志村 昌美

アカデミー賞最有力!『ムーンライト』監督が最新作で描いた愛の形とは?

2019.2.21
逆境に見舞われたときこそ、大切な人の存在や愛の強さに気づかされるもの。そこで今回ご紹介するのは、あらゆる障害に阻まれながらも、愛を貫こうと戦う若い男女を描いた話題のラブストーリーです。現在、賞レースもにぎわせているところですが、その作品とは……。

感動の嵐に包まれる『ビール・ストリートの恋人たち』!

【映画、ときどき私】 vol. 215

1970年代、ニューヨーク。19歳のティッシュは幼い頃から一緒に育ち、自然と愛を育んでいた22歳の恋人ファニーと幸せな日々を送っていた。運命で結ばれた2人は子どもを授かるが、ある日ファニーは無実にも関わらず、人種差別が原因で逮捕されてしまう。

そんな2人の愛を守るため、ティッシュとその家族は奔走するが、そこにはあらゆる困難が待ち受けていたのだった……。

まもなく開催されるアカデミー賞授賞式では脚色賞、助演女優賞、作曲賞にノミネートされている本作。ますます注目度が高まるなか、今回はこちらの方にお話を伺ってきました。それは……。

世界を虜にするバリー・ジェンキンス監督!

2016年に長編2作目となる『ムーンライト』で世界中を席巻し、その名をハリウッドにとどろかせたジェンキンス監督。映画ファンのみならず、多くの観客が最新作を待ち望んでいましたが、今回はアメリカ黒人文学を代表する作家ジェイムズ・ボールドウィンによる同名小説の映画化に挑んでいます。そこで、作品への思いや自身の体験について語っていただきました。

―原作は45年も前に出版されている作品ですが、それをこのタイミングで映画化した理由を教えてください。

監督 はじめてこの作品を読んだのは、10年くらい前で、脚本を書き上げたのは2013年だから、作ろうと思ってから完成するまでに少し時間は経っているんだ。

でも、この世にいま出ることの意義としては、70年代当時の問題が現在でも続いていることをいかに我々が許してしまっているかということを描きたかったから。そして、体系的な不公平さを正すことができていないことを恥ずかしく感じられるような作品にもなっているんじゃないかなと思っているよ。

たったひと言で人を貶めることができると感じた

―確かに劇中で描かれている差別的なことや理不尽なことなど、現代に通じる部分も多いと思いますが、監督も共感されるような思いや経験があったのでしょうか?

監督 もちろん、僕にもキャラクターたちと近い体験はいくつかあるよ。たとえば、2年前のアカデミー賞のとき。授賞式とは別にバーでもセレモニーのようなものがあって、そこに向かっている途中に運転手から差別的な単語で呼ばれたこともあったよ。

アメリカでは賞のシーズン中はいろいろな会合やイベントが何か月にもわたって開催されていて、期間中は同じ運転手が付くことが多いんだ。そのときもずっと同じ人がいろいろなところに連れて行ってくれていたんだけど、僕もたくさんの人と話をしなければいけなかったから、なかなか時間通りに行けなくて彼を何度も待たせてしまったんだよね。

そのあと、不機嫌になってしまった運転手が誰かと話しているときに「n**gerに待たされていてさ」というようなことを言っていたのを耳にしたんだ。カジュアルな感じで言っていたし、そのあとにっこり笑って「多分、監督賞を受賞すると思うよ!」とも話していたから、おそらく彼には差別的な意図はないんだろうね。でも、たったひと言で人を貶めることができるいい例だと感じたよ。

有名であろうとなかろうとこういう経験はあるものだし、普段から銀行や仕事の面接に行くときにそういう扱いをされることもあるものなんだ。

―そういった思いがこの作品を作る原動力でもあったように感じられるところもありました。

監督 それから、この作品の出演者であるファニー役のステファン・ジェームスと友達のダニエルを演じたブライアン・タイリー・ヘンリーとQ&Aを行ったときのこと。アフリカ系アメリカ人の男性のうち、3分の1は収監されるという統計があるという事実を知ったんだ。

ということは、僕を含めて登壇している3人のうち誰かが刑務所に行く可能性が統計学的に言えばある。そう考えたとき、恐怖とショックを改めて感じたよ。とはいえ、いまでもアメリカではそういう問題が根強く残っているんだ。

純粋な愛を描き続ける理由とは?

―差別的な問題を描く一方でティッシュとファニーのピュアな愛がとても印象的でしたが、前作の『ムーンライト』も同様に監督の描く愛はとても純粋でまっすぐなキャラクターが多いように感じました。そういった愛の形を描きたいと思う理由は?

監督 自分がそういう恋愛をしたいとか、純粋な愛の形を求めているというのはないけれど、何か惹かれるものがあるんだろうね。この2作に共通するとすれば、どこかに希望を感じられるところかな。

『ムーンライト』のシャロンとケヴィンの関係性というのも愛があるからこそ、それがシャロンを守ってくれていたけれど、本作でも同じように2人の愛はピュアでなければいけなかったんだ。つまり、あれだけピュアだからこそ、それが2人を守ってくれていたということなんだよね。

そう言われてみると、おもしろいことに前作も今作も純粋といえるものはメインのキャラクターたちの間にある愛だけ。ほかの要素は全部グレーだったり、複雑なものばかりだったりするんだけど、中心にある愛がピュアだからこそ、周りのグレーさや複雑さが際立つところもあるんじゃないかな。もしかしたら、これが恋愛を描くときの自分流のアプローチなのかもしれないね。

―では、この作品を完成させるうえで、一番苦労したのはどの部分でしたか?

監督 一番つらい選択だったのは、原作と異なるエンディングにしたこと。実は最初は原作通りにしようと撮影していたんだけれど、編集をしているときに違うと感じて変えることにしたんだ。もちろん、好きな作家だからこそ、変えることに対して自分のなかではいろいろと葛藤もあったよ。だから、そこが一番大変なところだったかな。

ただ、希望を持たせたいと思ったときに、いまのエンディングになっていったんだ。つまり、それが地に足がついた現実的な希望の見せ方であり、さっき話をしていた「純粋な愛」という部分にも繋がっているんだと僕は思っているよ。

今回は何よりも女性の視点を大事にした

―そんななか、ティッシュと母親のシャロンという2人の女性が持つ強さにも心を打たれましたが、これらの役を演じたキキ・レインやレジーナ・キングとはどのようにして作り上げていったのでしょうか?

監督 現場では女優陣ともかなりいろんな会話をするように心がけたよ。というのも、『ムーンライト』は男性の視点から描かれていた作品だけど、今回は女性の視点から描かれている作品。

だからこそ、女優たちだけではなく、編集チームのなかにひとりだけいた女性スタッフの言葉にもよく耳を傾け、女性の視点をなるべく理解しながら流れを作っていくように意識したんだ。特に物語の中心となる女性ならではの葛藤というのはしっかり描きたいと思っていたからね。

―今回、初来日となりましたが、日本の観客にどのようなところを感じて欲しいと思っているのか、メッセージをお願いします。

監督 僕が映画を学んでいたとき、最初に触れていたのは、アジア映画やフランス映画、メキシコ映画といったもので、アメリカや英語圏の作品ではないものばかり。そのときに「世界は僕が思っている以上に繋がっているんだな」と感じた経験があるので、アメリカや黒人の文化に親しみがない方でも、意外と自分の文化と変わらないところがあるんだなというふうに感じてもらえればうれしいよ。

実際、愛や家族といったものは誰もが必要としているものだし、生きていくうえで私たちを守ってくれるものだというのは共通していることだからね。

ただ、日本人はあまりアイコンタクトをしないとか、目を合わせてもすぐに目線を外してしまうというのを聞いたことがあるんだけど、キャラクターたちと観客が目を合わせるような場面が何度も出てくるのが僕の作品。それを日本のみなさんがどのように受け止めるのかというのには興味があるところだね。とはいえ、日本のみなさんは思慮深く、人に対して親切で礼儀正しいというイメージがあるから、深いところまで感じてくれると思っているよ。

美しさと希望に酔いしれる!

ティッシュとファニーのピュアな愛の形だけでなく、スクリーンに広がる映像や奏でる音楽といったすべての美しさに魅了される本作。いつの時代も変わらない愛情の深さと人間の強さに、胸の奥が熱くなるのを感じるはずです。

愛が詰まった予告編はこちら!

作品情報

『ビール・ストリートの恋人たち』
2月22日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
配給:ロングライド
©2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.
https://longride.jp/bealestreet/