志村 昌美

「男性が育休を取らない理由はない」映画監督が育休を勧めるワケとは?

2019.6.13
これから梅雨のシーズンへと突入すると、何となく気持ちも落ち込んでしまうもの。そこで、そんなジメジメとした気分を一気に吹き飛ばしてくれる注目の映画をご紹介します。それは……。

注目の青春音楽映画『ウィーアーリトルゾンビーズ』!

【映画、ときどき私】 vol. 240

よく晴れたある日、偶然出会ったヒカリ、イシ、タケムラ、イクコ。13歳の少年少女たち4人は、両親を亡くしたばかりだったが泣くことができず、その姿はまるで感情がないゾンビのようだった。

夢も未来も歩く気力もない小さなゾンビたちは、たどり着いたゴミ捨て場の片隅で「LITTLE ZOMBIES」という名のバンドを結成する。そんな彼らの演奏動画は瞬く間に社会現象を巻き起こす。ところが、4人は予想もしない運命に翻弄されていくことに……。

本作は、本年度のサンダンス映画祭とベルリン国際映画祭で二冠を受賞するなど、日本映画として初の快挙を成し遂げている話題作。そこで今回は、オリジナル作品として手がけたこちらの方に、完成までの秘話についてお話いただきました。

監督・脚本を務めた長久允監督!

大手広告代理店でCMプランナーとして働く傍ら、映画監督としてのキャリアをスタートさせた長久監督。現在は映画制作と育児を両立する生活を送っているそうですが、今回は創作の源や育休体験などについて語っていただきました。

―初長編作にして、海外では有数の映画祭で高い評価を得ていますが、ご自身ではどのように感じていますか?

監督 賞を狙って作ったわけではなく、自分がいいと思うものをひたすら模索しただけでしたが、海外だと僕が広告代理店に所属していることや、こういういで立ちであることを抜きにして純粋に作品で評価していただけるので、うれしかったですね。

この先も「自分のなかにあるものを追求して作っていいんだ」と許されたような気がして、自信にもなりました。

―今回は脇を固める俳優に佐々木蔵之介さんや工藤夕貴さん、池松壮亮さんなど、かなり豪華なキャストが勢ぞろいしていますが、キャスティングはどのようにされたのですか?

監督 実はどなたもお会いしたことがなく、コネクションも何もない方々。なので、2017年に制作した短編『そうして私たちはプールに金魚を、』を観ていただいたうえで、「あまりギャランティもありませんが、全力でシナリオを書いたので、気に入っていただけたらご協力していただけるとうれしいです」とストレートにお願いしました。

―理想の俳優陣がそろった瞬間は感慨深いものがあったのではないでしょうか?

監督 そうですね。今回は、僕が本当に好きな俳優さんたちにお声がけしたので、オールキャストがそろったと思いましたし、「サブカル版『シン・ゴジラ』ができたぜ!」と興奮しながら仕上げていました。

―(笑)。ちなみに、この作品は2年前、上のお子さんが5歳で、2人目のお子さんが生まれたときに取得された育休中に生まれた作品ということですが、期間はどのくらいですか?

監督 育休は3か月くらいでしたが、シナリオはそのうちの1か月ほどで書き上げました。

育休を取得して感じたこととは?

―育児をしながらの作業はなかなか大変だったと思いますが……。

監督 育休中は1日に30分から1時間くらいしか自由な時間がなかったので、家から一番近いコンビニのイートイン・コーナーで毎日30分ずつ書いていました(笑)。

―まだまだ男性の育休は普及しているとは言えないと思いますが、周りでも取得している方は多いですか?

監督 うちの会社は育休を取ることによるマイナスは何もなく、むしろ取らないほうが恥ずかしいとさえ思うような風潮。人間としての経験値も増えますし、取らない理由はないという感じです。

―それはステキな考え方ですね。実際、育休中にお子さんたちとがっつり向き合ったからこそ作品に反映されたこともありますか?

監督 それはめちゃくちゃありますね。僕が映画監督ではなかったとしても、妻や子どもと向き合うことによって、仕事にいい影響を与えてくれると感じました。

―現在も積極的に育児に参加されているそうですが、どのような日常生活を送っているのか教えてください。

監督 妻も働いているので2人で平等に育児をやっていますが、まず子どもが起きるのが朝4時半。少し遊んでから朝食を食べさせて、僕が保育園に子どもを連れていき、8時から夕方5時くらいまで仕事をします。そのあとだいたい5時半には家族で夕食を食べていますが、朝が早すぎるので、全部前倒しなんですよね(笑)。

子どもたちを寝かせたあとに仕事をすることもありますが、いまは会社と交渉して映画監督の仕事だけを業務にさせてもらっているので、シナリオは日中に書いていることが多いです。

―早朝からかなりハードな毎日ですね……。ちなみに、育児が仕事に与える影響はどんなことですか?

監督 マイナス面としては自分の時間が減ることですが、プラス面はやっぱりおもしろいことですね。あとは、子どもの視点をもう一度持つことができたり、人間の根源にある感情の作用を近くで発見することができたりすることだと思います。

僕は子どもができたことによって、他者の気持ちの動きまで配慮できるようになったので、子どもがいたからこそ、今回は子どもの眼差しに回帰した映画を作ることができたと感じています。

自分が正しいと思ったことをやらないと意味がない

―ということは、お子さんが生まれる前といまの作風ではかなり変わりましたか?

監督 全然違うと思います。特に、以前は表現やメッセージが暴力的だったり、ちょっと残酷だったりしていて、そういうものが衝撃的なんじゃないかと思って書いていたからです。

でも、いまはすべての人たちに優しくありたいし、心から願っているのは、すべての人生を肯定したいということ。それは子どもと暮らすことで、僕が得た視点だと思っています。

―もともとは会社員として入社されたと思いますが、そこから映画監督への道に進んだきっかけを教えてください。

監督 学生時代はシナリオを書いたりもしていましたが、入社してからは仕事に忙殺され、執筆もやめていました。でも、そんな時期に、いまは解散してしまった「NATURE DANGER GANG」というバンドのメンバーたちが、エネルギーを発散させている姿を見て、「誰の目も気にせず、自分が正しいと思ったことをやらないと意味がないんだな」と思ったんです。

そのあと、『青春の殺人者』という僕が好きな作品をたまたま映画館で観て、「やっぱり自分は映画を撮らなきゃいけない」と感じるようになり、有休を使って短編を撮りました。

―仕事では大変な思いもしたと思いますが、広告業を経験したからこそ、ほかの映画監督とは違うスタイルが確立された部分もあるのはないでしょうか?

監督 それはすごくありますね。僕は広告で仕事をしていなかったら、前作も本作も作れていなかったと思います。まずひとつは技術的なこと。つまり、「人が見たくなる映像とはどういうものなのか」といったことを毎回熟考してきたということです。

そういうことに対して10年以上まじめに取り組んできたのが体に染みついているので、そこで体得した“筋肉”みたいなものは基本的にあると思います。もし広告を経由せずに映画に進んでいたらその筋トレはしていなかったですし、現在のスタイルにもなっていなかったと思うので、感謝していますね。

―何事もまじめにやっていれば無駄なことはないということですね。とはいえ、入社した当時は営業をされていたそうですが、映画をやりたい気持ちを持ちながら働き続けるつらさもあったのでは?

監督 そうですね。10年ほど前は坊主でスーツを着て仕事していました(笑)。とはいえ、いい顔をしないといけないところもあり、自分に嘘をつきながらやっていましたが、前向きな性格でもあるので、そのなかでも何かおもしろいことを探しながら続けていたんです。

「なんとかやっていけるかな」と思ったんですけど、ある日お酒も飲んでないのに、部屋のなかでおしっこしちゃってたんですよ(笑)! そのときに、自分が思っている以上に追い詰められていることに気がついて、会社に異動したいと伝えました。

自分が経験したことをみなさんにも伝えたい

―つらいときはどのように対処していますか?

監督 僕は比較的抱え込んでしまうタイプで、「大丈夫だろう」と思ってやってしまうんですよね。ただ、ぼくは体が弱いほうなので、心が無理だと言えなくても、先に体が危険を知らせてくれるので助かっています。

もし、体が強かったら、つらいと思いながらも限界までやって一生を終えていたかもしれないですし、映画も撮れなかったかもしれないですね。

―では、いまの監督にとって映画作りのモチベーションとなっているものは?

監督 一番は自分が感じたつらいことからの逃げ方とか、楽になれる方法をみなさんにもお伝えしたいという気持ちです。僕が経験したようなきつい思いをしている人は世の中にも多いので、「こうしたら楽になりますよ」というのを届けたいといまこの瞬間も思っています。

―あとは、就活で映像関係の会社にはすべて落ちてしまったということの悔しさがバネになったところもあったのでは?

監督 それもありますね。学生時代には映画もけっこう作りましたが、どこにも引っ掛からなかったですし、僕は広告業界でもあまり評価されなかったんです。もちろん、自分に正直に作っていなかったところもあったので、それがいけなかったとは思いますが、いま自分が好きなものを作って評価されたことで、「ざまあみろ!」という気持ちはどこかにあると思います(笑)。

そういう精神が原動力になっていますし、育児によって時間は限られていますが、だからこそ「いいものを作ってやるぞ」という反抗心みたいなものは強いかもしれません。

自分の人生を楽しんで欲しい

―監督の生き方に刺激を受ける働く女性たちも多いと思うので、ananweb読者にメッセージをお願いします。

監督 僕は前提として女性に理解のない男性が多いことは本当に問題だと感じています。これは男性が悪いので、まずはごめんなさい。もし、僕で変えられることがあれば、力になりたいとは考えているところです。

あとは男女に関わらず、本当に自分がやりたいことをするのが人生。仕事だと人のためにやってしまいがちですけど、そうするとつらいですよね? その場合は趣味でもいいので、自分のしたいことをすると少しでも楽になれると思います。みなさんにもぜひ自分の人生を楽しんで欲しいと心から願っています。

長久監督の才能とセンスが爆発!

自分のやりたいことをどこまでも追求し、こだわり続けた監督だからこそ、生み出された唯一無二の1本。観たことのない映画体験が味わえるはずです。「LITTLE ZOMBIES」たちとともに心を取り戻す冒険へと歩き出してみては?

衝撃の予告編はこちら!

作品情報

『ウィーアーリトルゾンビーズ』
6月14日(金)全国公開
出演:二宮慶多 水野哲志 奥村門土 中島セナ
佐々木蔵之介 工藤夕貴 池松壮亮 初音映莉子
村上淳 西田尚美 佐野史郎 菊地凛子 永瀬正敏 
配給:日活
©2019“WE ARE LITTLE ZOMBIES”FILM PARTNERS
https://littlezombies.jp/