志村 昌美

長澤まさみ「仲野太賀くんは年下の俳優で一番信頼している人」と語る理由

2021.2.9
2月もさまざまな話題作の公開が控えていますが、そのなかでもオススメの映画は、シカゴ国際映画祭で観客賞と最優秀演技賞の2冠に輝いた『すばらしき世界』。日本が誇る名優・役所広司さんと国内外で高く評価されている西川美和監督が初タッグを組んだことでも注目を集めている作品です。そこで、本作の魅力について、こちらの方々にお話をうかがってきました。

仲野太賀さん&長澤まさみさん

【映画、ときどき私】 vol. 356

劇中で仲野さんが演じたのは、罪を償って刑務所から出たばかりの男・三上に取材と称して近づいていくテレビマンの津乃田。そして、取材対象として三上におもしろさを感じ、言葉巧みに津乃田をそそのかすやり手プロデューサーの吉澤を長澤さんが演じています。今回は、本作の現場を通してお二人が得たものやお互いに対する思いについて、語っていただきました。

―まずは、この物語のどのあたりに惹かれたのかを教えてください。

仲野さん 脚本を最初に読んだとき、セリフも展開もすばらしい作品だなと思いました。西川監督の作品は、いつも人間がいかに複雑で、矛盾を抱えているかという多面的な描き方をされていますよね。それを今回も感じましたし、いまの僕たちが日常生活で身につまされることもテーマにしているので、それをこのタイミングで西川監督が撮るということにものすごく意義があると思いました。

長澤さん 私も生きているなかで時代の移り変わりというのを感じていますが、そのなかですごく疑問に思っていたのは、時代の流れに合わせて人が変化していくことがはたして常識なのか、正義なのか、ということ。この作品にはそういうことが詰まっているので、すごくいい作品だなと思いました。

それでいて、登場人物たちが持つ人間味がすごくリアル。そういったところにも心を動かされましたが、取ってつけたような価値観ではないので、そのあたりも共感できたところです。作品を観終わったあとにはちゃんと問いが生まれますし、満たされて温かい気持ちにもなりました。それくらい自分のなかに残る作品になったという印象です。

意識したのは、観客と映画の“橋渡し”になること

―仲野さんは撮影前に監督といろいろディスカッションをされたそうですが、どのようなことを意識して演じられたのでしょうか?

仲野さん お話をいただいたときから西川監督に言われていたのは、「津乃田は一番共感性の高い役だから、観客とこの映画の“橋渡し”になってほしい」ということ。僕が求められていたのは、津乃田に寄り添いながら、三上と観客に向き合い、そのうえで俗っぽさを出すことでした。三上がいろいろな表情を見せてくれるので、津乃田としてそれにどうリアクションしていくのか、という部分は大事にしたところです。

―監督が長澤さんにオファーした理由について、「きれいな女優さんはヒール役を受け入れるのに時間がかかるが、いまの長澤さんならこれくらいの悪役は跳ね返してくれると思ったから」とコメントされています。ご自身ではそういう感覚はありましたか?

長澤さん 吉澤のように自分の性を仕事でうまく使うというのも、ひとつの知恵かもしれませんが、彼女の根本にあるのは「一番いいネタを持っていこう」という熱意。なので、あえて悪く演じるのではなく、とにかく仕事にまっとうしている人ということを意識しました。

あとは、監督に求められていることに応えたいという気持ちが強かったですね。現場でも細かく足したり引いたりする提案をしてくださったので、それがおもしろくて、監督がおっしゃる通りにがんばろうという思いで現場に挑みました。

太賀くんの表情がステキすぎて、いまでも忘れられない

―仲野さんは、「あと15回くらい津乃田を演じたい」とおっしゃっていると聞きました。それほど今回の現場が充実していたということだと思いますが、西川組の魅力はどのようなところですか?

仲野さん ワンシーンを撮ることの丁寧さも、一日一日を過ごすことの丁寧さもそうですけど、西川組は時間の流れ方が全然違うんですよね。それは監督がものすごく時間をかけて入念な準備をしていて、それでいざ撮影という感じなので、スタッフのみなさんもそれをわかったうえで現場に入っているからだと思います。それくらい作り込みの丁寧さが違うのかなと。

今回は撮影監督の笠松則通さんをはじめ、これまで日本映画をずっと支えてきた超一流の方々ばかりがそろっていたので、僕にとっては“日本映画の聖域”のような現場でもありました。そこにいられるだけで幸せだったので、あと15回とは言いましたが、正直あと30回は演じたいですね(笑)。

長澤さん 私が太賀くんをすごいなと思ったのは、三上が若者のことを叱って喧嘩になるシーンの撮影が終わったあと。現場と支度場所が遠かったこともあって、車が来るのを待ってたんですけど、そのときにすごくうれしそうに達成感に満ちあふれた顔をしていたんです。それを見て、「本当に映画を愛している人なんだな」と思いましたし、「これから映画界を担っていく人になるんだな」とも感じました。

太賀くんは今回もちゃんと現場の一員になっていましたけど、それは太賀くんがしっかり努力してそこに追いついているから。そういうたたずまいが本当にステキだなと思って、ずっと見ていました。少年のようでも大人のようでもあるその表情があまりにもよかったので、いまでも忘れられません。

西川監督からは、俳優に対する深い愛情を感じられた

―その様子を長澤さんに見られていたことはご存じでしたか?

仲野さん 全然自覚はなかったですけど、喜びと充実感が出ちゃってたんですね(笑)。おそらくそれは、スタッフやキャストのみなさんがこれまで自分が影響を受けてきた憧れの方々だったので、その場所に自分が携われている喜びもあったんだと思います。

長澤さん あんな顔、本当にいままで見たことなかったよ。

仲野さん そうですか(笑)? でも、そういうふうにいられたのも、やっぱり西川組のすごさかなと。なぜなら僕の肌感として、“自分の居場所”をみなさんがちゃんと作ってくださっていたからです。「ここにいていいんだよ」と託してくださっているというか、受け入れてくださっている懐の深さみたいなものを現場で感じることができました。

―では、長澤さんにとっての西川組とは?

長澤さん 西川監督は自分の作品に出ている俳優に対して、とても深い愛情を持ってくださるので、すごく大切にされている感じがあってうれしかったです。もちろん、がんばらなくちゃという責任もありましたが、そういう監督の愛をいただけたのも、西川監督の現場の好きなところでした。

長澤さんは、心が温かくて尊敬できる人

―お二人はこれまでも共演経験がありますが、お互いのことをどのように思っているのかを教えてください。

長澤さん 私は太賀くんに信頼しかないですね。

仲野さん うれしいですね(照)。

長澤さん 本当に、年下の俳優さんで一番信頼している人なので、一緒にお芝居するのも楽しいし、太賀くんの作品を観るのも楽しみなんですよ。だから、「太賀くん、どんどんいっちゃってー!」って感じです(笑)。

今回、西川監督も陰で「太賀くん、いいよね」とずっと言ってましたから。太賀くんは本当にそれくらい愛される人なんですよ。以前一緒に共演した佐藤二朗さんも、山田孝之くんも同じことを言っていましたが、太賀くんを嫌いになる先輩俳優はいないと思います。

仲野さん いやー、本当にうれしいです!

長澤さん やっぱり人間性もいいんだと思います。仕事ができるのは、見ての通りみんなわかってますからね。本当にいい子なんですよ。

仲野さん ありがとうございます! 僕が長澤さんと初めてちゃんとお芝居をさせてもらったのは、映画『50回目のファーストキス』での姉弟役だったんですけど、最初に対面したときに、絶大な懐の深さみたいなのを感じたんですよね。「おっ! 弟が来たな!」みたいな。

長澤さん ちょっと、それじゃあ、おっさんみたいじゃない?

仲野さん (笑)。でも、本当にそんなふうに受け入れてくれたのがすごく印象深くて。それは言葉とか態度とかではなく、心をバンッと開いてくれた感じがしたんですよね。それ以来、ご一緒させていただくことも続いているので、ご縁もある方だなと。

長澤さんが僕のことを肯定してくださっているのが伝わってくるので、僕も年上の女優さんのなかで一番信頼しています。距離も近いと勝手に感じていますが、長澤まさみさんといえば超トップランナーでもありますから、そういう尊敬もありながらどこまで心の温かい人なんだろうと思って、いつも感謝しかありません。

長澤さん ありがとう!

役所さんの姿から、学ぶことはたくさんあった

―では、主演の役所広司さんとご一緒されてみて、役者として、人として感じた役所さんの魅力やすごさを目の当たりにした瞬間があれば、教えてください。

仲野さん 役所さんを語るには、まず僕自身が持ち合わせている言葉では足りなすぎるんですよね。それくらい偉大な方だと思っています。日本映画の大黒柱でもあるので、偉大すぎて恐れ多かったです。

今回、役所さんが演じられた三上のなかには、喜びも悲しみも怒りも寂しさも全部入っていて、それがいくつも重なっている魅力的な人物でしたが、役所さんが演じることによって、人間の奥深さや複雑さが表現されていると感じられました。本当に役所さんは底知れないというか、僕にとっては背中が大きすぎる方です。

長澤さん 大半の人は役所さんに緊張してしまうと思うんですけど、それは決して役所さんが威圧的ということではなくて、私たちが勝手に役所さんにたじろいでしまうだけなんですよね。役所さんは若手にもすごく気を遣ってくださったので、私も緊張感に負けないようにがんばらなきゃと思いながら向き合いました。それでもやっぱり緊張してしまう自分がいて、そういう葛藤が生まれてしまう難しさはあったと思います。

でも、役を体現されている先輩の姿を見て、教えられることはたくさんありました。学びをくださるとても優しい先輩でもあるので、次に共演させていただくときは緊張せずにのびのびとできたらいいなと思っています。

私は数日しかご一緒できませんでしたが、その空気を味わえただけでもよかったですし、役所さんの現場でのあり方はシンプルで、向き合い方も画面に出るものだと改めて気づかされました。

自分を見つめ直すことで、幸せの価値が変わった

―この作品を撮影していた2年ほど前と現在とでは、世界も一変してしまいましたが、お二人が考える“すばらしき世界”に必要なものは何だと思いますか?

仲野さん そもそも僕は欲深い人間なので、「あれがほしい」「これがほしい」「もっとこうありたい」と言っては自分の首を絞めたり、人に当たってしまったりすることが普通にありました。でも、自分の生活を一回見直したときに、「僕は自分が思っている以上にモノを持っているぞ」と。そのときにこの世界がすばらしいと言えるほどのものが、実は身の回りにはけっこうあるんだということに気づかされました。

―こういう状況に陥ったからこそ、そう考えるようになったということですか?

仲野さん コロナだけではなくて、いろいろな映画を観ても気づいたことですね。そう思うようになってからは、「いまあるモノにもっと幸せの価値を見いだせたらいいな」と考えています。モノでも人でも何でもいいと思いますが、そうしたほうがいまの時代は幸せになれるんじゃないかなと思うようになりました。

それはこの映画で描かれていることにも通じていますが、自分のことを見つめ直すと、意外とそこには“すばらしき世界”があるんじゃないかなと。それまでは新しいことやもっとすごいことをしたいと必死になっていましたけど、その歩みが一回止まったときに、「いや、待てよ。いまだって十分に幸せじゃないか」という気づきを得られたんだと思います。それもあって、最近は身近なところに目を向けてみようというマインドになってきている気がしますね。

一生懸命がんばって生きることほど楽しいことはない

―長澤さんも心境の変化はありましたか?

長澤さん 私も「満たされていることはみんな知っていたのに、忘れていたんだな」ということに気づかされることはたくさんありました。あと、これは年々感じていることですが、「真剣に一生懸命がんばって生きることほど楽しいことはない」ということですね。ただ、私は器用なほうではないので、いつも必死なんですけど、それをこれからも続けていきたいですし、感情的な部分を大事にしていきたいです。

今回の現場で役所さんや太賀くんを見て思ったことでもありますが、自分が決めたことに対して一生懸命向き合って、チャレンジ精神を持って前に進んでいる人は魅力的ですから。手を抜くことは簡単にできますけど、私はその先にある自分の感情というか、値のつかないものに対する欲が高まっているので、そうやって自分の可能性を伸ばしていきたいなと思います。

インタビューを終えてみて……。

相手への信頼感と尊敬、そして仲の良さがこちらにも伝わってくる仲野さんと長澤さん。若手のなかでもいまや日本映画界に欠かせない存在であるお二人から語られるお話は、どれも興味深いものばかりで引き込まれてしまいました。そんなお二人が愛した現場で生まれた傑作をみなさんもぜひ映画館でご覧ください。

魂が震え、込み上げる感情を抑えられない

実在した男をモデルに、社会が抱える不寛容さや生きるとは何かに迫っている本作。葛藤を抱え、生きづらさを覚えている人も多い現代だからこそ、不器用ながらもまっすぐ生きようとする三上とそんな男を囲む人々の姿には誰もが大きく心を揺さぶられるはず。自分にとっての“すばらしき世界”を知り、さまざまな問いと向き合うためにも、まさにいま観るべき1本です。


写真・北尾渉(仲野太賀・長澤まさみ) 取材、文・志村昌美
仲野太賀 スタイリスト:石井大/ヘアメイク:高橋将氣
長澤まさみ スタイリスト:Makiko Gibson Miura /ヘアメイク:小澤麻衣(mod's hair)
Outfit credits ストライプシャツ¥32,000、ジャンプスーツ¥49,000 MEIMEIJ(エスケーシー 06-6245-3171)ブレスレット¥33,000、リング¥16,000(共にFLYNK/WORLD STYLING 03-6804-1554)シューズ ¥79,000(セルジオ ロッシ/セルジオ ロッシ カスタマーサービス 0570-016600)

ストーリー

下町の片隅にひとりで暮らしている三上は、強面で短気だが、まっすぐで優しく、困っている人を放っておけない男だった。人生の大半を刑務所で過ごしてきた元殺人犯でもある三上は、13年ぶりに出所。社会のレールから外れながらも、何とかまっとうに生きようと悪戦苦闘していた。

そんな三上を番組のネタにしようと近づいてきたのは、若手テレビマンの津乃田とプロデューサーの吉澤。ところが、三上の壮絶な過去と現在の姿を追ううちに、津乃田は思いがけないものを目撃してしまうことに……。

心に訴えかける予告編はこちら!

作品情報

『すばらしき世界』
2 月 11 日(木・祝)全国公開
配給:ワーナー・ブラザース映画
https://wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai/

©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会