志村 昌美

役者が憧れる名優・藤竜也、いまでも緻密な役作りを続ける理由

2020.1.11
オリンピックイヤーでもある2020年は、国際交流やダイバーシティへの関心がますます高まるところ。そんななか、今回オススメする映画は、技能実習生として来日するも不法滞在者となってしまう中国人青年を描いた話題作『コンプリシティ/優しい共犯』です。トロント国際映画祭やベルリン国際映画祭でも高い評価を得ている本作の魅力について、こちらの方にお話をうかがってきました。

日本が誇る名優・藤竜也さん!

【映画、ときどき私】 vol. 285

劇中で藤さんが演じたのは、他人になりすました中国人青年チェン・リャンを厳しくも温かく見守り、すべてを受け入れる孤独なそば職人の弘。そこで、圧倒的な存在感を放っている藤さんに、役作りへのこだわりや俳優としての思いなどについて、語っていただきました。

―藤さんは作品を選ぶ際には、共演者やギャラなどは一切関係なく、脚本だけで判断されているそうですが、今回の脚本に惹かれた理由を教えてください。

藤さん やっぱりいい脚本からは、書き手や監督の「作りたい」という思いと「これを早く映像にして」という声が伝わってくるものなんですよ。それは、チャンスがあるからとりあえず作るような作品にはないものなので、そういう強い思いがあるかどうかが大事なところだと思います。

―そのことを知っていた近浦啓監督は、撮影が近づいているにもかかわらず藤さんに渡すまでに何度も脚本をリライトされたそうですが、つまりその時点でも納得できなければ、お断りされていたということでしょうか?

藤さん 断っていたでしょうね。僕の役は、中国人の青年が日本で切ない青春を送っている様子を見つめている日本のおじいちゃんでしたが、それがロマンティックでいいなと感じたんです。なので、以前もご一緒している近浦監督の作品だから、今回も出ようと思ったわけではなく、脚本がよくて、自分が感じるものがあれば、僕はどなたの作品でも受けますよ。

―では、実際に完成した作品をご覧になったときの印象はいかがでしたか?

藤さん 僕が出ている日本のパートに関しては、脚本を読んだときと同じようなイメージでしたが、中国でのシーンやチェン・リャンが仲間とアパートにいるシーンから醸し出される不思議でエグさのあるエネルギーは新鮮でした。特に、中国のお母さんやおばあちゃんとのイマドキらしくないやりとりも、日本とは違うパワーがあっていいなと思ったところです。

とにかく必死でそば打ちに取り組んだ

―確かに、日本と中国のパートでは、空気感がまったく違う印象を受けました。役作りに関してもおうかがいしますが、まるで何十年もそば職人として生きてきた人物が放つような佇まいが素晴らしかったですが、どのくらい練習されたのでしょうか?

藤さん そば打ちをしたのは20日間。先生をつけてもらい朝から夕方までずっと打ち続け、1回作ってはまたそれをこね直して打つというのを何度も繰り返しました。そば粉を70キロは使ったと思います。

その期間は、「なんでもいいからそば屋の魂だけでも俺に乗り移ってくれ!」という気持ちで毎日取り組みました。これさえできれば、あとはそのまま台所に立っているだけでいいと思っていたので、とにかく必死でしたね。

―そういった努力の甲斐あって、劇中のそば打ちシーンはすべてご自身によるものとのことですが、その思いが伝わってくるようで非常に印象的でした。

藤さん これまでそば打ちはしたことがありませんでしたが、僕は趣味で陶芸をしていたので、そばをこねる作業は粘土と同じで何とかなりました。ただ、生地を薄く伸ばすのとそば切りがなかなかうまくいかなくて。音だけでもどのくらいの腕前なのかがわかってしまうようなので、そこが一番難しかったですね。

―ちなみに、藤さんは職人の役を演じるのがお好きとのことですが、なぜですか?

藤さん それをマスターしたら、ほかには何もしなくていいからです(笑)。その手順ができるようになると、背中がそれっぽく見える状態になるんですよ。なので、たとえば困っちゃうのは、警官の役。「俳優なんですけど、制服を着て一緒に仕事させてもらえませんか?」なんて警官に言ったらひっぱたかれますよね(笑)。

そうなると、想像しながらやるしかないですが、職人の場合は実際に取り組むことができますし、練習することで自信もつきますから。

マニアックな役作りをすることを楽しんでいる

―今回はキャラクターの背景もご自身で考え、ワードにまとめて監督に送ったそうですが、いつもそのような役作りをされているんでしょうか?

藤さん そうですね。この役については、年老いたそば職人になるまでの道のりを自分で作りました。弘はチェン・リャンの痛みをさっと受け止めることができる人物ですが、それは本人も青年時代に相当の痛みを味わい、たくさん失敗しているからこそ。痛みがわかる男になるようなバックグラウンドを自分なりに考え、子ども時代までさかのぼって、つじつまが合うようにしました。

なので、「10歳くらいで父親と離別して、母親の実家に預けられ、母親が再婚してから引き取られるんだけど、そこに新しい兄弟が生まれて、その後は大田区あたりの町工場で一生懸命働くんだけど……」みたいな感じです。

―かなり細かいところまで設定していらっしゃるんですね。

藤さん そうなんですよ。最近はパソコンでいろいろ調べられるので、どこの小学校から中学校に通ってとか、具体的な地名や学校名まで全部決めてしまうほど。

凝り始めると、実際にその場所に行くこともありますが、役作りの過程でそういうマニアックなことをするのも、自分でおもしろがっているんでしょうね。今回もそんな感じで、チェン・リャンと出会うまでのストーリーを作ってみました。

―そうやって人物像を作り上げるなかで、藤さんご自身が弘に共感する部分もありましたか?

藤さん そういうことは全然ないですね。あくまでも、中身はこのキャラクターに委ねているので、そこに僕自身はいない感覚です。

―チェン・リャンを演じたルー・ユーライさんにとって、藤さんは“映画の教科書のような存在”であり、藤さんと共演したくてこのオーディションを受けたとうかがいました。それを聞いたときはいかがでしたか? 

藤さん 海外の映画学校で、教材として僕の出演作が使われていたそうですが、実感はなかったので、「本当に?」という感じですよ(笑)。

俳優であり続けることを支えているものとは?

―では、実際に共演されてみて、どのような印象を受けましたか?

藤さん 本作の前日譚でもある短編の『SIGNATURE』という作品で初めて彼のことを知りましたが、憂いのある顔と目線が日本にはいないタイプだなとは思いました。実際に会ってみるとそんな感じではないんだけど、スクリーンに映ると急に色っぽくて、憂いてる雰囲気が出る俳優なんですよね。

現場では、基本的にお互い無口で、時々顔を見合って、うなずくくらいでした。でも、疑似親子みたいな役柄だったので、しゃべらなくても通じるものがあったんでしょうね。

―劇中同様に、言葉を超えたものがあったんですね。アドバイスを求められるようなこともなかったですか?

藤さん ないですね。それに、僕は自分が教えられるものは何も持っていないと思っているので、頼まれてもアドバイスしないタイプなんですよ。

―そんな藤さんの背中を見て、みなさん学んでいらっしゃるんだと思います。すでに、俳優デビューから60年近くが経ちますが、ここまで続けることができた原動力を教えてください。

藤さん まずは、健康であることですね。といっても、たばこは大好きだし、お酒も飲むので、何が健康かという話なんですが……(笑)。いかにも何かありそうに見えるかもしれませんが、たまたまここまで生かしてもらって、勝手に時間が過ぎてキャリアが増えただけという状態なんですよ。

―確かに、健康であることが一番だとは思いますが、陰で支えてくださる奥さまの存在も大きいのではないでしょうか?

藤さん 本当に、それは大きいですよ!

―ちなみに、奥さまと毎晩握手をされているそうですが、それが仲良しの秘訣ですか?

藤さん 5、6年前くらいから始めたんですが、きっかけは僕の不純な動機です(笑)。というのも、年を取ってからあんまり馴れ馴れしく触ると嫌がられたりするんですよ。だから、何とかしてこの状況を打開しようと思って、「明日何が起きるかわからないんだから、寝る前に握手くらいしない?」と提案してみたんです。

そしたら、「それもそうね」となり、そこから毎晩握手するようになりました。「また明日ね」みたいな感じなんですけど、最近は握手しないと、寝つきが悪くなっちゃうくらいなんですよね(笑)。

いまでも自信がなくて不安になることもある

―とても素敵なお話です。では、俳優としてやりがいを感じる瞬間はどんなときですか?

藤さん それは脚本を読んで、やると決めたとき。いくつになっても、小学校1年生みたいな慣れない気持ちがいいんですよ。自信がつくまで、「俺にこの役できるのかな?」といつも思いますから。

―藤さんでも、自信がないときがあるものですか?

藤さん どの作品も、基本的には最初は自信がないですね。でも、そのうちにだんだんやれるような気になってくるんです。

―それが、先ほどのような緻密な役作りをされる理由でしょうか?

藤さん そうですね。不安なんでしょうね、多分。そんなことしなくてもぱーっと行けちゃう人もいると思うんですけど、僕はそういうふうにしていかないとダメなんですよ。

たとえば、長野県出身のキャラクターを演じたときは、子ども時代にどんな風景を見たのか知りたくて、長野県まで行き、その役が好きな温泉に入ってみたりもしました。そういうことをすると安心するんですよね。

―そういった真摯な思いが、役へと反映されているのだと改めて感じました。それでは最後に、これから作品を見る方に向けて一言お願いします。

藤さん 特にメッセージというのはありませんですが、とにかく見て感じてもらえればと思います。

インタビューを終えてみて……。

どんなときもダンディで、優しさがあふれている藤さん。お会いできるだけで胸がいっぱいでしたが、役作りの裏側から奥さまとの秘話まで、いろいろなお話を聞かせていただき、感動しっぱなしの取材となりました。見事なそば打ちシーンはもちろん、藤さんが作り上げた人物の背景などにも注目しながら、ぜひご覧ください。

心が震える決断を目撃する!

現代の日本で起こりうる問題を背景にしつつ、年齢も国籍も超えて生まれた人と人の絆や見失いかけた自分自身を見つけるまでの道のりが描かれている本作。胸の奥底を締め付けるような結末と向き合ったとき、あなたの心も共鳴するのを感じるはずです。

ストーリー

技能実習生として日本へやってきた中国人の青年チェン・リャン。劣悪な職場環境から逃げ出したことにより、不法滞在者となってしまう。その後、他人になりすましたチェン・リャンは、そば屋で仕事を見つけ、不器用な店主の弘と出会うのだった。

いつしか、親子のような関係を築いていく孤独な2人。しかし、嘘のうえに築かれた幸せが長く続くことはなく、チェン・リャンに警察の捜査が迫っていた。そして、すべてを清算する日、2人はある決断をすることになる……。

儚さが漂う予告編はこちら!

作品情報

『コンプリシティ/優しい共犯』
1月17日 (金)より新宿武蔵野館にてロードショー
配給:クロックワークス 
©2018 CREATPS / Mystigri Pictures
https://complicity.movie/