じつはかなり背筋ゾクッ…隠された真実に身も凍る「怖い絵のひみつ。」♯7
想像の羽を広げてつづられた絵画エッセイ
フィレンツェを旅行した際、友人に「絶対に観るべき!」と言われてウフィツィ美術館へ行きました。当時、「ちょっと難しそう……」と、西洋絵画鑑賞に苦手意識があった私。ところが、ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」や、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」など、「美術の教科書で見たことがある!」という超有名絵画を目にしてミーハー心に火が付き、テンション急上昇。本当に楽しかった! そのとき、「本物に触れるってやっぱり大切ね」と実感したのと同時に、絵が描かれた時代背景(西洋史)や、西洋絵画とは切り離せない宗教について理解していなければ、100%楽しむことは難しいとも思ったのでした。
なかなか勉強する機会に恵まれなかったのですが、数年前に中野京子さんの「怖い絵」シリーズと出合いました。発売から今年で10年を迎える大人気シリーズです。手にした当初は、「絵が怖いってどういうこと?」「ホラーやオカルトの類?」と、若干怪しんだのですが、ページを開いたとたん、すぐに夢中に! 世界史や美術史が苦手な私にもわかりやすく、何より文章が読みやすくおもしろい。これまで散々目にしてきた、「何年生まれの画家で、○○派に属しており……」といった教科書的解説とは対極にある、想像の翼を広げてつづられた魅惑の絵画エッセイだったのでした。
本書の中で中野さんはこうつづっています。
特に伝えたかったのは、これまで恐怖と全く無縁と思われていた作品が、思いもよらない怖さを忍ばせている驚きと知的興奮である
従来の絵画鑑賞は、知識のない状態で絵の前に立ち、そこから何かを「感じる」ことが大切だと考えられてきました。けれど、中野さんはその既成概念に対し、高らかにNOを突き付けたのです。十分な知識と情報があるうえで鑑賞したほうが何倍も楽しむことができるはず、と。その革命的ともいえる発想からこのシリーズが生まれたのです。まさしく、コロンブスの卵です。
一見すると普通の絵でも……じつはかなり怖い!
元来、人間は怖いものに心を奪われがちです。私も小学生のころ、友だちと一緒にキャーキャー騒ぎながら心霊写真を眺めたし、大学生になるとイベント的に病院やマンションなどの廃墟めぐりもしました。それはまさに「怖いもの見たさ」という表現がぴったり。
恐怖とは角度を変えれば極上のエンターテインメントになり、人を夢中にさせるのでしょう。中野さんが紹介している絵も、一見すると怖さのかけらもないように見えます。たとえば、シリーズが誕生するきっかけになったという「処刑台に連行されるマリー・アントワネット」(ジャック=ルイ・ダヴィッド)。タイトルは衝撃的ですが、絵自体に「怖さ」はありません。ところが、中野さんの手にかかるとこの絵が意味することの本質が浮き彫りになり、じわじわと恐怖がわきあがってくるのです。
かつて「ロココの女王」と呼ばれ、美しい肖像画の数々で知られるアントワネットの愕然とするような姿。この絵が衝撃的なのは、栄枯盛衰を突きつけられるからというより、反王党派で王の処刑に賛成票を投じたダヴィッドの悪意を感じさせられるからです。つくづく怖いことだと感じました。(本文より)
「処刑台に連行されるマリー・アントワネット」の隣のページに、バラ色に頬を染めたアントワネットの美しい肖像画が掲載されているのですが、とても同一人物とは思えません。その対比により、ダヴィッドの絵の怖さがいっそう増すのでした。
上質なミステリを読んでいるような気分に
「怖い絵」展で展示されていた絵のなかで、私がとくに興味を持ったのは「切り裂きジャックの寝室」(ウォルター・リチャード・シッカート)でした。ダークな色合いの薄暗い(薄気味悪い)部屋。ロンドンの貧民街で実際に起こった猟奇連続殺人事件の犯人、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)が住んでいた家の寝室が描かれたもの。
といっても切り裂きジャックは捕まっておらず、当然、犯人が誰なのかはわかりません。それなのになぜ犯人の寝室を描くことができたのか? じつはこの絵を描いたシッカートこそ「真犯人だ!」という説を、7億円という私財を投入して捜査したアメリカ人ミステリ作家のパトリシア・コーンウェルが主張しているのだそうです。
イギリスのみならず世界中の人が注目した殺人事件の詳細、画家の生い立ち、さらにはコーンウェルが書いた本に至るまで。中野さんは探偵よろしく徹底的に調べ上げ、丁寧な筆致でつづります。そして、最後の答えは私たち読者に委ねてくれるのです。おかげで、絵がトリックとして使われた上質のミステリを読んだような気分に浸れたのでした。
知らぬ間に知性と教養が身についている!
本書の巻末には、「あの名画はどこにある? 世界『怖い絵』MAP」と称し、展示された絵が所蔵されている美術館が掲載されています。イギリス、フランスの各地、さらにはアメリカ東海岸。こんなにたくさんの場所から、東京(そして兵庫)へ絵が集まってきたのかと思うと感慨深いものがあります。
この展覧会を開くことになったいきさつや、苦労話も掲載されていて、一大プロジェクトの裏ではさまざまなドラマがあるものだと感動しました。ガイドブックならではの読み物が充実しているところも、本家シリーズとは違う魅力でしょう。
「展覧会には行けなかった」「興味がわいた」という方はぜひ「怖い絵」シリーズを! 現在、シリーズ4作が出版されています。基本的に、絵画1枚につき1コラムで構成されているので、どの巻から&どのページから読んでも大丈夫。表紙買いするのも楽しそうです。読めばきっと、これまで感じたことのない「知的興奮」が味わえ、知らぬ間に教養も身についていることをお約束します!
Information
『怖い絵のひみつ。「怖い絵」スペシャルブック』(角川書店)¥1300+税