志村 昌美

夫の不倫発覚で妻が家出! そこで見つけた「無謀すぎる」第二の人生

2020.7.16
毎日、すべての家事を完璧にこなすのは重労働。とはいえ、それも愛する人のためだからできることですが、もしもその人に裏切られていることを知ったら、どうしますか? そこで今回は、夫の不倫によって人生が一変してしまう主人公が新たな一歩を踏み出す瞬間を描いた注目作をご紹介します。それは……。

感動を呼ぶ『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』

【映画、ときどき私】 vol. 311

結婚して40年になる夫とスウェーデンに暮らすブリット=マリー。多忙な夫のため、笑うことも忘れて家事を完璧にこなすことが自分の役割だと疑わずに過ごしていた。ところがある日、夫に愛人がいることが発覚し、スーツケース一つで家を出る一大決心をすることに。

とはいえ、ほとんど働いた経験がなく、63歳になるブリット=マリーがまともな職を見つけるのは困難なこと。ようやく見つけた仕事は、小さな町のユースセンターの管理人兼子どもたちの弱小サッカーチームのコーチだった。初めてづくしに戸惑いつつも、徐々に周囲の助けを借りて笑顔を取り戻していくブリット=マリー。そんなとき、突然迎えにきた夫にある選択を迫られるのだった……。

本作は、著作が世界累計1000万部を突破するスウェーデンのベストセラー作家フレドリック・バックマンの小説を映画化した感動作。そこで、本国で大ヒットとなった作品の背景について、こちらの方にお話をうかがいました。

ツヴァ・ノヴォトニー監督

『ボルグ⁄マッケンロー 氷の男と炎の男』 でヒロインを演じ、女優として活躍しているノヴォトニー監督。新進気鋭の女性監督としても、注目を集めています。今回は、スウェーデンのさまざまな事情から本作を通して伝えたい思いなどについて、語っていただきました。

―まずは、この作品のどのようなところが、大きな反響を得たとお考えですか?

監督 本作のテーマは、どの時代でもどこの国でも通じることですが、存在価値のない寂しさや孤独への恐れは、誰もが共感すること。パートナーや友人や仕事などにおいて、勇気を出して自分の人生に変化をもたらそうとすれば、人は強くなれるのだと訴えかけているところが支持されたのだと思います。

―演出に関して意識した部分があれば、教えてください。

監督 最初に登場するときのブリット=マリーは、幼少期や過去の出来事を大いに引きずっていますが、私たちもみな同じように幼少期や過去の人間関係によって形作られているものです。

ただ、私は問題を抱えたかわいそうな女性が、ついに悟りを得て前向きな性格に変わり、新しい冒険へと踏み出していく、というような物語にはしたくありませんでした。むしろ、期待していたのは、ありのままの自分を好きになってくれる人々と出会うことでブリット=マリー自身が自分を受容し、その姿を見た観客も彼女を受け入れてくれることです。そのため、周囲の人々に合わせるのではなく、自分自身を受け入れ、自分に自信を持つことで前に進む女性の物語にしました。本作の根幹、そしてテーマを一言で表すと「勇気」です。

人間関係は誠実さとコミュニケーションで成り立っている

―なるほど。今回、彼女の人生が変わるきっかけとなったのは、夫の不倫。日本で不倫はよく取り上げられるトピックですが、 スウェーデンでもブリット=マリーのような熟年夫婦が不倫によって、妻が夫に別れを突き付けるのはよくあることなのでしょうか?

監督 スウェーデンの詳細な統計は分かりませんが、不倫による離婚は、世の中の多くの夫婦に影響がある深刻な問題だと思います。個人的には、パートナーと一緒にいる時間が長いほど、不倫を続ける傾向がある気がしますが……。

本作が少し変わった物語に見えるのは、40年間も一緒に過ごした夫を置いて家を出る決心をする60歳代の女性が主人公だからというのもありますが、このケースは珍しいかもしれないですね。

―もし監督がブリット=マリーのように専業主婦として夫に長年尽くしたあとに、夫の裏切りを知ったら、どのような行動に出ると思いますか?

監督 ブリット=マリーは夫の不倫にずっと気づいていたと思いますが、私は彼女のようにそんなに長い間見て見ぬふりをすることはできないでしょうね。何とも言えませんが……。私は、すべての人間関係は誠実さとコミュニケーションで成り立っていると信じています。でも、実際のところブリット=マリーとケントの間には、そのどちらもなかったんじゃないかなと。

だからこそ、結果的にブリット=マリーは夫とコミュニケーションを取ろうとはせず、家出に至ったのだと思いました。個人的にはお互いの話に耳を傾けるオープンなコミュニケーションを普段から心がけることによって、多くの問題が解決できると考えています。

―本作では、ブリット=マリーが本当の幸せや本来の自分を見つける様子が描かれていますが、監督にとって人生における幸せとは? 

監督 単純に幸せか悲しみ、成功か苦労だけの人生はありません。だからこそ、生きるうえで難しいことは、人生の浮き沈みをコントロールし、自分が安心できる場所を見つけること。私にとって幸せとは、どんな状況でも心を開いて自分らしくいられることです。

―劇中で彼女が何度も口にする「1日ずつよ、1日ずつ」という言葉が日々の彼女を支えていたんだと感じました。では、監督が大事にしている言葉や信念はありますか?

監督 私にとっては、“Everything will be alright.” (すべてきっとうまくいく)のひと言につきますね。

重要なのは、自ら声を上げること!

―シンプルで素敵な言葉ですね。ちなみに、北欧ではブリット=マリーのようなシニアの女性たちの就職事情というのは、どのようなものなのでしょうか?

監督 スウェーデンでも、63歳の女性が就職することは簡単ではありません。なので、ブリット=マリーに起きたことは少しだけ現実離れした“映画の魔法”と言えると思いますが、人間関係に行き詰まってしまった女性にインスピレーションを与えるきっかけにはなると思っています。

もちろん、ブリット=マリーはサッカーのコーチになることを望んでいなかったとは思いますが、外に出ていままでは関わらなかった人たちと出会ったことは彼女の人生にとって、とても貴重な経験ですよね。特に、40年間も一人の男性と家に閉じこもっていた彼女には、この経験を通して協力することや自分自身を振り返る大切さに気付けたのはとても良いことだったのではないでしょうか。彼女の新たな仕事は、自分とは違う人々を理解し、視野を広げる決心の象徴だと思います。なにより彼女は実際に、より幸せになることができましたから。

―スウェーデンでは、女性の就業率は80%、女性国会議員の割合は日本の約4倍となっており、女性の社会進出が非常に進んでいる国と言われています。 日本はまだ課題も多いので、男性社会や家庭内でがんばっている日本の女性に向けて、アドバイスやエールがあれば、お願いします!

監督 もっとも重要なのは、自ら声をあげることだと私は思っています。歴史や文化の観点からみると簡単な問題ではありませんが、スウェーデン人も日本人も関係なく、現代社会において女性は対等な関係を築く力を持っているものです。

うまくいかない関係があってもそれを責めるのではなく、自身の人間関係に責任を持ち、誠実なコミュニケーションを心がけることによって健全な関係性を築くべきだと思います。積極的にコミュニケーションをとれば、パートナーとの関係構築にも向き合うことができるでしょう。平等を求めることは若い世代に対して間違いなくよい影響を与えると思うので、繰り返しになりますが、声をあげることの大切さはちゃんと伝えたいですね。

同じ女性として、勇気と共感を得られる!

毎日同じ繰り返しに嫌気が差したり、大切な人に裏切られたりすると、「すべてを放り出して新たなスタートを切りたい!」と思う瞬間は誰にでも起こり得ることですが、自分のなかに押し込めている気持ちがあるのなら、ときには心の声に従ってみるのも大事なこと。ブリット=マリーのように、思いきって一歩を踏み出すことで、思いがけない人生の扉を開くことができるかも!?

輝きに満ちた予告編はこちら!

作品情報

『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』
7月17日(金)より、新宿ピカデリー、YEBIS GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか公開
配給:松竹
© AB Svensk Filmindustri, All rights reserved
Photo credit: Hans Alm

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