実母と薬物の呪縛を断ち切り…「人々の希望の星となった」女性の大逆転劇

文・米光一成 — 2021.3.24
第78回ゴールデン・グローブ賞で作品賞・女優賞(リミテッド・シリーズ部門)に輝いた傑作『クイーンズ・ギャンビット』(Netflixドラマ全7話)の全話レビューも遂に最終回。チェスの戦術名でもあるタイトルに込められた意味を、ゲーム作家の米光一成が解説します。ラスト、真っ白なコスチュームで現れる主人公ベス(アニャ・テイラー=ジョイ)の美しい姿も、チェスのクイーンに由来しているのです。

「解かなきゃいけない問題」だったベス

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ラスト、白のクイーンのように美しいベス(アニャ・テイラー=ジョイ)/Netflixオリジナルシリーズ『クイーンズ・ギャンビット』独占配信中。

【『クイーンズ・ギャンビット』全話レビュー 第7話】vol.7 

『クイーンズ・ギャンビット』各話レビューの最終回。
続編を期待する声も多いが、多くの伏線をガッツリ回収し、これだけきれいに完結している作品だけに、蛇足にならないように続きを作るのはむずかしいだろう。

最終話は、アリスが元夫のところに5年ぶりに出向いて、助けを乞うシーンから始まる。1話でチラっと描かれた無理心中を企てる直前のできごとだ。

元夫は、すでに新しい家庭を築いている。

「今さら遅い 帰ってくれ」と言われて激昂、車にもどってくるアリス。
「ママ? あの人 誰?」というベスの問いに「誤りよ」と答える。”端数処理の誤差”だ、と。
実母アリスは数学の博士である。

「解かなきゃいけない問題」
「問題って?」
「お前をどうするか」
ベス・ハーモンは、この母親の呪いと戦ってきたのだ。

「希望の星だったの、みんなのね」

孤児院でチェスを教えてくれたシャイベルさんが亡くなる。シャイベルさんの部屋に入ったベスは、壁一面に自分の記事が貼っているのをみつける。

「シャイベルさんだけじゃない」

孤児院でいっしょだったジョリーンは、自分もアイスを買うお金でベスが載ってた雑誌を買ったのだと話す。ベスの活躍が、彼女を勇気づけていたのだ。

「私はあんたを救う気なんかない。自分だけで精一杯よ。ただそばにいるために来た。それが家族よ」

6話で再会した初の公式戦の相手となった少女も、こう言っていた。

「希望の星だったの、みんなのね」

ベスの活躍が自分にとって意味のあることだと伝えていたのだ。

ベスは、チェスが孤独な戦いではなく、たくさんの人に見守られていることを知る。たくさんの人を勇気づけていることを知る。それが、ラストのボルゴフとの対局につながる。

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孤児院でいっしょだったジョリーン(モーゼス・イングラム)と再会。

薬を捨てる重大な意味

『クイーンズ・ギャンビット』は、よく「少年漫画みたいに熱い」と絶賛される。それは、このラストの対局のインパクトが大きい。「オラにほんのちょっとずつだけ元気を分けてくれ」的な盛り上がりがあるからだろう。

みんなを勇気づけ、みんなから勇気づけられる。

「誰よりも強いのは孤独を恐れない人間。問題は周りの人たち。行動や感情を指図してくる人たち。知らぬ間に人生を無駄にしてしまう」と言っていた母親の呪縛から逃れ、「自分が居ていいのだ」と思えるようになるまでを描いているからこそ、ラストの対局が盛り上がるのだ。

ベスは依存していた薬をトイレに捨てる。「薬物依存はいけませんよ」という教訓のためだけの場面ではない。この緑の薬は、母親の呪縛の象徴だ。

1話を見返してみると、一瞬だがはっきりと、ベスの母親が手に持った緑の薬の瓶を落とす場面が描かれている。母アリスは、薬物のせいで無理心中まで追い込まれてしまったのだ。

『クイーンズ・ギャンビット』に込められたもの

その薬物を捨て、みんなの協力を得て、ベスは戦う。タイトルの『クイーンズ・ギャンビット』は、序盤の定跡の名。ポーン(歩兵)を捨て駒にして、局面を有利に持ち込む戦術だ。

ボルコフとの戦いで、ベスはクイーンズ・ギャンビットを仕掛ける。弱い駒を切り捨て突き進む。

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ロシアの強豪ボルコフ(マルチン・ドロチンスキ)との戦い。

だが、最後に勝負の明暗を決めるのもポーンだ。ベスは、ポーンを一番奥まで進める。一番奥まで進んだポーンは昇格(プロモーション)できるというルールがある。ポーンが、クイーンになる。

最後、ベスの服装は真っ白な長いコートに白い帽子。その姿は白いクイーンの駒のように見える。これは、コスチュームデザイナーのガブリエレ・ビンダーが意図したことだとブルックリン美術館のバーチャルコスチュームエキシビジョンの解説(※1)にある。

60年代ファッション、めちゃキュートな部屋、豪華なホテルの内装、家具など、映像の美しさにもほれぼれするし、アニャ・テイラー=ジョイ演じるベスの魅力、さらにチェス対局の見せ方の多彩さなど、見どころの多いドラマだ。人間ドラマとしても緻密に構築されており、二度三度鑑賞するたびに新しい発見のある傑作であった。


※1
ブルックリン美術館のバーチャルコスチュームエキシビジョン

文・米光一成(ゲーム作家、代表作に『ぷよぷよ』『はぁって言うゲーム』など)



information

『クイーンズ・ギャンビット』

「クイーンズ・ギャンビット」2020年

原作・制作:スコット・フランク、アラン・スコット
出演:アニャ・テイラー=ジョイ、ビル・キャンプ、マリエル・ヘラー