれた状態で演技することがどうしてもできませんでした。コップ1杯の水を飲むことすらできないほど、はじめは緊張していましたから。それも、長い時間をかけて慣れてもらうしかありませんでした。

―そのほかにも、忘れられない出来事があれば教えてください。

監督 本当にいろいろなことがありました。よく見かけたものでおもしろかったのは、最初は緊張していた親戚や友人が慣れてくると、後から入ってくるキャストに対して演出をつけだして、助監督のようなアドバイスをしていたことですね(笑)。

あと、おじさんもおばさんも自分たちの仕事をしながらだったので、忙しければ遅れて来たり、気分が悪ければ現場に来なかったりするので、契約書を交わしてもそれ通りにいかないことはたくさんありました。でも、彼らは役者になりたいわけでも、この映画に出て有名になりたいわけでもなく、ただ甥っ子を助ける義理人情だけで出演してくれていましたから。なので、何度か彼らに叱られて大変なこともたくさんありました……。

伝統をいかに現代にとどめられるかを探求したかった

―ちなみに、どのようなことがあったのでしょうか?

監督 ひとつは、中秋節という伝統行事のシーンを撮ったときのこと。中国では家族団らんのお祝いごとなので、どういう装飾にしようかとスタッフたちと相談して、いろいろと準備を進めていました。いよいよ撮影の前日というときに、おばさんから僕に電話が入り、怒涛の勢いで罵倒され、何が何だかわからないまま怒られていたんです。

理由を聞いたら、あるスタッフが撮影をするおばさんの家に菊の花を置いていたことがわかりました。菊は中国でお葬式のときに使う花ということもあり、「中秋節にはとても縁起が悪い」と気分を害していたのです。ただ、中国のどこかの地方では中秋節に菊の花のお酒を飲む伝統があるらしく、それを聞いたスタッフが飾ろうとしたみたいですが、おばさんはものすごく怒っていましたね。急いで謝りに行き、機嫌を直してもらってなんとか次の日に撮影をしました。

そのほかにも、漁師のおじさんの船のライトをスタッフの誰かが壊してしまったときには、僕に電話がかかってきて、また怒られて、謝りに行って、ご機嫌を取るみたいなことを繰り返しましたが、撮影中はそんなことばかりでした(笑)。

―大変でしたね。今回は、ご自身の故郷の変化を目の当たりにしたことがきっかけでこの作品が生まれたそうですが、実際に大きな開発が人々にどのような変化を与えているとお感じですか? 

監督 僕がこの映画で目指そうとしていた大きなテーマというのは、「伝統的なものをいかに現代に残すか」ということ。でも、今回の再開発に関して、地元の人や僕は好意的に受けとめています。もちろん名残惜しさもありますが、貴重なものを取り壊したり、無駄に壊したりしているわけではなく、古い街並みをキレイにして、よりよい生活が送れるようにしようというものだからです。

ただ、この映画のなかでは、「伝統をいかに現代にとどめられるか」を探求していきたいという思いは、つねにスタッフと共有していた部分です。時代は進まざるを得ないですし、後戻りもできません。それどころかどんどん新しい技術が生まれて、それが未来へと繋がっていきますよね。AIやロボットによって、将来サイバーパンクみたいな世界になるかもしれませんが、そんな未来でもどうやって伝統を残せるかを僕は考えたいと思っています。

結婚観がいまでも保守的なことを不思議に感じていた

―監督にとって、伝統とは何ですか?

監督 伝統というのはお寺や古い建物など外側にだけあるものではなく、変わることのない人の心こそが“伝統の核心”だと考えています。たとえば、伝統のある古い建物のなかにいる人がスマホでSNSをやっていたら、それは伝統を体現しているとは言えませんよね?

それよりも、人がいかに伝統に想いをはせたり、古いものと自分とのつながりを感じたりする心のほうが大事なんじゃないかなと。社会も街も変化していきますが、人の心というのはそれほど変化しないものだし、いまも昔も変わらないと僕は思っています。

―劇中で描かれている世代ごとの結婚観への違いも、非常に興味深かったです。

監督 僕は映画のなかで3世代の違う結婚観や恋愛観を描きましたが、それがすべての中国人というわけではありません。ただ、典型的な人々を体現しているとは思っています。ちなみに、劇中で家族に反対される孫娘のグーシーの恋愛が出てきますが、あれは実際にグーシーの母親役を演じた僕のおばさんのエピソードを入れました。

つまり、僕のいとこのお姉さんが恋人と駆け落ちして何年間も親と不仲だった時期があったということです。いまは和解していますけどね。ただ、僕が生まれ育った杭州は上海から近くて、わりと文化的にも物質的にも豊かな地域なのに、結婚に関してはいまだに親が子どもの結婚をコントロールしようとするところがあると思います。

僕がずっと不思議に感じていたのは、中国は経済も発展していますし、どんどん新しくなっている国なのに、その部分だけはどうして古くて伝統的なんだろうかということ。北京に住んでいたときに、アート系のオープンマインドな友人がたくさんできましたが、そういった彼らの家でさえ結婚に関しては保守的な部分があり、疑問を抱いていたので、この映画ではそれを探求したいと思いました。実は、僕自身も恋人や結婚相手に対して、両親から口出しされた経験があるんですよ。

世代によって異なる愛を描いてみたかった

―親世代と若い世代の考え方の差が生まれる根本には、どのような理由があると感じていますか? 現代の中国における若者の結婚に対する考え方についても教えてください。

監督 反対されたり、ジャッジの基準となったりするのは、相手の経済的な問題ですね。この映画を撮っていて気がついたのは、親世代と僕ら世代の違いは時代背景に影響されているということ。いまの50~60代の人たちが生まれ育った時代はまだ文化大革命の頃で、毛沢東もいて、全体主義の社会で物質的にとても貧しかったのです。

大家族で物質的な豊かさを求めていて、そういうものを手に入れることがステータスでもあり、安心をもたらすものでもあったので、彼らにとっては精神的なものを追求することはそんなに大事ではありませんでした。生きるうえで重要だったのは、物質的なものを手にして、国を立派にすることでしたから。

それに比べて、いま若い人たちは、一人っ子政策によって大事に育てられ、豊かに発展した社会のなかで、物質的なものに安心感を求めることなく、精神的な追求のほうが大切になっていますよね。

そういった部分がいまの中国における世代間の違いを生んでいる理由だと感じました。だからこそ、世代によって異なる愛を描いてみたいというのも、この映画を作った核になっているとは思います。それは、かつておばあさんが経験した愛、4人兄弟それぞれの家族に対する愛、現代の若い恋人同士の愛とさまざまですが、考え方が違うとよいコミュニケーションが取れないことも今回は描きました。

日本には大好きな監督や作品がたくさんいる

―なるほど。また、監督は日本映画がお好きだと聞きました。影響を受けている監督や作品についても、教えてください。

監督 映画を観始めたときに岩井俊二監督の作品でおもしろさを知りましたが、ほかにも是枝裕和、橋口亮輔、藤井道人といったいまの監督から黒澤明、小津安二郎、溝口健二といった巨匠たち、あとは中島哲也やホラーの監督まで好きな日本の監督はたくさんいます。おそらく中国と地理的に近いこともあって、文化や美的感覚にしっくりくるものがあるのかなと。好きな作品もたくさんありますが、僕は家族をテーマにした作品からエネルギーやインスピレーションを受けることが多いですね。

昨年末に僕の住んでいる杭州で、山田洋次監督と是枝監督の上映会イベントが開催されていて、足を運んできました。その際、大晦日に改めて是枝監督の『歩いても 歩いても』を拝見しましたが、本当にすばらしくて感動したので、「この映画でパルム・ドールを獲ったほうがよかったんじゃないか」と思ったほど(笑)。

それくらい僕の一番好きな作品です。派手なストーリーではありませんが、撮るのが非常に上手でいらっしゃるのに、そういうテクニックを見せないところもすばらしくて尊敬できる監督だと感じました。

市井の人がおくる日常をリアルに感じられる

絵巻をじっくりと眺めるかのごとく、美しい四季の移り変わりを堪能できる本作。そのなかで必死に生きる人々の姿、そしてさまざまな愛のカタチに静かな感動が心のなかに広がるのを感じられるはずです。


取材、文・志村昌美

荘厳な予告編はこちら!

作品情報

『春江水暖~しゅんこうすいだん』
2月11日(木・祝)Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
配給:ムヴィオラ
http://www.moviola.jp/shunkosuidan/

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