気鋭の小説家・カツセマサヒコ「エモいで終わらせない、新しい物語を紡ぎたい」

文・五十嵐 大 — 2022.3.9
Twitterのフォロワー数は14.6万人。人気webライターとしての地位を築いた後、2020年に長編小説『明け方の若者たち』で小説家デビューを果たしたカツセマサヒコさん。同作は実写映画化もされ、大きな話題を集めました。小説家デビュー3年目となる今年は、カツセさん曰く「勝負の年」。さまざまなチャレンジを予定されていますが、そのひとつが雑誌『anan』での連載です。一体どんな連載になるのか、『anan』にまつわる思い出とともにお話をうかがいます。

『anan』との出合いは、高校生時代!


カツセマサヒコ anan 連載 傷と雨傘

――いよいよ『anan』で連載がスタートします。

1年以上前から「なにか書きませんか」とオファーをいただいていて、何度も打ち合わせをしてきたんです。そのなかで、「雑誌連載をした後に、それをまとめて一冊の書籍にしたい」という話が出てきて。これまでは書き下ろしの作品ばかりでしたし、ここでチャレンジしたいと思いました。そうしたら、担当者から「『anan』での連載に決まりました!」と報告を受けて、これはすごいことになってしまったぞ、と。高校生の頃の自分が知ったら、驚くと思います。

――高校生時代、『anan』を読んでいたんですか?

ぼくが高校1年生の頃、Mr.Childrenの桜井和寿さんが『anan』の表紙を飾ったことがあったんです。『IT’S A WONDERFUL WORLD』というアルバムのプロモーションで、誌面にはインタビューも載っていて。それがとにかく読みたくて、恥ずかしかったんですが、『anan』を手に取ってレジに向かいました。それがぼくと『anan』の出合いですね。

でも振り返ってみれば、日常生活の至るところで『anan』を見かけることは多かった気がします。セックス特集号が出るたびにみんなが話題にしていたし、サラリーマン時代の同僚がそれを読みながら盛り上がっていたこともありましたね。


カツセマサヒコ anan 連載 傷と雨傘

――注目される特集も多いですし、そもそも雑誌としての知名度が高いですね。

そうそう。毎号、さまざまな特集が組まれていて、「ライフスタイル誌」と言えば『anan』でしょうし、圧倒的なメジャー感もありますよね。そんな雑誌で連載をやらせてもらうからには気合いも入りますし、いまはまだ空回りしている感じもします。まずは肩の力を抜かなくちゃいけないなって。

――連載自体が、「読者の肩の力を抜く」ことを目的にしているんですよね。

そうなんです。だからまずは、書き手のぼくがあまり力まないようにしないと。小説を書くときって“文芸”を意識しすぎて、いつも「フルスイングするぞ!」という気持ちになるんです。でも今回は、いつもとは少しテンションを変えて、柔らかくて優しいものを書きたい。この連載では、長編小説や文芸誌に書くときの“いかついモード”を脱いで、うまく書き分けていきたいですね。

「エモい」で終わらない、些細な日常を描く


カツセマサヒコ anan 連載 傷と雨傘

――連載では毎回、誰かの心を救うようなワードを取り上げて、それにまつわるショートストーリーが描かれていきます。第一話でピックアップするのは「笑わせてくれて、ありがと」というひとことです。

まるでパワーワードのようなひとことを見つけて、そこから導き出される物語を紡いでいくつもりなんですが、それが非常に難しい。文字数も少ないなかでオチをつけなくちゃいけないですし、何度も構成を解体しては頭を悩ませています。

――でも、カツセさんは短い文字数で表現することにも長けているイメージがあります。それこそTwitterではしょっちゅうバズっていましたし。

それもあって、久々にTwitterを見返してみたんです。もともとは140字で表現することが得意だったはずだし、どんなことを呟いていたんだろうと。ただ、卒業文集を読み返しているような感覚で、とにかくめちゃくちゃ恥ずかしいんですよ。当時は「いいね」の数ばかり気にしていましたし。

でも今回は雑誌連載なので、「いいね」ボタンがない。そんな場所で、読者に「この人生、マシかもしれないな」って思ってもらえるようなものが届けられたらいいな、と思います。マイナスだったものをプラスにする、とまではいかなくとも、せめてゼロに戻す。そんな言葉を見つけて、それに紐づく物語を書きたいですね。


カツセマサヒコ anan 連載 傷と雨傘

――第一話で描かれる物語はまさに「この人生、マシかも」と思えるような読後感でした。なによりも些細な日常の描写がとてもリアルで、カツセさんならではの作風だなと感じます。

そもそも、ぼくの人生って派手なことが起きないんですよ。たとえば「家に鷹が飛び込んできて、ルンバと戦っていた」みたいな事件があれば面白いんですけど、身の回りで起きるのは、せいぜい「2日連続でスマホの充電を忘れた」レベルのことばかり。だからそういった些細な出来事を記憶するしかなくて、創作でもそういった日常の出来事を描いてしまうんだと思います。その分、「自分に近しい物語」と思ってもらえるのではないかな、と。でも、日常を描くとすぐに「エモい」と評価されてしまうので、そんな便利な言葉ではすまないようなものを書きたいという気持ちもあります。


カツセマサヒコ anan 連載 傷と雨傘

胸にあるのは「小説家」として生きる覚悟

――小説家デビューして、今年で3年目です。長編小説や連作短編を出し、今回は雑誌連載にチャレンジしますが、「小説家」という肩書はなじんできましたか?

なじむというか、覚悟した、に近いかもしれません。一度、「小説家」という肩書だけでどこまでやれるか試してみたいんです。そういう意味でも、今年はチャレンジの年だと思っています。もともとweb出身でしたが、いまは雑誌や文芸誌の仕事をメインにしたくて。それでは食えないかもしれない。でも、創作の仕事でどこまで行けるのか、怖いけど、本気で向き合ってみたいと思っています。


カツセマサヒコ anan 連載 傷と雨傘

――カツセさんにとって挑戦でもあるこの連載が、読者にとってどんな存在であってほしいと思いますか?

高校時代、とにかくモテたくてファッション誌を読んでいたんです。だけど、特集が組まれているカラーページよりも、後ろの方にある白黒のコラムコーナーが好きでした。ぼくの連載も、そうあってほしい。『anan』を買ったら、まずは特集をしっかり読んでもらって、最後に「そういえば、カツセの連載があったな」と思い出してもらって、読む。そんな感じが理想ですね。『anan』のメインディッシュはあくまでも巻頭特集であって、ぼくの連載はそれを支えるようなもの。読み心地がよくて胃もたれせず、メインを楽しむために存在するような立ち位置を目指したいと思います。


カツセマサヒコ anan 連載 傷と雨傘

ーー自分の心の声に耳を傾けるよう、一つひとつの質問に真摯に答えてくれたカツセさん。かと思えば、ときに冗談を口にし、その場を和ませることも忘れない。そんな真剣さとやさしさを持ち合わせているからこそ、カツセさんが紡ぐ物語は、読み手の心にじんわり沁み入るのかもしれません。いよいよスタートする新連載『傷と雨傘』もきっと、疲れた心をそっと解してくれるような作品になるはずです。

カツセマサヒコ 1986年生まれ。Webライターを経て、2020年に小説家デビュー。『明け方の若者たち』(幻冬舎)がベストセラーとなり映画化。ファッション誌での連載やラジオなど幅広く活躍中。

Twitter(@katsuse_m)

Information

新連載『傷と雨傘』カツセマサヒコ
3月9日発売(anan2290号)よりスタートする、小説家・カツセマサヒコの月1連載。「人生って捨てたもんじゃないな」と思えるような言葉をフックに、ふつうの“ワタシ”に起こる、半径5メートル以内の小さな奇跡を描く。SNSからスタートし、人気webライター、そして小説家と、言葉とともに常にキャリアアップしてきたカツセさんによる、“言葉のギフト”をお楽しみに!


第一話「笑わせてくれて、ありがと」はこちらから