志村 昌美

不倫、泥沼離婚…スキャンダラスな歌姫の真実『私は、マリア・カラス』

2018.12.19
女性はいくつもの顔を持ち合わせている生き物ですが、周囲から注目されるほど、素顔を隠しがちなもの。そこで、あの伝説のディーヴァの知られざる真実に迫った注目の映画をご紹介します。それは……。

驚愕のドキュメンタリー『私は、マリア・カラス』!

【映画、ときどき私】 vol. 206

音楽史にその名を刻む “世紀の歌姫” マリア・カラス。いまなおその歌声は世界中の人に愛され続けていますが、没後40年にして、驚くべき事実が明らかになります。本作では、未公開の映像や未完の自叙伝、さらにはプライベートの手紙などによって、彼女の素顔が紐解かれていくのです。

年齢を偽称して音楽院に入学したのにはじまり、28歳年上の男性との結婚や舞台のドタキャン、海運王オナシスとの許されない恋、そしてまさかの裏切りなど、激しいバッシングに見舞われながらの波乱万丈な人生の裏で、どのような思いを抱えていたのかは見逃せないところ。今回は、この作品にすべてを注いだこちらの方にお話を聞いてきました。それは……。

本作で長編監督デビューをはたしたトム・ヴォルフ監督!

ロシア生まれで、現在33歳という若さの監督ですが、2013年にニューヨークに移り住んだ際にマリア・カラスと出会い、感銘を受けたのがきっかけとなり、マリア・カラスを探求するプロジェクトを開始。

映画と同時進行で彼女に関する写真集や本を3冊も手掛けており、いまや “マリア・カラス通” としても知られています。そこで、映画完成までの道のりやマリア・カラスの魅力などについて語ってもらいました。

あくまでも取材者として向き合った

―監督自身がマリア・カラスの熱狂的なファンということですが、どのような思いで今回の準備や撮影に挑まれていたのでしょうか?

監督 最初から映画にしたいという明確な目標があったので、ファンとしての目線というのはまったくなく、あくまでも取材者として向き合っていたよ。ただ、途中で大きく変わったのは、ドキュメンタリーの構成について。

というのも、当初は彼女に近い友人たちのインタビューが半分、残りはアーカイブ映像を使ってのドキュメンタリーにしようと思っていたんだけれど、資料を集め始めて2年くらい経ったとき、彼女自身の言葉だけを使って作ったほうがもっとパワフルになるんじゃないかと思うようになったんだ。

そんなふうに方針を変えたときが一番の転機だったと言えるかな。だから、いろいろな映像を探したりして、ほとんどゼロからやり直したんだよ。

―実際、かなりたくさんの資料を集めたようですが、そのなかで彼女の心情を実感した映像や記録はありましたか?

監督 ひとつのイメージだけを選ぶことはできないかな。だからこそ、この映画は何百というあらゆる素材やフッテージ映像、写真などから作られていて、それぞれがパズルのピースみたいになっているんだ。

今回はそれらを集めて、ひとつの作品として作り上げる過程に力を入れたけど、全部を観終わったときに、複雑な女性であり、アーティストであったマリア・カラスがいったいどんな人物だったのかというのが、多面的にわかるような作りになっていると思うよ。

彼女の二重性を映画のなかでも追及している

―今回の構成で特にこだわったところはどんなところですか?

監督 この作品では、彼女自身がナレーターとなって紡いでいく物語に仕上げて、イメージが浮かびあがってくるようにしたんだ。

あとは、映画の冒頭にアメリカの人気番組で司会をしていたデビッド・フロストとの1970年に行われたインタビュー映像を使用しているんだけど、それがすべてを繋ぐ糸のようなもの。あとの映像はフラッシュバックのようにして入れて、またインタビューに戻るという形にしているんだ。

というのも、あのときの彼女は、マリアとしてより自分を出しているように感じられたからね。彼女は、「自分のなかにマリアとカラスの2人がいる」と話しているけれど、その二重性をこの映画のなかでもずっと追及しているんだよ。

―マリア・カラスは女性としても、歌手としても本当にいろんな側面を持っている興味深い方ですが、監督も普段はインタビュアーとしてもご活躍されているということなので、もし実際にマリア・カラスにインタビューできたらどんなことを聞きたいですか? 

監督 この作品を作るうえで、自分の疑問に対しては全部答えをもらったような気がしているから、もう聞くことはないかもしれないね(笑)。なぜなら、何十時間以上もの映像や400通を超える手紙、そして数えられないくらいさまざまな録音や録画を集めて、本質的なものだけを全部この映画の中に入れたからなんだ。

だから、実際に彼女がまだ生きていて、会うことができたら、きっと僕は言葉を失ってしまうんじゃないかな。みなさんにとっても、この映画を観ることによって彼女について疑問に思っていたことを知ることができると思っているよ。

マリア・カラスの魅力とは?

―それだけ知り尽くしたうえで思うマリア・カラスの魅力とは何ですか?

監督 この映画でも全部映し出しているつもりだけれど、もろいと同時にとても強いところがあり、アーティストとしてすごくユニークな才能があるにも関わらず、人生のなかでいろいろな葛藤がある人だったところかな。

そして、そこで感じたいろいろな感情をすべて音楽に注いでいたのがマリア・カラスなんだ。女性であり、アーティストであり、アイコンであり、公共の存在であり、それらすべてだと思うよ。僕は歌ったりはしないけど、マリア・カラスにインスパイアされて、今日は彼女のお気に入りの色である赤を着ているんだ(笑)。

―今回は本人の言葉を中心に描いていくという構成にされましたが、それによってより主観的な視点が強くなってしまうとは思いませんでしたか?

監督 確かにそういうことはあると思うし、実際に自伝を書いているほかのアーティストのなかには、真実とは違う自分や異なるイメージを出している人もいると思うけれど、彼女の場合はそんなことはないと感じているよ。5年間かけてリサーチをするなかで、いろいろな素材を集めた結果として僕が言えるのは、彼女の言っていることはつねに一貫しているということ。

数年にわたるインタビューを見ても、手紙を読んでも、プライベートな会話の録音を聞いても、いつも同じストーリーを語っているんだ。それは彼女が嘘をついて自分のイメージを作り上げているわけではないという証でもあるんじゃないかな。つまり、それは彼女だけの真実ではなくて、いわゆる真実だということ。

映画のなかでも彼女は、「正直さと誠実さは自分にとって一番価値があること」と言っているけれど、確かにその通りだと思っているよ。もちろん、そのためにものすごく高い代償を払わなければいけなかったけどね。

1つの映画にするのはとにかく困難な作業だった

―膨大な素材のなかで、使いたかったけど使えないものもありましたか?

監督 もちろん全部は使えなかったよ。そうじゃないと40時間の映画になってしまうからね(笑)。だからこそ、本当に大切な本質だけを捉えるという作業をするようにしていたんだ。多くの素材は、一貫したストーリーを語るための材料ではあったけれど、それらをただ陳列するだけだとファン以外の人たちにとってはおもしろくないよね? 

確かに、未公開の素材があるということは大きな財産にはなっていたけれど、あくまでもそのなかからベストなものだけを集めてストーリーを作っていかなければならなかったんだ。そのために、編集室に6か月間こもって物語を紡いでいく作業をしていたよ。ただ、何百もある素材の許可をひとつずつ取るための交渉というのは、たくさんあるなかの困難のひとつでもあったね。

―ちなみに、ほかにはどんな大変なことがあったんでしょうか?

監督 僕の人生の5年間を全部を費やした感じだね。朝も夜も夜中もだけど、特に編集しているときは編集室でそのまま寝て、また朝起きてやるということの繰り返しで、日曜日もなかったくらい。こういう映画に対して、編集を6か月でするというのは、すごく短い時間なんだ。

あとは、十分な素材を集めることはもちろん、それぞれを結び付けて1本の映画として作り上げることがとにかく大変だったよ。たとえば、映像はあるのに音がないとか、手紙があるけどイメージがないとか……。だから、いろいろなレベルの困難さがあるけど、エベレストに登るくらいの大変さと言えるかな。

ちなみに、14年前に富士山に登ったことがあるんだけど、それを思い出すくらい一歩一歩がとてもキツかったよ(笑)。

ドキュメンタリーを作るのにはいろんな手法があるけれど、僕が選んだのはおそらく一番大変な手法だったんじゃないかと今は思っているよ。

“マリア・カラス劇場” の幕が上がる!

まだマリア・カラスの歌声に触れたことがない人でも、ひとりの女性としてキャリアや恋愛に正直に生き続けた姿から、同じ女性として感じることも多いはず。才能があるゆえの葛藤やその裏に隠された努力、そして愛と苦しみに心が震える1本です。いつになっても色褪せないマリア・カラスの魅力と歌声に酔いしれてみては?

心に響く予告編はこちら!

作品情報

『私は、マリア・カラス』
12月21日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
配給:ギャガ
© 2017 - Eléphant Doc - Petit Dragon - Unbeldi Productions - France 3 Cinéma
https://gaga.ne.jp/maria-callas/