志村 昌美

ホロコースト生存者が命の恩人と再会。奇跡を巻き起こす『家へ帰ろう』

2018.12.22
寒い季節になると人肌が恋しくなるものですが、そんなときこそ大切な人に会いたいと思うもの。そこで、体を芯から温めてくれるハートフルな話題の映画をご紹介します。それは……。

唯一無二のロードムービー『家(うち)へ帰ろう』!

【映画、ときどき私】 vol. 207

88歳を迎えたユダヤ人仕立屋のアブラハム。住み慣れた自宅を手放し、老人施設への入居を迫られていた。浮かない顔のアブラハムだったが、手元に1着だけ残ったスーツを見てあることを決意する。

それは、70年以上会っていないポーランドに住む親友へ最後のスーツを届けるというものだった。そして、家族が帰ったのを見計らって深夜に家を抜け出し、ブエノスアイレスからマドリッド行きの飛行機に乗ることに……。

これまでに、日本の「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018」をはじめ、数々の映画祭で観客賞を受賞しているほど、世界中で高い評価を受けている人気作。今回は、この作品へ並々ならぬ思いのあるこちらの方にお話を聞いてきました。それは……。

アルゼンチンのパブロ・ソラルス監督!

本作は、自身の家族から着想を得ているというソラルス監督。主人公のアブラハムと同様に、父方のおじいさんがポーランドで迫害を経験したユダヤ人だったそう。そこで、作品ができあがるまでの心境や映画作りに対する思いなどについて語ってもらいました。

―頑固でありながらも愛情深いアブラハムですが、このキャラクターはご自身のおじいさんがモデルになっているのでしょうか?

監督 最初に脚本を書いたときの人物像は、天使のように優しくて、つねに笑顔のおじいさん。でも、それを読み返してみたら、厳しくて悲しいバックグラウンドに対して、ちょっと甘すぎるんじゃないかなと感じたんだ。

それで、もう少し辛口なところがあってもいいのかなと思って、頑固でつねに怒っているような人物に変更したんだよ。ポーランドについて話すのを嫌がったのは父方の祖父だけど、性格的には母方の祖父のほうがより近いかな。

6歳で自分がユダヤ人だという事実を知った

―では、おじいさんからポーランドで何が起きたのかを直接話してもらうようなことはなかったのですか?

監督 そうだね、一度もなかったよ。祖父はポーランドもポーランド人のことも嫌いだったから、僕自身も話題に挙げることすら怖かったんだ。

―監督自身も自分がアルゼンチン人ではなく、ユダヤ人であると聞いたのは6歳のときということですが、そのときはどのような気持ちでしたか? 
 
監督 正直言って、いい気分ではなかったね。というのも、「アルゼンチンで僕一人だけなんじゃないか?」という恐怖心に駆られてしまったからなんだ。

でも、あとで両親も親戚もみんな同じなんだという説明を受けてからは納得できたけど、最初の印象はそんな感じだったよ。

―この作品でいろんなリサーチをしたと思いますが、事実を知るたびに心境にも変化はありましたか?

監督 もちろん、たくさん変わったと思うよ。僕で3世代目なんだけど、調べていくうちにユダヤ人というのは宗教だけではなく、文化があるということにも気づきはじめて、その伝統に共感するようになったからなんだ。

とはいえ、10代ですでに自分がユダヤ人なんだというアイデンティティも生まれてはいたけどね。ただ、アルゼンチンにあるユダヤ人コミュニティに属するようなことはなかったよ。というのも、「人間はみんな平等だ」と僕は思っているので、閉鎖された民族の集団というのが嫌なんだ。

カフェで起きた偶然の出来事とは?

―作品でも人との出会いがいかに人生を彩るかというのを感じましたが、監督もこの作品を作るうえで、カフェで遭遇したある偶然の出会いがきっかけだったそうですね。そのときのことを教えてください。

監督 ある日、70代くらいの男性が、90歳になる自分の父親が周囲の反対を押し切って70年ぶりに祖国にひとりで帰り、命の恩人である旧友を探し出したという話をカフェでしていて、僕は隣でそれを聞いていたんだ。

これまでに、老人が東欧に行って自分の生活に戻ったというような物語はいくつも読んではいた。だけど、この話を聞いたとき、文字で読むのとはまったく違う印象を受けて、感情的になってしまったんだ。だから、その場に居合わせたことは本当にラッキーだったと思っているよ。

―では、その話を聞いたとき、すぐに「これを映画にしよう」という思いになったのですか?

監督 ホロコーストの生存者たちをこういうアプローチで描いていこうというのはその瞬間に決めたことだよ。今回の作品は、第二次世界大戦とかユダヤ人というものだけを描いているわけではなくて、愛情と友情について、そして過去に忘れたものを取りに戻る人を描いた現代の出来事。そういうものを描こうと思ってこの映画を作ったんだ。

―その後、映画が完成するまではどのくらいの時間がかかったのでしょうか?

監督 まずはあらすじを描いて、プロデューサーに送ったんだけど、その当時はまだ長編を1本も撮っていなかったときだったから、すぐに実行へと移すことができなかったんだ。

自分にとっての初の長編となる大切な作品だし、4~5か国で撮影をするような規模の大きな作品になると思ったから、ぜひ制作したかったんだけど、5年経ってもなかなか進展しなくて……。

そうこうしているうちに別の企画で1本目の長編を撮ることになって、その間に権利がプロデューサーから自分に戻ってきたので、「じゃあ、自分で撮ろう」と決意して、2作目の長編を今回のような形で実現することができたんだ。

人の人生そのものがストーリーになる

―ちなみに、今回のように映画の題材と偶然出会うことはよくあることですか? それとも、あえて街中へ探しに行くこともありますか?

監督 僕は偶然というのは信じていなくて、何事も必然だと思っているタイプ。でも、つねに耳をダンボにして、周りにいいストーリーがないか聞くようにはしているよ。僕自身はストーリーテリングを考えるのが本当に好きで、いろんな人の人生そのものが物語になると感じているんだ。

僕は脚本も自分で書くんだけど、そのために必要なのは、まずストーリーを探すこととそれをどう伝えるかということ。とてもシンプルなことだけど、好奇心を持っていろんな人の人生を観察して、ネタがないかを見ていくことが大事だよね。

そういったことをもとにストーリーを描き始めるから、日課として毎日3ページほど書くように決めているんだ。そうやってつねにその物語や思いついたことを言葉に書くというのは、役者の即興と同じようなもの。自分でもどうなるかわからないんだけど、その場で生まれたものをもとに想像力を働かせて、吐き出すというような作業を続けるように心がけているんだよ。

―劇中、アブラハムに影響を与えるのは、各地で出会う年齢も国籍も違う女性たちでしたが、それぞれに込めた思いはありますか? 

監督 最近、人間の暗い部分を描いた作品が世の中にあふれていたから、そういうことにちょっと疲れていたところもあったかな。だから、僕はこの作品で、「世界には暗い部分だけじゃなくて、手を差し伸べてくれる人もたくさんいるんだよ。人間はすばらしいんだよ」ということを伝えたかったんだ。

そういう意味もあって、行く先々で女性と出会うようなエピソードを描いたんだけど、それは自分の体験からも来ているかもしれないね。というのも、僕自身が大きな問題に直面したとき、手を差し伸べてくれたのは、みんな女性だったから。

だからといって、女性がつねに男性を助けたり、支えたりしなければいけないと言っているわけではなくて、これまでの自分の経験から、女性は優しくサポートしてくれる存在だという女性像があったので、そこからこの物語ができたんだと思うよ。

人生の最後に会いたい人とは?

―監督はアブラハムに比べると若いので心境としては違うかもしれませんが、もし人生の最後に会いに行くとしたら誰に会いたいと思いますか?

監督 小学生のときの親友であるマルティンかな。実は彼とは子どもの頃に引っ越しをして以来、40年以上ずっと会っていないんだ。にもかかわらず、今回の脚本を書いて、書き直して、キャスティングして、撮影して、編集して、音楽を決めて、というすべての段階において、彼のことがずっと頭にあった。

最後に会ったのは8歳のときだけど、脚本を書いていたときは、彼が90歳になっている姿を想像して書いていたしね。それくらい僕と彼の友情というのは、今回の映画を作る原動力になっていたし、勇気を与えてくれたもの。だから、彼には感謝しているんだ。でも、実はこのことはずっと自分でも無意識で、いま聞かれて初めて気が付いたことなんだけどね。

―ステキなエピソードをありがとうございます。それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。

監督 主人公は70年前の約束を守るために旅に出るんだけど、きっとみなさんもこの人物に共感し、恋してくれるものだと思っているよ。そして、自分が女性であることを誇りにも感じるんじゃないかな。

それから、この作品には60人以上のスタッフが関わっているんだけど、みなさんが笑って泣いてくれたら、きっと彼らも喜ぶはず。アルゼンチンの文化を知るいい機会でもあるので、ぜひ劇場へ足を運んでください。

琴線を震わせるような感動を味わう!

いつの時代も、人との出会いこそが人生を輝かせてくれる秘訣。誰もが絆という名の目には見えない“糸”で結ばれているものなのです。アブラハムの引き起こす数々の奇跡に、熱い思いが込み上げてくるのを感じてみては?

一緒に旅に出たくなる予告編はこちら!

作品情報

『家へ帰ろう』
12月22日(土)よりシネスイッチ銀座にて全国順次ロードショー
配給:彩プロ
© 2016 HERNÁNDEZ y FERNÁNDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL, S.L., HADDOCK FILMS, PATAGONIK FILM GROUP S.A
http://uchi-kaero.ayapro.ne.jp/