舞台は、西取川(にしとりがわ)をはさむ2つの町、上上町(かみあげちょう)と下上町(しもあげちょう)。その地にある遺影専門の写真館「鏡影館(きょうえいかん)」に飾られている写真が呼び水となり、数十年にわたる“縁”の物語が語られていく。
道尾秀介さんは、朝日新聞で連載していた「口笛鳥」を『風神の手』の第二章に据え、その前後に加筆して、連作長編として完成させた。
第一章の「心中花」は、若き漁師と女子高生という立場の違う男女の切ない恋物語が、続く第二章は、まめとでっかちという小学5年生の2人が決意を秘めて立ち向かう事件が描かれる。第三章の「無常風」で、死期間近の老婦人の告白によって、仰天の過去が掘り起こされ、エピローグの「待宵月」へなだれ込む。
「真相へと迫っていく中で、犯罪が悪意で行われるとは限らないし、善行が善意で行われるとは限らないという、人間の複雑さ、面白さを書けたらいいなと思っていました」
悪意のない嘘。言えなかった真実。過去の出来事の意味が裏返り、欠けていたピースが鮮やかにはまる快感。さらに、物語の鍵として、自然の神秘を感じるモチーフがちりばめられているのも、道尾ワールド。
標題紙をめくると現れる、コナン・ドイルの小説から引用したエピグラフ(序文)が意味深だ。
「5~6年前に読んだ小説のこの部分に強く惹きつけられたのは、めぐり合わせの不思議さを、僕もよく思うからです。いろんな偶然が影響し合って、日々、思いがけないことが起きる。たった一粒の砂がめぐりめぐって人を殺してしまうというような因果律の世界を、前々から書きたいと思っていました。人間は文明や街を作り、自然を支配してるかのようですが、どこかで風が吹くだけでいろんなことがこんなにも変わってしまう。僕自身も予想していなかったくらい、エピソードやモチーフ、人物同士が有機的につながったので、書いていて本当に楽しかった」
本書に関しても奇縁があったそう。
「砂がひとつの鍵になっている小説なので、カバーに使う装画を、僕が好きでライブパフォーマンスに通っていた、サンドアーティストの伊藤花りんさんにお願いしたんですね。うれしいことに、彼女は学生時代から僕の本を読んでくれていたそうなんです。世界は、人生は、不思議なもんだなぁといつも思っています」
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