志村 昌美

暴力的な夫から幼子を連れて逃げた先に…被害女性が決意したこと

2020.12.10
2020年を振り返ると、人と人の絆や幸せとは何かについて考えて過ごす時間が増えたという人も多いはず。そこで、今回ご紹介する映画は、そんな思いを抱えてきた人たちにオススメしたい話題作です。それは……。

『ニューヨーク 親切なロシア料理店』

【映画、ときどき私】 vol. 349

商売下手なオーナーのせいで、経営が傾いていたニューヨークのマンハッタンにあるロシア料理店『ウィンター・パレス』。店を立て直すためにマネージャーとしてスカウトされたのは、刑務所から出所したばかりの謎だらけの男マークだった。

常連のひとりとして店にやってきたのは、看護師のアリス。恋人に裏切られて以来、救急病棟の激務に加え「赦しの会」というセラピーを開き、他人のためだけに生きる変わり者だったが、そんな彼女をワケありの過去を抱えた者たちが慕っていた。

また別の日に、店に飛び込んできたのは、幼い2人の息子を連れて、夫から逃げてきたクララ。無一文で寝る場所もないクララに、アリスやマークたちが救いの手を差し伸べることに。ところが、ある事件から夫に居場所を知られてしまい、クララは追い詰められてしまう。そんななか、クララはみなから受け取った優しさを力に変えて、現実に立ち向かうことを決意するのだった……。

2019年のベルリン国際映画祭ではコンペティション部門でオープニング作品に選ばれ、注目を集めた本作。そこで、こちらの方に見どころなどについてお話をうかがってきました。

ロネ・シェルフィグ監督

これまでに『17歳の肖像』でアカデミー賞3部門にノミネートされるなど、デンマークを代表する女性監督として高く評価されているシェルフィグ監督。今回は、本作に込めた思いや困難な時代を生きる悩める人たちへ伝えたいことなどについて語っていただきました。

―「この作品はずっと描きたいと思っていた物語を組み合わせたもの」ということですが、どのようにひとつの作品に組み立てていったのかを教えてください。

監督 まずキャラクターに関しては、私の過去の作品である『幸せになるためのイタリア語講座』に出ていた人物がふと出てきたりしているところもあるので、ほかの作品のキャラクターが混ぜ込まれているようなところはありました。たとえて言うなら、いろいろなキャラクターが子ども用の電車に乗っていて、それが同じ線路のうえを走っているような感じに近いかもしれませんね。

なかでも心がけていたのは、クララがほかの人たちの物語における最良な部分を引き出してくれるようにすることでした。

―監督自身の経験が反映されているキャラクターもいますか? 

監督 自分が投影されているというのはなかったですね。というのも、私の人生はそれほどドラマティックではありませんから(笑)。ただ、私のなかにある要素が少しずつ大きくなってそれぞれのキャラクターに表れている部分はあったと思います。

―主要な人物が多く、ストーリーも複雑に絡み合っているところもありましたが、脚本を作るうえで苦労したのは?

監督 一番難しかった点は、クララの小さい息子に起きるあることの結末をどうするかということでした。最初は、映画で描いたのとは逆の展開を考えていましたが、子役の少年が決まったときに彼を見て、「自分が思っていた結末を彼には迎えさせられない」と感じたので、いまの形にしようと決めました。

人生には楽しいことが待ち受けていると感じてほしい

―物語においても重要なシーンなので注目ですね。ananweb読者はクララやアリスと近い年代の女性たちが多いので、彼女たちに共感する読者も多いと思います。この2人の人物像を描くうえで意識したことはありますか?

監督 アリスはほかの人にいろいろなものを与えていきたいタイプの人であると同時に、本当は怖がりで他人を必要としているとても孤独な女性。そしてクララもまた、同じように孤独を抱えているひとりであるという部分は描きたいと思いました。

―ちなみに、彼女たちにモデルはいますか?

監督 場所は秘密ですが、クララに関しては虐待を受けている女性たちがいる施設に行って話を聞き、リサーチをしました。そういった女性たちに見られるパターンのようなものを取り入れたうえで、クララを演じたゾーイ・カザンのイメージに合わせて作り上げています。

クララには友達も愛する人も何もない状況ではありますが、いろいろな素晴らしいことが彼女の人生で起きていて、これからも楽しいことが待ち受けているんだ、ということを示唆したいと思いました。そして、いまの出来事はあくまでも人生においてはチャプターのひとつにすぎないのだということです。

―いっぽうのアリスは、仕事に追われている現代の女性たちのイメージに近いように感じました。彼女にはどんな思いを込めていますか?

監督 ニューヨークのような大都市には男性が作った社会のなかで、一生懸命働いている女性たちがいますが、彼女たちはまるでマシンに燃料を投じている感じですよね。アリスもそういうなかで奮闘している女性たちのイメージを込めました。そして、私からすると、タイムレスな信頼関係を持てる人物でもあります。

いま必要なのは他人に耳をかたむけること

―また、本作では家庭内のDVや貧困、ハラスメントといった現代社会にある問題を描いています。こういったテーマにしようと思ったのはなぜですか? 

監督 特に何かきっかけがあったわけではありませんが、普段外に出るとふとしたときにそういう問題を抱えている女性を見かけることがあります。私自身は、彼女たちに直接手を差し伸べることができるタイプではありません。ただ、つねにいろいろなことに対して目を向けるようにはしているので、よりよい世界を作れたらいいなという思いでこの物語を提示しています。

―人生は他人との関わりや優しさによって大きく動いていくものだと改めて感じましたが、監督ご自身も他人に救われた経験がありますか?

監督 一番近い経験を挙げるとすれば、病院に行ったときに自分の状況を理解して、助けてくれるアリスのような人に出会って感銘を受けたことですね。なぜなら、彼らは自分自身に対する執着よりも他人を助けることに力を注いでいるからです。

それはコロナ禍でも顕著になっていると思いますが、医療関係者のみなさんはたとえお金がたくさん稼げなかったとしても、こういう状況に身を投じることができる人たちなんだと思います。この映画のなかでも、物質的な欲などは関係なく人に手を差し伸べられる人たちの姿を多く描きました。

―特にいまの時期は、劇中のキャラクターたちのように生きづらさを感じている人も増えていると思います。そういう人たちとどう向き合っていけばいいと思いますか?

監督 必要なのは、時間をかけて耳を傾けてあげること。ただそこにいる、というだけでも大事だと思います。私個人は、いろいろなものを修正したくなったり、アドバイスをたくさん差し出して問題解決をしたくなったりするタイプの人間なんですが、いまこの質問の答えを考えながら、大切なのはそういうことじゃないんだということに改めて気づかされました。

私の母は私とは反対によく話を聞いてくれる人なので、思っていることを話しているうちにいつの間にか問題が解消されていたということも。もしかしたら、いまは母のような存在が必要なのかもしれません。

お互いを理解し、共有することが大事

―この作品では見ず知らずの人間同士が支え合う姿も印象的ですが、コロナ禍以降、他人との距離が遠くなってしまったように感じています。そんななかでも私たちが人と向き合ううえで忘れてはいけないことは何でしょうか?

監督 今回のことで、人と接することがどれだけ自分にとって大切かということをみなさんもおわかりになったと思います。デンマークでは人と会ったときにお互いよく触れ合う習慣があるので、私たちもそういったことを痛感するようになりました。

どうするべきかは私もうまく言えませんが、やはりいろいろなことをみんなで共有しあっていくことが重要だと感じています。つまりお互いのことをより理解し合い、一緒にいることをより楽しむということです。今回の経験で、孤独がどういうものかはよくわかったと思うので、そういったことも踏まえて、これから動き出せるのではないでしょうか。

―そのなかで、映画ができることも考えていらっしゃいますか?

監督 そうですね。特に、映画館は今後多くの人にとってより大事な場所になってくる可能性があると感じています。なぜなら、同じスクリーンを見て、一緒に笑い合ったりできる体験をもたらしてくるものだからです。最近、デンマークでは、自分の閉じたサークルのなかにこもるのではなく、少しでもその外側にいる人たちと知り合うことで何かをもたらせるのではないかと考えられるようになっており、そういったことも大切だというふうに言われるようになりました。

近くに誰かいてくれることだけでなく、目の前の相手といることをちゃんとエンジョイすることがとても大事だと思います。そういう意味でも、問題はいまの状況よりもこの先のことかもしれないと考え始めているところです。

誰の心にもそっと寄り添ってくれる!

人から与えられる優しさや日常にある小さな希望の光に触れ、心が温かくなるのを感じられる本作。先が見えない不安を抱えながら過ごしているときだからこそ、主人公たちの痛みや孤独には共感せずにはいられないはず。年末に差し掛かっているいま、人生の新しいチャプターを迎える前に観たい1本です。


取材、文・志村昌美

胸を打つ予告編はこちら!

作品情報

『ニューヨーク 親切なロシア料理店』
12月11日(金)よりシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
配給:セテラ・インターナショナル
© 2019 CREATIVE ALLIANCE LIVS/RTR 2016 ONTARIO INC. All rights reserved
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