志村 昌美

蒼井優のある姿を見て…感極まった宮藤官九郎に監督が共感したワケ

2020.11.5
ベストセラーの漫画や小説の映画化作品が人気を博していますが、この秋注目したい1本は、芥川賞と文藝賞をW受賞した小説を映画化した『おらおらでひとりいぐも』。東北弁のタイトルに込められているのは、「私は私らしく一人で生きていく」という意味ですが、本作では75歳でひとり暮らしをすることになった桃子さんが孤独な生活のなかで、“新たな世界”を見つけていくまでが描かれています。そこで、こちらの方々に本作の見どころについて、お話をうかがってきました。

沖田修一監督&原作者の若竹千佐子さん

【映画、ときどき私】 vol. 337

今回、斬新な演出で見事に映像化を実現させたのは、『南極料理人』などで知られる沖田修一監督(写真・左)。そして、55歳で夫を亡くしたあと、主婦業をしながら小説講座に通い、63歳で作家デビューを果たしたという異色の経歴でも話題となっているのが原作者の若竹千佐子さん(同・右)です。そんなお二人に、多くの共感を呼んだ本作の魅力や観客へ伝えたい思いなどについて、語っていただきました。

―監督は原作を読まれたとき、どういった映画にしたいと思われましたか?

監督 まずは、主人公の抱える寂しさや自己葛藤みたいなところをうまく映画にできたらいいなということを考えました。

―そういった心の声を原作では“柔毛突起”として表現されていますが、映画では“寂しさ”として擬人化されていますよね。

監督 最初に頭に浮かんだのは、「もしこれを映像にしようとすると、CGのようになってしまうのではないか」ということでした。でも、それをするとこれまでの自分の映画の作り方とは違うものになってしまうと思ったんです。できればいままでのように俳優さんたちにお芝居をしてもらったものを撮りたかったので、擬人化させていただきました。

―若竹さんは、柔毛突起が擬人化されると聞いたときは、驚かれたのではないでしょうか?

若竹さん 驚きましたね。「どうやっておばあさんの脳内を映すんだろう?」と疑問に思っていましたから。それが、まさか3人の俳優さんが演じることになるとは……。でも、濱田岳さん、青木崇高さん、宮藤官九郎さんという私が大好きな俳優さんが出てくださったので、本当にうれしかったです。

―3名のバランスも絶妙でしたが、どのようにしてキャラクターを作り上げていったのでしょうか?

監督 年齢も性別も何もかも自由だったので、最初は悩みましたが、桃子さんとかけ離れた人がやったほうがいいなと。そこで、親衛隊とか白雪姫に出てくる七人のこびとみたいなイメージから男性だけにしました。あとは、ただ僕が好きな俳優を選んだというだけですね(笑)。

田中裕子さんだからこそ生まれた瞬間はたくさんあった

―画面からもみなさんの楽しんでいる様子が伝わってきましたが、演出はどのように?

監督 桃子さんの寂しさや孤独を際立たせる存在でもあったので、あまりはしゃぎすぎないようにというのはありましたが、そのなかでも、遊べるところをみなさんが一生懸命見つけて演じてくれた感じです。

―では、若竹さんのお気に入りのシーンを教えていただけますか?

若竹さん 私が好きなのは、桃子さんがマンモスを引き連れて歩いているところ。狭い世界に生きているごく平凡なおばあさんの脳内に、ものすごく長い時間が流れていることが一目瞭然でわかりますよね。

あとは、いまお話にもあった寂しさの3人が出てくるシーン。監督の人間に対する優しい目線を感じられて、本当によかったです。

―そのほかに、東出昌大さん演じる夫の周造がプロポーズするシーンでは、ご自身の気持ちが蘇ったとか。

若竹さん そうなんですよ! 若い頃の桃子さんを演じた蒼井優さんと東出さんというあんな美男美女に演じていただいて、申し訳ない気持ちもありつつ、思わず顔を赤らめました。私小説ではないと言いながらも、まさかあんなハンサムな人にやっていただけるなんて……。周造は美男子という設定にしてありましたが、書いてみるもんですね(笑)。

―(笑)。あと、やはり主演を務めた田中裕子さんが素晴らしかったですが、キャスティングの決め手となったのは何でしょうか?

監督 脚本を書いているときは誰にしたいとかは考えずに、ある程度できあがってからプロデューサーと相談しました。そこで名前が挙がったのが、田中裕子さん。これまで映画やドラマで見てきた田中さんの演技は圧倒的だったので、もし田中さんが桃子さんを演じてくださるなら、それ以上はないなと。

そして、それが実現したわけですが、実際に田中さんだからこそ生まれた瞬間はたくさんありましたし、桃子さんの一挙手一投足すべてにそれを感じました。

自分と似ている、と感じる人は多いはず

―今回は、蒼井優さんがセットの隅っこにうずくまりながら、他の方々の演技に合わせて、現在の桃子さんの脳内の声を演じていたそうですね。その姿を見て、宮藤官九郎さんは泣きそうになったそうですが、どのような様子だったのでしょうか?

監督 蒼井さんは現場で目立たないように毎日黒い服を着て、桃子さんの声を演じることだけに集中してくれました。本当にうれしくて、僕も涙が出そうでした。

―ぜひそのあたりも、観客の方々には注目していただきたいですね。ちなみに、劇中では方言を使われていますが、若竹さんからご覧になっていかがでしたか?

若竹さん 田中さんは、本当にお上手だなと思いました。もちろん、寂しさのみなさんも素晴らしかったです。でも、やっぱり東出さんが「決めっぺ」というプロポーズのひと言を放つシーンは、ハンサムな顔と言葉とのギャップがあって本当によかったですね(笑)。

―方言ならではの魅力がありますよね。

監督 そうですね。僕は埼玉の出身なので、あまり方言のないところで生まれ育ちましたが、母親が山形出身ということもあり、東北弁は自分にとってなじみのあるイントネーションなんです。俳優さんも方言が話せる人は芝居がまたひと味違って見えるので、“方言の魔法”みたいなものはあると思います。

―原作とオリジナルのバランスで、意識したところがあれば教えてください。

監督 僕の母が桃子さんと同じようにひとり暮らしをしているので、原作のほかに自分の母親をモデルにしているところはあったかもしれません。たとえば、図書館で話している内容や警官とのやりとりは母の話ですし、車を買うシーンで「遠くの息子より近くのホンダです」というのも母が実際に営業の人から言われた言葉。良いセリフだなと思ったので、映画のなかに盛り込ませていただきました。

実家に帰ってこない息子もまさに僕のことですけど、おそらく自分と似ていると感じる人はたくさんいるんじゃないかなと思います。

愛と自由の二択なら、愛を蹴飛ばしても自由を選びたい

―若竹さんも、ご自身を桃子さんに投影している部分はありますか?

若竹さん ありますね。たとえば、夫が亡くなったとき、私はいままで悲しみがどういうことかも、何も知らなかったんだなと実感しましたが、そういった部分は私が体験したことです。ただ、オレオレ詐欺に引っかかったのは空想ですよ!

―よかったです。映画のなかで「おらはちゃんと生きたか?」と問いかけるところがありますが、おふたりにとって“ちゃんと生きる”とは何ですか?

監督 難しいことですけど、きれいなことも汚いこともまるごと含めて生きるというイメージですね。悩みながらということでもありますが、そんな小さな右往左往が宇宙の歴史のひとつに繋がっていくのかなと。

若竹さん 振り返ってみると、いろんなへまをしていて、顔が赤くなるほど恥ずかしいこともいっぱいしてきました。でも、長い目で自分自身を見てみると、それなりに整合性の取れていた行動だったかなと言えるので、ちゃんと生きてきたんだと思います。結局は、自分の全部を受け入れるということが、ちゃんと生きるということなのかな。ただ、つい筆がすべって書いたことなので、まだ自分でもよくわからないところではありますね(笑)。

―ちなみに、若竹さんは「愛か自由かの二択だったら、愛なんか蹴飛ばしても自由を選ぶ人でいたい」とお考えのようですが、その理由を教えてください。

若竹さん それは当然そうですよ。「愛」という言葉でどれだけの女の人たちがだまされてきたことか! と言いながらも、「やっぱり愛は素晴らしい」とも思っている自分もいるんです(笑)。ただ、愛という名のもとに支配や不自由もありますからね。

―なるほど。ちなみに、若竹さんはこの小説がきっかけで一躍注目を集めることとなりましたが、心境の変化などを感じていますか?

若竹さん 芥川賞をいただいてからは、公私ともに激動の2年でした。小説を書いていたときは、「この作品でダメだったら、私は2度と世の中には出られない」くらいの気持ちだったので、そのときはこれ以上のものは書けないと思って出しました。でも、2年間でいろいろなことを経験して、いまは少し別の角度から書いてみようかなとやる気が出てきています。

というのも、私は63歳でやっとプロになれたので、私に見えているものはほかの人たちとはまた違うものがあるはずですから。『おらおらでひとりいぐも』のときはコンクールに出すために整えすぎていた部分もあったなといまは思うので、次はもっと自由に、めちゃめちゃに書いて、ぐちゃぐちゃな文体にしたいような気がしているほどです(笑)。

監督 いやー、すごいですね!

自己決定権や自由な時間はかけがえのないもの

―次回作が楽しみです。今後ひとりで生きていく女性も増えると思いますが、そういう女性にアドバイスはありますか?

若竹さん 偉そうなことは言えませんが、「悲しいことがあっても、楽しくやっていきましょう」ということですね。夫のことは大好きでしたが、自分ひとりですべてを決められることへの喜びを私はいま感じています。それくらい何でも自分で決められることや自由な時間というのは、かけがえのないものなんですよ。

自己決定権というのは、一生に一度しかない“伝家の宝刀”というわけではなくて、ハンドルを左右に切るのと同じくらいしょっちゅうあること。そんなふうにひとつひとつを自分で決めることの気持ちよさは、生きるうえで大切な喜びだと思います。

監督 映画にも「周造の死に一点の喜びがあった」という桃子さんのセリフがありますが、いま先生がおっしゃっていたようなところを表しているのかなと。寂しいけどたくましさもある女性のいろいろな感情が渦巻いて出てきたひと言なんだろうなと感じました。

―それでは、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。

若竹さん これはおばあさんだから考えていることではなくて、若い人たちにとってもすぐそばにあることなので、若いみなさんにこそ観てほしいと思っています。あと、先ほども少し言いましたが、「愛こそがすべて」とか「愛がなければ……」みたいなことはまやかしですよ、と若い人たちに伝えたいですね(笑)。

とはいえ、愛には本当に深いものがありますし、素晴らしい愛に出会ってほしいという矛盾した気持ちもあるので、うまくは言えないんですが、つねにそういったことを考えながら生きていってほしいです。

監督 桃子さん世代の人でなくても、この作品で描かれていることに思い当たる節がある人はたくさんいると思っています。そういう方々がこの作品を観ることで自分にとっての桃子さんに想いを馳せてくれたうれしいです。

ユーモアも感動もつまった人間賛歌!

多くの人が「これは“私の物語”だ」と感じて大きな反響を呼ぶであろう本作。誰もが日常生活で寂しさや孤独を味わうことはあるけれど、そんななかでもたくましく生きる桃子さんの姿に、「私も私らしく生きよう」と背中を押されるはず。たとえささやかでも、新しい世界へ踏み出す喜びを感じてみては?

ストーリー

1964年、故郷を飛び出して上京した20歳の桃子。その後、夫となる周造と出会って恋に落ち、子どもにも恵まれた幸せな日々を送っていた。ところが、上京から55年が経ち、これから夫婦水入らずの平穏な日々を過ごそうと思っていた矢先、周造が突然亡くなってしまう。

心にぽっかりと穴が開き、生活に何のおもしろさを見いだせない毎日を送っていた桃子だが、ある日、桃子の“心の声=寂しさたち”が目の前に現れる。そして、自分の本音がどんどんと湧き上がってくることに。桃子が孤独の先で見つけたものとは……。

心が温かくなる予告編はこちら!

作品情報

『おらおらでひとりいぐも』
11 月 6 日(金)より全国ロードショー
配給:アスミック・エース
出演:田中裕子
   蒼井 優 東出昌大/濱田 岳 青木崇高 宮藤官九郎
© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会
https://oraora-movie.asmik-ace.co.jp/

若竹千佐子さん
ヘアメイク:大山なをみ